第3話 居酒屋

「待ち合わせっすねー。予約してるとかかわかります?」


青年からの問いに浩介は先週の電話を思いだす。

今日の幹事役を務めている友人からの電話だったがタイミングが悪く、仕事の追い込みをしていた。

だからというわけではないが話半分にしか彼の話を聞いていなかった。

当然浩介の頭には場所と時間しか記憶になく、予約をしているかなど聞いているはずもない。

その後も仕事にかこつけてこちらからは連絡することはなかった。

当然友人からの連絡もなかった。


「ちょっとわからないです。予約してあるとしたら清水って名前だと思うんですけど。」


予約の有無は分からないのでとりあえず幹事役の友人の名前を出してみる。

元より、電話をして入り口に来てもらえばいいと思っていた浩介は特に期待するでもなく青年からの返事を待つ。


「清水?その名前の予約はなかったと思いますよ。なんでてきとうに店内探してみてください。そんなに広くないんですぐに見つかると思うっすよ。」


そう言い残すとショウという青年はビールグラスを逆の手に持ちかえるとげ厨房の方へと姿を消した。

なんとも言えない気持ちになってしまった浩介を一人その場に残して。

これから会うメンツが高校時代の友人だからだろうか。

どうも今日は感傷的な自分がいる。


仕方なく浩介は入り口に近い席から順に知った顔がないか確認していく。

初めて来る店ということも手伝ってどうにも挙動不審になってしまう。

こういった居酒屋の雰囲気は嫌いではなくどちらかと言えば好きだ。

だが、いざ実際に自分が客という当事者になると途端に落ち着かない気持ちになってしまう。

これも小心者の性だろうか。


しかし、だからと言っていつまでも入り口で突っ立ているわけにはいかない。

すでに挙動不審な浩介に訝し気な視線が集まりつつあった。

仕方なく康介は店の奥へと進む。

入り口から見えるところにいないとなれば彼らがいるのはおそらく奥の座席だろう。

浩介は周囲の視線になど全く気が付いていない風を装いつつ、その足を店の奥へと向けた。


座敷に上がる手前で靴を脱ぎ、底のすり減った革靴を同じようにくたびれた靴箱にしまう。

銭湯にでもあるような簡易な木の鍵がついている。

鍵に書かれた番号は消えかけていた。

康介はそれを手に取りワイシャツの胸ポケットにしまう。


(ここなら忘れないし無くすこともないだろう。)


そんなことを考えながら座敷に上がるとそこもつい今しがた通ってきた店内と変わらずたばこの煙と人々の熱気が充満していた。

気のせいか、こちらの方が熱気がこもっている気がする。


(いや、視界が曇っていることを考えると気のせいではなさそうだ。)


「おっ、やっと来たか!こっちだ、こっち。もうみんな揃ってるぞ。」


浩介が熱気の差に戸惑っていると座敷の奥から彼を呼ぶ声が聞こえた。

その声を聴いた瞬間、康介は9安心感を覚えると同時に懐かし気持ちになる。



ああ、変わっていないな。


この声はよく聞いた。


あの頃、あの体育館で。



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