第24話 粗相したのはリノアの方だ

 鐘が鳴り放課後になった。なかなか来ないアリアを迎えに教室に行くと、まだ人がたくさん残っていた。その中にアリアの姿を見つけ、近づいていく。


「アリア、今日はどうしたんだ?遅いではないか」


「あ、クロ。ごめんね、ちょっと決めることがあるから遅くなっちゃって」


 決めることは何だろう?我は座っているアリアの太腿に飛び乗った。相変わらずぷにぷにして座り心地がいいな。


「あれ、クロじゃん。教室に来るなんて珍しいね」


「あら、猫ちゃん。寂しくなっちゃったのでしょうか」


 ルサルカとレイラも我に気が付いたようだ。


「それで、決めることとは?」


「野外学習のことで色々とね。」


 アリアが我の頭を撫でながら説明してくれる。野外学習とは野外、この学院の外、学院がある王都の外に出て、サンベルジュという街に行って戻ってくる学習らしい。学院の外に出るのは初めてだ。未知の領域の更に外、いったいどんな場所なんだろうか…。


「そんな所に行って大丈夫なのか?」


「大丈夫にするために今色々と決めてるのよ。」


 誰がシマのボスに挨拶に行くか、とかだろうか?確かに事前に決めておいた方がいいかもしれない。その時、誰かが近づいてくるのが見えた。ん?この匂い…。


「ハーシェさん、今よろしいかしら?」


「はい、ユリアンダルス様。大丈夫です」


 アリアの足が強張ったのを感じた。緊張してる?


「様はいらないわ。実はハーシェさん達に折り入って頼みがございまして。わたくしを班に入れていただけないかしら?」


「え!?ユリアンダルスさ…さんは他のクラスのお貴族様と組まれるんじゃ?」


「このクラスの中で組むようにと言っていたでしょう。皆さん貴族が怖いのか声をかけて下さいません。それでわたくしから声をかけさせて頂きました。没落寸前の木っ端貴族に、皆さんをどうにかする力などないので、怖がらなくても良いですよ」


「はい…」


 アリアが目でレイラとルサルカに問う。


「よろしいのではありませんか?ユリアンダルスさんも困っていらっしゃいますし」


「いいんじゃないかな」


「はい…。それじゃあその、よろしくお願いします。ユリアンダルスさ…ん」


「三人ともありがとうございます。よろしくお願いしますね」


 どうやらこの金髪の人間も一緒に行くらしい。金髪の人間の足元に白い影が見えた。


「やはりお前の主か、リノア」


「えぇ。その、よろしくお願いしますね」


 匂いからしてそうではないかと思っていたのだ。この人間からリノアと同じ花の匂いがしたからな。


「知り…合い?」


 アリアが驚いたように目を見開き問いかけてくる。


「あぁ、イノリスとも知り合いだ」


「そんな…!いいクロ、絶対粗相しちゃダメよ。もう絶対だからね」


「するわけなかろう。粗相したのはリノアの方だ」


「もう…!もう、忘れてください」


 リノアが恥ずかしそうにしている。いかん、またからかってしまった。


「まぁまぁハーシェさん。猫同士いいじゃありませんの。そちらがクロムですね、リノアと仲良くしてくれてありがとう」


「ですがユリアンダルス様…」


「様はいりませんよ。同じクラスメートではないですか。これからは同じ班になるわけですし、ヒルダキレアでは長いですから、ヒルダで構いませんよ」


「そんな!恐れ多いです…」


 アリアがひどく恐縮している。ということは、このヒルダという人間、そんなに強いのだろうか?ヒルダを観察する。金色の艶のある髪は長く、尻まで届いている。両サイドの髪の一部を編み込んでいて、それを後ろで結っているようだ。顔は…我には人間の顔の良し悪しなど分からんが、整っているとは思う。中でも目を引くのは青い瞳だ。意志の強さを感じる強い瞳だった。次に身体を見る。確かに体格はアリアより大きそうだが、そんなに違いはない。頑張ればアリアでも勝てそうだが…。アリアは一体何に恐縮しているのだろう?ひょっとして魔術だろうか。ここの人間たちは魔術を使うからな。その腕がアリアよりも優れているのかもしれない。


 結局ヒルダのことはヒルダ様呼びで統一したようだ。


「ヒルダで構いませんのに。」


「愛称で呼ぶことを許して下さったんですもの、それ以上は流石に…」


 レイラが首を振っている。レイラもルサルカもヒルダに対して恐縮しているようだ。


「まぁいいですわ。それは後々の課題とします。さて、予算の方は…あら、たくさんありますのね」


「その…あたしの使い魔が大食いだからそれでもギリギリかも」


「なるほど。そういうことですか。それを織り込んでのこの予算というわけですね」


 その後、四人で話し合いが進んでいく。どうやら水や食料は持って移動するらしい。大変そうだな。


「あの…まだ実験はしてないので、できないかもしれませんが、私の使い魔が収納して運べる魔法が使えるので、一部は運べるかもしれません」


「まぁ、猫ちゃんが?ひょっとして新しい魔法を覚えたのですか?」


「そうなのよ、レイラ。良いタイミングで覚えてくれたわ」


 あぁ、なるほど。我の魔法、潜影で影の中に物を入れて運ぶつもりか。考えたものだ。


「それならイノリスのご飯もなんとかなるかも!どうやって運ぼうか考えてたんだよねー」


「運べるようでしたら、王都で必要な物を全て買い揃えてもいいかもしれませんわね」


 その後も話し合いは続いていく。水や食料の話はまだなんとか付いて行けたが、話は我の分からない所まで進んでしまった。松明?雨具?なんだそれは?お金が足りない?お金って何だ?

 分からない話し合いなど、退屈以外の何物でもない。我はアリアの太腿から降りた。


「クロ?」


「イノリスの所に行っている」


 視界の端に白い毛玉が見えた。あいつも退屈そうだな。


「リノアも行くか?」


「えっと…その…ヒルダ、わたくしも行っていいかしら?」


「ごめんなさい、リノアには退屈だったわね。遊んでらっしゃい」


「はい!」


 リノアと並んでイノリスの所に行く途中、リノアが深刻そうな顔で聞いてきた。


「…外に出ても大丈夫なのかしら?その…ボスとか…襲ってこないかしら?」


「あいつら挨拶もしないみたいだからな。」


 リノアが頷く。まぁ人間がわざわざ猫に挨拶しに来たなんて話は聞かないからな。あいつらも、シマのボス猫に挨拶が必要とは思うまい。


「今回は必要ないだろう。シマを通り抜けるだけだしな。そんな奴に一々ちょっかいをかけるほど、ボスは暇じゃないんだ。それに…」


「それに?」


「イノリスがいるからな。よほどのバカでもない限りケンカ売ってこないだろう」


「それは…そうかもしれません」


 安心したのか、リノアの歩調が軽くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る