第22話 実は友達なんだ

「はぁ…。クロ、あなたちょっとは歩きなさい。最近、影に潜ってばかりじゃない。そんなことだと、おデブちゃんになっちゃうわよ?」


 いつものようにアリアの影に潜り移動していたら、アリアに苦言を呈されてしまった。しかし、太ることの何がいけないのだろう?太るということは、それだけ安定して狩りができているということだ。優秀な猫の証である。確かに身動きが鈍くなることもあるが、その分パンチには重みがでる。逃げ足が遅くなるのはいただけないが、我には潜影の魔法があるので問題はない。むしろ積極的に太りたいくらいだ。


「我は太りたい」


「嫌よ。あなた今でも結構重いのよ。これ以上太ったら、食事抜きにしてでも痩せさせるわ」


「そんな!?それは横暴だろ!」


「嫌ならちゃんと歩いて運動しなさい」


 アリアはそう言うと教室への道を行ってしまった。ぐぬぬ。言いたいことだけ言って行ってしまうとは、我の言葉を聞かないその態度は、まさしく横暴ではないか。食事は我の楽しみの一つだ。食堂で出される食事は、どれも我が食べたことないほど美味で、今まで食事と言えば腹を満たす以上の意味を持たなかったのに、我に食への喜びを目覚めさせた。それを禁止されてしまったら我はどうすればいいのか…。今更ネズミなど食えんぞ。食事を持ってくるのはアリアだ。アリアが我に食事を禁止するのは容易い。持ってこなければいいだけだからな。悔しいがアリアの言う通り歩くしかないのか…。


「あの…ッ!」


 敗北感にトボトボ歩いていたら、もうすぐで中庭という所で後ろから声を掛けられた。振り返って驚いた。ものすごい美少女がそこに居た。全身は小柄でやや細身だろうか、子どもから大人への過渡期、今しかない儚い美がそこにはあった。かわいらしい造りの顔だ。パッチリと開いた青色の瞳がこちらの身を案じるように揺れている。ドキドキする表情だ。かわいい。


「その、そちらは危険です」


 声もかわいらしい。子どもほど高くもなく、大人ほど低くもない、まさしく少女の声だ。だが言ってることは不穏だ。一体何の危険があるのだろう。


「ふむ、危険とは?」


「…そちらには恐ろしい怪獣がいます。危険です」


 怪獣ときたか。中庭にはイノリスくらいしかいないはずだが…。ひょっとしてイノリスの事を言っているのだろうか。確かにイノリスの見た目はちょっと怖いからな。しかし、怪獣はないだろう、イノリスがかわいそうだ。


「あなたが強いことは分かります。でも、あの怪獣には勝てませんッ!」


「実はその怪獣に用があってね」


「まさか…戦うつもりですか!?」


 美少女の顔が驚愕と畏怖に染まる。目なんてこれ以上ないくらい開かれて零れ落ちそうだ。しかし、これだけ顔が歪んでいるというのに未だにかわいいとは…美少女は得だな。


「実は友達なんだ」


「えっ!?」


 少女の顔が驚きから不審、そして哀れな者を見る目へと変わっていく。たぶん嘘だと思われているな。本当なんだが…。そうだ!


「これから証拠を見せてあげよう。ついでに君を紹介するよ」


「ッ!?いえ、いいです!本当にいいです!」


 我は多少強引に、美少女の首根っこを咥えて引きずってイノリスの元に行く。美少女が泣き喚いているが、これはこの子のためでもある。この先ずっとイノリスに怯え続けるなんてかわいそうだろ。イノリスも新しい友達に喜ぶはずだ。


「いやぁああ!離して!離してよ!食べられちゃう!食べられちゃうから!」


 美少女がジタバタと暴れるが、我からその程度の抵抗で逃げられるわけがない。


「離してよ!この悪魔!気狂い!助けて!助けてヒルダ!」


 漸くイノリスの元までたどり着いた。イノリスは驚いていた。まぁこんな猫攫いのようなマネをすればそうなるだろう。我は咥えていた美少女をイノリスの目の前に置く。


「ヒッ!?」


 美少女はイノリスと目が合うと静かになり、固まってしまった。しばし、イノリスと美少女が見つめあう。静寂を破ったのは、ちょろちょろという水音だった。美少女が恐怖から漏らしてしまったらしい。綺麗な真っ白な毛並みが淡く黄色に染まっていく。イノリスは困った表情で美少女を優しく舐めていく。舐めてる途中、我と目が合うと我を責めるような目で見てきた。やっぱり無理やりはダメだったな、反省。


「イノリスは優しい奴だ。お前を食べたりしない。無理やり連れてきて悪かったな」


 我も美少女にイノリスがいい奴だと言い聞かせつつ美少女を舐めて元気づける。


「…本当に食べたりしませんのね…」


「やっとしゃべったな。そうだ、イノリスはお前を食べたりしない。今もお前を気遣っている、いい奴だ」


「本当に…あの怪獣が…わたくしに」


「怪獣ではない。イノリスだ。女に怪獣は酷いだろ」


 怪獣は否定する。怪獣と呼ばれるなんて、イノリスがかわいそうだ。まだ若い娘みたいだし。


「そう…ですね。ごめんなさい」


 案外素直な子だ。今では自分で立ち上がり、興味深そうにイノリスを見ている。そして濡れた地面を見て不思議そうに首を傾げた。


「えっ!?あれ!?腰が…冷たい…嫌だ、わたくしったらとんだ粗相を…」


 美少女がお漏らししたことに気が付いたみたいだ。ていうか、気付いてなかったのか。それだけ恐怖していたということか、悪いことしたな。美少女が恥ずかしそうにお漏らしの処理をしていく。まぁこの年にもなってお漏らしは恥ずかしいか。


「失礼しました…。わたくしは…リノアといいます。イノリスさん、よろしく…お願いします」


「にゃ~」


 美少女、リノアとイノリスが挨拶している。お互い鼻を近づけて、匂いをかぎあっている。そういえば、まだリノアとは挨拶してなかったな。


「我の名はクロムだ。リノアよ、先程はすまなかったな」


「クロム…さん。…とても怖かったです」


「ごめんなさい」


 やっぱり無理やりは良くなかったな。合意の上で行うべきだった。でも合意など貰えそうにない程怖がっていたからな。やっぱり無理やり連れてくるしかなかったと思うのだが…まぁ済んだことだし、いいか。


「こっちに来てみろ、リノア。イノリスは温かくてもふもふで寝心地がとてもいい」


「え…でも…」


 横になったイノリスの腹の上で丸くなる我を見て、リノアは戸惑っていた。イノリスの顔と我の顔を交互に見ている。興味はあるけど本当にいいのだろうか?そんなこと思ってそうだ。


「にゃ~」


「きゃっ」


 そんなリノアの葛藤を見て取ったのか、イノリスがリノアの首根っこを咥えて、リノアを自らの腹の上に移動させる。リノアはいきなりのことにびっくりしているようだ。我は横に来たリノアの首筋を舐めて落ち着かせる。


「そのまま横になってみろ、気持ちいいぞ」


「いいのでしょうか…失礼します」


 リノアが恐る恐る横になる。


「あったかい…それにふわふわ」


「ふふ、気持ちいいであろう」


「はい!」


 リノアも緊張が解けたのか、首をコテッと倒し、徐々に丸くなって寝る体勢になっていく。もう大丈夫だろう。我はそれを見届け、目を閉じた。

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