第4話 金曜日

* 

俺があいつと会ったのは高校2年の夏前。

2年生になって最初のテストでもある中間テストが終わったすぐあとだったから5月の終わりが6月の頭ごろだったと思う。

確かな日付は覚えていない。

だけど、その日が金曜日であること、梅雨にも差し掛かっていない時期にも関わらず、夏のようなすごく暑い日だったという事だけはなぜか鮮明に覚えている。


「なぁ、浩介はあの話聞いた?」


部活の朝練を終え、教室に向かう階段を歩いていると横を歩いていた楓太ふうたが突然そんなことを言ってきた。

朝練の後にシャワーを浴びたにも関わらず楓太の額には大粒の汗が浮かんでいた。

おそらく浩介も同じようなものっだろう。

ワイシャツが肌に貼りついて気持ち悪い。


柏木颯太かしわぎふうた

彼とは中学は違うが同じバレーボール部に所属しており、入学前の春休みに部活見学をしに行った時からの付き合いだ。

確か練習試合を見に行って意気投合しそのまま連絡先を交換した。

あまり社交的ではない浩介にしては珍しい行動だった。

だがなんとなく楓太とは馬が合う、そんな予感があった。


そんな楓太とは予感の通り、部活でも生活でも馬が合った。

今はクラスも同じなのでよくつるんでいる。

身長の高い浩介とは違い、高校男子にしては小柄で線も細い。

そのくせ手足は長く顔だちも中性的で身内贔屓に言ってもイケメンだ。


そんな彼の部活でのポジションはリベロ。

言うまでもなく、守備専門のポジションだ。

決して攻撃をすることは許されず、点を取ることのできない地味なポジション。

バレーボールという身長が物を言うスポーツで背の低い人に残された唯一のポジション。

多くの人にはそう認識されているかもしれない。

だが楓太はそうは思っていないだろう。


”リベロが一番かっこいい”


そう思っているはずだ。

実際に、颯太は身長というハンデがあろうともアタッカーとして十分に活躍できるくらいにバレーがうまい。

おそらく今の先輩たちよりも颯太をアタッカーにした方が点を取れると浩介は思っている。

それは浩介だけでなく楓太も思っているはずだ。

それでも颯太がリベロ以外をやることは決してない。


好きだから、かっこいいから。

ポジションに固執する理由なんてそれで十分だ。


それは浩介だって同じだから楓太の気持ちはよくわかる。

浩介のポジションはセッター。

中学でバレーボールを始めた時からずっとセッターをやってきた。

愛着もあるしセッターとしての誇りがある。

なによりもセッターが一番かっこいい。

だから、お前は他のポジションでもうまくやれるからセッターをやめろと言われたって絶対にうなずかない。


きっとそれは颯太も同じだ。

だから俺は他のアタッカーがどんなに使えなくても颯太にアタッカーになれとは死んでも言わないと思う。

チームの勝利を捨ててでも友人の誇りを踏みにじるような真似だけはしない。

点なら自分のトス回しで取ればいい。


俺がチームの司令塔だ。


 「何を?」


余計な事を考えていたせいか反応が遅れた。

だが颯太は気にしていない様子だ。

もともと私生活ではそういった細かいことを気にするタイプではない。

たった数センチのズレだろうと自分が納得のできるレシーブを上げるまで練習を切り上げない、部活の時とは大違いだ。



「えっとね、来るらしいよ。」


「だから何が?」


「転校生。」




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