第8話 転校生

2人が顔を赤らめながら席についてすぐ、担任の先生が教室に入ってきた。

山本義政やまもとよしまさ

どこにでもいるような中肉中背の37歳。

あまりクラスにも関心がなく、毎朝のホームルームも連絡事項を伝えるのみ。

授業は日本史の担当だがこれも単に教科書をなぞって講義しているだけ。

面白味はないがテストも教科書からしか出ないので楽単の1つとしてとらえられている。

良くも悪くもどこにでもいるような普通の先生。

町ですれ違ってもきっと気が付かないだろう。


現に彼のホームルームなどろくに聞いていない人がほとんどだ。

大抵のクラスメイト達は山本の話を聞くことよりももっと建設的なことをしている。

例えば宿題とか睡眠、朝練があった人達は早弁をしたりと様々。

とにかく、まともに話を聞いて時間を無駄にするようなことはしない。


だが今日は違った。

誰もが山本に視線を送り、そしてその後ろから入ってきた転校生の方に視線を移してはまた山本に戻す。

好奇心にあふれた視線にさらされている転校生は居心地が悪そうだ。

不安そうな、だけど楽しそうな視線がクラスを一周する。


そんないつもと違うクラスの雰囲気などまったく意に返さない様子で山本はいつもと同じ調子でホームルームを始めた。


「今日はまず転校生を紹介します。君、自己紹介を。」


山本には自分で紹介するという選択肢はなかったらしい。

なんの前ぶりもなくいきなり自己紹介をしろと言われた転校生は一瞬、戸惑ったような、困った表情をしたがすぐに笑顔を作ると一歩前に出てクラスみんなに聞こえるようなはっきりとした声で自己紹介を始めた。


「えっと、ちわっす!京都から来ました。直井涼なおいりょうっす。嫌いなことはつまらないこと、好きなことは面白い事。よろしくっす。にししし。」


見てすぐに分かるような軽薄そうな男だった。

制服は着崩してあり、耳にはピアスが光っている。

そしてなにより、何も入っていないかと思うほどぺちゃんこな鞄。

まだ教科書がないのは当然かもしれないがノートくらいは持ってきて然るべきだ。

髪の毛は地毛だろうか。

かなり明るい茶色をしている。

そして悪戯っぽく笑う顔からは八重歯が覗いていた。

この学校は曲がりなりにも文武両道をモットーにする県立学校でそれなりに偏差値は高い。

故に真面目な生徒が多く、この転校生のように見るからに素行不良な生徒は珍しい。


そのせいか、直井涼と名乗った転校生の自己紹介が終わってもみんなぽかんとした表情で彼を見つめるだけだ。

質問などはもちろん、拍手さえ起らない。

とりあえず明るそうなやつという事と、不良みたい、だという事は分かったが初めて見るタイプにどう反応していいかわからなく当惑した様子だ。


そんなクラスメイト達の困惑を知ってか知らずか、直井涼は面白そうな笑顔のままにししと笑い続けている。

独特な笑い方をする奴だな、康介は漠然とそんなことを思った。


「じゃあ、君は後ろの空いてる席に座ってください。今日は他に伝達事項もないのでこれでホームルームを終わります。」


クラスの当惑した雰囲気にこれっぽっちも気づかずに山本は教室を去って行った。

彼の服装や態度を注意することもなく、転校生とクラスメイト達の親睦を深めようとするでもなく。

まだ黒板の前でその独特な笑顔を振りまいている転校生を一瞥することもなくその脇を抜けて行った。


「あっ、ちなみに京都から来たって言っても親は東京生まれ、東京育ちなんで京都弁はしゃべれないから。にししし。」


聞かれてもないのに転校生がいきなりそんなことを言った。

またもクラスに微妙な空気が流れる。


そしてそれを楽しむかのように転校生はまたにしししと笑うのであった。


これが生涯忘れることはないであろう転校生、直江涼との出会いだった。




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