第23話 もう漏らしてくれるなよ

「こらクロ!出てきなさい。ちゃんと自分で歩きなさい」


 次の日。朝食を食べ終え、教室に移動するアリアの影に入ったら怒られた。チッ、昨日のことを覚えていたか。


「クロー、聞いてるのー?」


 アリアが自分の影をゲシゲシと踏みつける。影の中にいる我から見ると、まるで我が踏みつけられているみたいだ。影の中だから影響はないが、見ているだけでちょっと怖い光景だ。


「いいかげんにしないと、ご飯抜きよ」


 飯抜きは流石に嫌だ。仕方なくアリアの影の中から出る。


「やっと出て来た。もう、ちゃんと歩きない」


「はぁ…分かった…」


 飯を人質にとられたら降伏するしかない。これも飼い猫の弱点か…。まぁ、我は元野良猫だ。狩りをして飯を確保することもできるが…。アリアがくれる食堂の食事は、ものすごく美味しい。今更バッタなど食べられない。それに要求されているのは、ただ歩くことだけだ。歩くだけで美味な食事がもらえる。そう思って頑張って歩こう。




 教室と中庭の分かれ道で、アリアと別れ、中庭に行く。もうすぐ中庭という所で白猫を発見した。昨日知り合った美少女、リノアだ。リノアは中庭の方を見つめている。どうしたんだろう?


「リノア、どうかしたのか?」


「クロムさん…おはようございます。その…イノリスさんと会うのに緊張してしまって」


 ふむ、まだ一人で会うのは怖いのだろうか?


「なら一緒に行くか?我もイノリスに会いに来たのだ」


「はい!」


 リノアが元気に返事する。イノリスに会うことに否定的ではないことに安心した。イノリスが嫌われるのは、我も悲しい気持ちになるからな。


「では、行こう。もう漏らしてくれるなよ」


「それは…その…すみません」


 リノアがシュンとしてしまった。恥ずかしそうにモジモジしている。


「冗談だ。ほら行くぞ」


「…もうっ!意地悪しないでください…」


 なんとも嗜虐心をそそる子だ。でも、あまりからかうと嫌われてしまうから、程々にしないとな。気を付けないと。二匹でイノリスの元に行く。イノリスは朝も早い時間だというのに、もう定位置で横になっていた。


「来たぞーイノリス」


「その…おはようございます」


「にゃ~」


 三匹で鼻をくっつけあい挨拶を交わす。その時気付いたが、リノアから微かに花の様な匂いがする。


「リノアから花の匂いがするな」


「主の香水の匂いが移ってしまったのかしら…。不快ですか?」


 リノアが心配そうに見つめてくる。


「いや、不快ではない。ちょっと不思議に思っただけだ。その香水とはなんだ?」


「そうですか。よかった…」


 香水とは強く花の匂いがする水とのことだった。それをリノアの主は付けているらしい。その匂いが移ったのではないかと言っていた。


「最初は強い匂いで困ってしまいましたけど…、相談したら違う香水に換えて量も抑えてくれて…今では良い匂いですよ」


「そうなのか、大変だったな。我の主は香水など付けていないから助かったな」


「主は男の方ですか?」


「いや、女だ」


「そうなのですか?香水をつけるのは淑女の嗜みだ、と主が言っていたのですが…」


 リノアが不思議そうな顔をしている。しかし、淑女の嗜みか。アリアは淑女というより、子どもだからな。その辺が関係しているのかもしれない。するとアリアもそのうち香水を付け始めるのだろうか?リノアも最初は困ったみたいだし、できれば遠慮してほしいものだ。


 その後、我とリノアはイノリスに飛び乗り、丸くなった。だいぶ暖かくなってきとはいえ、まだ肌寒いこともある季節だ。温かく、もふもふなイノリスは最高の寝心地だ。柔らかな朝の陽射しの暖かさと相まって眠気を誘う。横を見るとリノアが気持ちよさそうに寝ていた。我も寝るか。




 ゴーンゴーンゴーン


 うとうとしていると、鐘の音が聞こえてきた。もう昼か。ちらりと目を開くと、飛び起きるリノアが見えた。


「大変!早く戻らないと。」


 リノアがイノリスから飛び降り、数歩駆け出したところで止まり、こちらを振り返る。


「その…また来てもいいかしら?」


 どことなく不安そうな表情だ。我はリノアの不安を吹き飛ばすように大きく頷いた。


「いつでも来るといい。我とイノリスが待っている。」


「にゃ~。」


「ありがとうございます。また遊びに来ますね。」


 そう言うとリノアは走り去ってしまった。たぶん自分の主の元に行くのだろう。我はどうしようかな。今日は面倒だし、イノリスに乗っけてもらおう。我はイノリスの背に移動する。


「いいぞ、イノリス」


「にゃ~」


 イノリスが立ち上がり、ノシノシと女子寮に向かって歩き出す。イノリスの背は広々としていて、我が横になっても落ちる心配はない。ふー、楽ちん楽ちん。目指すは女子寮の食堂の裏口だ。前までルサルカがご飯を此処まで運んでくれたようだが、イノリスが気を利かせて自分で取りに行くことにしたようだ。




「イノリスー!」


 前方からイノリスを呼ぶ元気な声が聞こえてきた。ルサルカだ。イノリスもルサルカに会えて嬉しいのか、歩くスピードが上がる。


「イノリスー!」


「にゃ~。」


「ふふ、くすぐったいよ、イノリス。」


 イノリスとルサルカがじゃれている。相変わらず仲いいな。


「ほーら、イノリス。ご飯だよー。」


 ドサリと重い音が聞こえてきた。きっとイノリスの飯が置かれた音だろう。イノリスは大食いだ。我よりも大きな肉塊を一匹で食べてしまう。その食べっぷりは凄まじいの一言だ。さて、我も飯を食いに行くか。イノリスの背から飛び降りる。だが、我を待っていたのは飯でもルサルカでもなく、仁王立ちするアリアだった。


「やっぱりここに居たわね。またイノリスに迷惑かけて」


「いや、これは…イノリスの好意なのだ。断るのも悪いだろ?」


 実際は、我が歩くのが面倒だっただけだが、イノリスの好意であることには間違いない。


「そうなの?」


「にゃ~」


「うん。イノリスも楽しんでやってることだから」


 イノリスとルサルカが援護してくれる。いいぞ、もっと言ってやれ。


「それならいいんだけど…」


 アリアはまだ心配そうな顔だ。我とイノリスが納得しているんだから良いと思うのだがなぁ。


「アリアは気にし過ぎだ」


「そうなのかな…。私、イノリスとクロには仲良くしてもらいたいのよ。ケンカとかしてほしくない」


「我とイノリスは十分仲がいい。でなければ、こんなことはしない」


「そっか。そうよね。私が口を挟み過ぎるのも良くないか…」


 アリアが納得してくれた。どうやら我とイノリスの関係に気を揉んでいたようだ。そんな気にすることはないと思うのだが。


「そんなことより、我は腹が減った。」


「そんなことって…。はぁ、いいわ。食べに行きましょう。」


 なんだか疲れた表情のアリアと、イノリスに会えてご満悦なルサルカと一緒に食堂に行く。さーて、今日の飯はなにかなー♪

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