第2話 ネオン街
*
陽が沈み、ネオンが夜の街を照らし始めたころ、街には再び人が溢れる。
だが、日中のそれとは明らかに異なる雰囲気はこの時間帯というだけでなく、休日前ということも大きく起因しているのだろう。
日中の堅苦しい業務から解放されたサラリーマンたちは休日を前に、足取り軽くそれぞれの家庭に帰るのではなく、暖かさと開放感を兼ね備えた暖簾をくぐる。
家で待つ家族のことを思い、罪悪感を抱きながらも。
休日に待ち受ける家族サービスのこをを考え、憂鬱になりつつも。
それでも一時の開放感を得るために油と熱気を多分に含んだ木製の扉を開ける。
年季が入っているせいか、それとも単にたてつけが悪いのか木製の扉は思うように開いてはくれない。
普段ならイラついてしまうような場面でも今日なら大して気にならない。
それよりも客人を迎える暖かな料理の匂い、そして店内に充満するたばこの香り。
それだけでどこかなつかしい気持ちになり満たされるのだから不思議だ。
居酒屋はサラリーマンの第二の家とはよく言ったものだ。
*
店内に入ると
日中の業務が終わらず自主残業をする羽目になった浩介はすでに1時間ほど約束の時間に遅れていた。
普段の金曜であれば仕事が終わるのにもう少しかかっていたであろうがそこは頑張った。
今日この日の為に。
この仕事スピードを普段から求められ、ソレに応える能力があればきっと浩介はすでに出世街道を順調に進んでいたことだろう。
昔からそうだった。
なにか目的がないと頑張れない、期限がぎりぎりになるまで課題には手を付けない。
子供のころからの習慣はやはり大人になっても治ることはないらしい。
かといって積極的に直そうと努力などしたことはないが。
そんなことを考えながら入口付近でボーっとしているとアルバイトらしい、大学生くらいの青年が声をかけてきた。
1人なのにいつまでも入り口付近で突っ立っていることを怪訝に思ったのだろうか?
「らっしゃいませー。待ち合わせっすか?」
体格の良い彼はにこにこしながらこちらに近づいてくる。
手にはどこかからの席から下げてきたのだろう、空いたビールグラスを二つ下げていた。
胸のネームプレートにはいかにも男子っぽい雑な字体で”ショウ”と書かれていた。
本名なのかは微妙なところだ。
今はホストの類だけが源氏名をもっているとは限らない。
どこにでもいそうな普通の学生がSNS上にいくつもの名前を持っていることなんて珍しくもないご時世だ。
もはや呼び名などに大した価値はなく、ただの区別記号なのかもしれない。
そんなことを考え、思わず苦笑いをする。
(こんなことを考えるなんて俺もずいぶん歳をとったな。)
少し自嘲気味になってしまった内心を誤魔化すかのように”ショウ”という青年に待ち合わせであることを伝える。
全員集まっているかはわからないが予定時刻から1時間もたっていて誰も来ていない、ということはまずないだろう。
「あっ、はい。先に連れが来てると思うんですけど。」
思わぬ所で自分が歳をとっていたことを感じた為か、青年のどこなく若さに溢れ、充実した空気に若干の気まずさを覚える。
こんな自分よりも一回りは若いであろう子に気後れしてしまう自分はつくづく腰の低い人間だと思う。
そのせいでなかなか仕事も思うようにいかない。
上司にはよく、もっと自信を持てとか男らしくどしんと構えてろとか無責任なことを言われ、後輩にはなめられる。
そして同期は無責任な励ましと意味のない同情をくれる。
別に気にしていないといくら言ったところで強がりにしか捉えてもらえない。
いつからか弁明し、自分の意見を言う事すらやめた。
(別に今のままでもいいじゃないか。)
これが新卒で今の会社に入社し、12年働いてきた俺の答えだ。
自分の価値観を押し付けるような奴よりはましだと思うし、何より最低限のコミュニケーションは取っている。
仕事ができるわけでも早いわけでもないが与えられた分の仕事はきちんとしている。
今までこれといって大きなミスをしたこともない。
優秀ではないかもしれないが平凡。
それでいいじゃないか。
それに今時男らしい男の方が少数派だ。
これが俺なんだから仕方がない。
放っておいてくれ。
そう言えたらどんなにいいか。
何も考えずに自分の意見を言える場所、それがどんなにありがたい場所であったのか今になってようやく認識することができた。
あの時のあの場所はもう二度と戻らないのに、、、。
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