第7話 夫婦漫才
*
「ああ、おはよ。大会近いからなほぼ毎日朝練。おかげで毎日寝不足だよ。そういえば女バレも大会近いだろ。朝練やってなかったな。」
机に鞄を置きながら何気ない風を装って答える。
いつからか自分の気持ちを自覚してからこうして普通に話をするだけですごく緊張する。
前みたいに気楽に話せたらいいと思うのにうまくいかない。
「今日はミーティングだけだったの。大会の対戦相手が決まったからそれも含めていろいろ。放課後はいつも通り。」
なんとはなしに聞いていたが愛莉の声のトーンがいつより低い。
気になって彼女の表情を盗み見ると予想していた通り、片頬だけ膨らみ口が突き出ている。
これは困ったときというか何かあったときに見せる愛莉の小さいときからの癖だ。
本人は無意識だろうが可愛いさのラインとヘンさのラインが絶妙に重なった位置にいる、なんとも言えない表情である。
コメントがしにくい。
ツッコむべきか、スルーするべきか、可愛いと言うべきか。
この表情を見せられるたびに康介は3択を迫られる。
前にそれとなく指摘することに挑戦したことがあったが、本人が無意識なだけにそれとなく伝えること自体に無理があった。
そもそも基本的に、ポジティブで快活な彼女は普段からあまり悩むことがなく、愛莉がこの表情をすること自体が珍しい。
だから得に気にしてはいなかったがいざ目の前で見せられると本人の為にも自覚くらいはさせておいた方がいいのかもしれないという気持ちになる。
何度かそう思ったにもかかわらず今日まで何もしていないとのは自分だけがこの一面を知っているという優越感も後押ししているのかもしれない。
「強豪と当たったのか。」
「うそ、なんでわかったの⁉」
普段から悩むことのない愛莉が悩むことなど1つしかない。
それに対戦相手が決まってそのミーティングをしていたと自分で言っていた。
その話題で愛莉の表情が曇る理由など相手が強豪校だったという事くらいしか思いつかない。
こんな簡単なことを外すようならそれこそ幼馴染失格だ。
「何年一緒にいると思ってんだよ。愛莉の考えてる事くらい、聞かなくたってわかるよ。」
「ちょっと!それじゃあ私が単細胞のばかみたいじゃない。」
今度は両頬を膨らませて腕を組み、全身で怒りを表していた。
外見は大人っぽいクールな雰囲気を持っているくせにその場その場でコロコロと表情の変わる奴だ。
小さいころから愛莉を知っている身からすれば幼稚園の時からまったく変わっていないように思う。
もちろん幼稚というわけではなく良い意味で。
素直なまま。
「なんでそうなんだよ。小さい時から見てきたからわかるだけだって。愛莉変わってないから。」
「それはつまり私が幼稚園児のままって言いたいわけ?」
「おい、なんでそうなんだよ。相変わらず思考が短絡的過ぎんだろ。」
「あっ、ほらまた馬鹿って言った。」
「馬鹿とは言ってないだろ、短絡的って言ったんよ。それにまたってなんだまたって。まだ何も言ってない。」
「まだ?まだってことはこれから言おうとしてたんじゃない!」
愛莉が立ち上がり、康介に詰め寄ってくる。
これはさすがにヤバイ。
理性が。
「はーい、二人ともストップ。夫婦漫才はそこまで。まったく、夫婦で仲がいいのは分かるけどそろそろ席に着かない?転校生が来るって言うのに、さらし者にはなりたくないしょ?」
「「夫婦じゃないから!」」
見事なハモリを披露した2人はお互いに顔を赤らめ、黙って席に着いた。
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