第23話


「平野で会戦か、予想通りだね」


 トティラが自身の軍を引き連れてシーラ山へ辿り着くその前日、トッドは諜報員経由でその情報を耳にしていた。


 山の民に情報漏洩のような観点は、有ってないようなものだ。


 兵馬の数はわからずとも、いついつに集落を出てどこへ向かうかくらいの情報は、難なく手にすることができる。


 もっとも、それを伝達するためには行進する軍を超えた速度を出すため、全力で早駆けをする必要がある。


 今頃情報を伝えに来た伝令兵は、泥のように眠っていることだろう。


「ナルプで籠城するって手もあったけど、それをやられなくて良かった。あんまり時間を掛けたくないからね」


 山の民攻略が始まってから、既にかなりの時間が経過してしまっている。


 大きなイベントもそう遠くないうちに控えているのだ。


 それら全てを乗り切るためには、山の民に使う時間は少なければ少ないほどいい。


「数はうちが二千ちょっとで、向こうが三千くらい。おじいちゃんとか連れてきたらもうちょい増えるかもだけど、今回殿下はそのつもりないんですよね?」

「うん、戦うのは戦士とみなされる十五才以上の人達だけでいく。子供とかに死なれちゃうと寝覚めが悪いしね」


 今、話をしているトッドとハルトの視線の先では三人の人間が戦っていた。

 ライエンバッハとガールー・ホウが二対一の形で模擬戦をしているのだ。


 戦力差が大きくなりすぎないように数に違いを設けているのだが、どうやらそれでもまだ開きがあるらしい。

 使用している武器と防具の差もあるが、何より実力が離れすぎている。



「ふんっ!」


 ライエンバッハの持つ大剣が振られ、ガールーが持つ剣が弾かれた。


 がら空きになった彼の腹部に蹴りが刺さる。

 ドゴッと鈍器がめり込むような音をさせながら、ガールーが遠くへ吹っ飛んでいく。


「次はこっちか」


 ガールーとタイミングを合わせて攻撃をしようとしていたホウが、振りかぶる動きを止めて一旦静止する。


 そして大きく後ろに下がり、距離を取った。


 ライエンバッハは魔法はほとんど使えないので、あくまでも主な攻撃手段は物理攻撃だ。


 前に駆け、汗を掻きながら息を荒くしているホウへ一息の間に近付く。


魔法の炎矢イグニス・サギタ!」


 だがその動きを読んでいたガールーは、既に受け身を取り立ち上がっていた。


 彼は震えながらも弓を引き、ライエンバッハが移動するであろう彼とホウのちょうど間の位置へ魔法の矢を放った。


 形成された炎の矢が、彼の狙い通りに吸い込まれるように飛んでいく。


 だがライエンバッハの顔から余裕が消えることはない。


「威力が足らん」


 彼はそのまま炎の矢を胸で受ける。

 魔道甲冑は魔力により身体強化を鎧と全身へ付与することのできる鎧である。


 しかし熱さはそのまま通るため、今彼の胸部は炎に炙られているのと変わらないだけの熱に襲われているはずだ。


 だがライエンバッハは顔色の一つも変えずにそのまま前へ進む。


 それならと前に出て攻撃のタイミングをズラそうとするホウを、振りかぶると見せかけて放った剣の柄による攻撃で吹っ飛ばした。


 ホウが衝撃で後ろへ飛んでいくのに合わせてライエンバッハも前に駆け、ゴロゴロと地面に転んだところで、彼の喉元に大剣の切っ先を当てる。


「……降参だ」


 ホウはそれだけ言うと立ち上がり、付着した土を手で払い落とした。


 彼が着けているのは、貸し与えた強化兵装だ。


 今回の戦いが全ての決着を付けると言っても過言ではないため、悩んだ末にトッドは強化兵装を山の民達に適宜貸し出すことを決めていた。


 無論ホウを始めとする元族長だった者達の審議や審査を経てから渡しているが、それほど長い時間を一緒に過ごしたわけでもないために完全に信頼できているかと言われればそうではない。


 そのため各氏族に渡すといった形ではなく、強化兵装を用いる戦士達を一つの隊として、氏族とは別の単位で運用することにしていた。


 隊の名は強化歩兵中隊、人数は今のところ三十人だ。


 ゲーム内の日時なら今より十ヶ月後に日の目を見ることになる強化歩兵隊が、ほんの少しだけ早く世界に現れた形だ。


 ちなみに、隊長になっているのはガールーだ。


 その理由は二つ。


 一つめの理由は、彼が最初期からトッド達と共に行動していたために、強化兵装の使用に慣れていること。


 そしてもう一つは、彼がトッドから下賜された魔道弓サジタリウスを持っているためだ。


 どうやらあとになってから知ったのだが、族長から何かを渡すということは戦士にとっては何にも代えがたいほどに誇り高く誉れになることなのだという。


 そのため彼が名実共に相応しいだろうということになったのだ。


 ガールーが握っているその弓、サジタリウスは厳密に言えば弓ではなく、弓型の魔法発動体である。

 矢のかわりに魔法を放てる処理と、魔力を込めさえすれば一定威力の魔法の炎矢が打てるようなチューンナップがなされている。


 開発に成功した時は、これで魔法を使えなくとも魔法が放てるようになる遠距離攻撃の手段ができたとかなり喜んだのだが、ハルトとトッドのそれはぬか喜びに終わっていた。


 自分で魔法を発動するのではなく、回路に入れられている魔法を魔力で強引に発動させるために、大量の魔力を消費してしまうとわかったからだ。


 大量の魔力が必要なため熟練の魔法使いくらいしか扱うことができず、そもそもそんな者は普通に魔法を使うため、まともな使い手がいなかった武器だった。


 魔力が測れないようなところで、大量の魔力を持つにもかかわらず一切魔法の訓練をしてこなかった。


 そんな特異な人間にしか使えないのがこのサジタリウスなのだ。


「お前、熱くないのか?」

「熱いが耐えられる」


 ガールーやホウはライやランドルに対してはあくまでも対等な言葉遣いをしている。


 彼らは族長以外には、誰に対しても態度が変わらない。

 最初の頃はライエンバッハもそれを直そうと叱っていたが、何度言っても聞かないので諭すのは諦めたようだった。


「魔道甲冑もそろそろ新しいのを試作したいんですよねぇ。ライエンバッハ卿は、まだ余裕がありそうですから」

「そうだね……多分だけど、ライなら機動鎧でも使いこなせるだろうから」


 どうやらハルトは、未だライエンバッハに余裕があることを見抜いているようだった。


 戦闘的な余裕の話ではなく、彼のスペック面での話だ。


 魔道甲冑を使うことで彼の各種能力は大きく底上げされたが、元が良すぎる分、まだ装備のグレードを上げてもなんとかしてしまいそうな感があるのである。


 機動鎧という兵装は、一度着ければ元に戻れなくなると言われるほどに強力な武装である。


 ゲームだと開発が終わる前に死んでしまったライエンバッハだが、彼を生き延びさせることができれば相当に強力な機動士になってくれるだろう。


 トッドの見立てでは覚醒タケル(攻略サイトにおける戦闘力評価S+)には劣るだろうが、準一級機動士クラスにはなるだろう。


「研究ができないのが惜しいですねぇ。早くラボに帰りたいですよ僕は」

「あの中から色々持ってけそうなセキュリティガバガバな土蔵を、ラボとは呼びたくないけどね」

「でも私も早く戻りたいです。ここらへんだと、お風呂に入るのも一苦労ですから」


 ハルトとレンゲ達研究員チームは、どうやらさっさとトティラを倒して街へ戻りたいようだ。


 ここでは満足な設備もないし、彼らがやるのは魔力測定器を使って山の民達から魔法が使えそうな者達を選別することと、トッド達が使う各種兵装の手直しや修理をするくらい。


 新しい物を作るのではなく、今あるものを修理、改善するだけの現状に満足がいかないらしい。


 もっともレンゲの方は、純粋に女の子的な理由で嫌がっているようだったが。


 一応魔力というのは、使えば使うだけその総量が増えるものとされている。


 そのため今は、魔法使い見習いになった山の民達の何人かに水と火の元素魔法を使わせてなんとか樽に湯を満たさせて風呂として使っていた。


 元日本人であるトッドもそのあたりにはうるさく、彼は待つのが面倒なので自分で湯を用意して湯浴みをするようにしている。


 ただライエンバッハはあまりそういった方面には頓着しなく、更に言うなら山の民は身体を軽く拭くだけで満足する者達なので、ぶっちゃけると鼻がつんとする刺激臭がする。


 前世の価値観で綺麗好きなトッドと、レンゲに強制的に洗われるハルトを除けば、皆かなり汗臭いのだ。


「私としては、まだこちらに居るのもいいですが。基本的に快適ですし、戦えば戦うだけ兵が増えていくというのは盤上遊戯のようで面白いですから」

「自分が強くなっていくのが実感できます。今は毎日が充実しています、これも全てトッド様のおかげです!」


 ライエンバッハとガールーは、どうやらこの生活をしっかりと楽しんでいるようだった。


 ライエンバッハは純粋に元から戦うのが好きだから、模擬戦やテスターばかりさせられる向こうでの日々より、毎日何かしらの戦闘が起こるこちらの方が合っているということなのだろう。


 ガールーも色々と装備を貸し与えたり、ライ達との模擬戦を経て実力は上がってきている。


 それに隊長職となったことで、責任感のようなものも生まれ始めていた。


 山の民流に言えば、戦士から戦士長へ成長したとでもいうべきか。


 戦闘を行い、敵を倒していくうちに自分の強さを認識できたからか、ガールーは以前ほど強さに固執することはなくなっていた。


 ただトティラへの憎悪の方は、変わらないようだ。

 だがそちらも前とは違い、トッドに急げ急げと催促するようなことはなくなった。


 彼なりの、心境の変化があったのだろう。


 ついでに言うなら、今はこの場には居ないがランドル達親衛隊三人組も似たような感じである。


 彼らは山の民に染まりすぎており、特にミキトとスートは既に髭もボーボーで肉をわしづかみにするような生活スタイルになっている。


(王国に戻ってからが大変だろう。どうやら連れて帰ろうとしている女の子達も複数いるみたいだし……)


 トッドは遠い目をしながら、彼らの将来に幸あらんことを祈った。


「……そうか、当たり前だがお前達はことが終われば帰るのだな」


 ホウはふと今気付いたかのようにそう呟く。


 彼らからすればトッド達は、外の世界よりやってきた異物であるはずだ。


 だというのにそんな風に考えてくれるようになったということは、自分たちがこの場所に馴染むことができたということなのだろうか。


 そう考えると少しだけ嬉しい気持ちになってくる。


 ただトッドもどちらかと言えばハルト達寄りの、さっさと帰ってしまいたいと考えだった。


 無論それは今後のイベントを想定してということもあるのだが、それより何より……。


「早く弟たちに会いたい……もう何ヶ月も会えてないし」

「殿下のブラコンシスコンは筋金入りですねぇ」

「ちょっとハルトさん、その言い方は……」

「タケルとミヤヒさん、僕がいないからって苛められてたりしてないだろうか。エネシアはアイリスからまた変なことを吹き込まれたりしてないだろうか……。元が病弱なアナスタシアは、体調を崩したりはしてないだろうか。そしてエドワードは……多分何も問題はないだろうけど、ただ会いたい」

「ねぇレンゲちゃん。じゃあ君はこんな風になっちゃった殿下をなんて呼ぶつもりだい?」

「えっと……家族愛が溢れるお兄ちゃん、とかじゃないでしょうか」

「物は言い様だねぇ」


 トティラ達が急ぎシーラ山へと向かっているというのに、彼らの雰囲気はどこかのんびりとしている。


 というのも既にトッド達は戦いの準備を終えている、だからあとは彼らがやってくるのを待つばかりなのである。


 シーラ山の半分以上の者達は既にトッドの氏族に組み込まれていて、今はランドル達の指揮下で今までより大きな単位で行動できるよう訓練をしている最中だ。


 落ち着きながら紅茶を飲んでいたトッドは、歩いてきたライエンバッハを見て怪訝に思う。


 その顔は先ほどまでとは違い、真剣に切り結ぶ時の気迫を湛えていた。

 彼は他の者達に聞こえぬよう耳元で、


「殿下はトティラを、どうするおつもりでしょう」


 トッドは一瞬答えに詰まったが、すぐに答えを返す。


 喉に答えがつっかえた、その不自然さに彼が自身で気付くことはなかった。


「……当然殺すよ。あれは僕たちのこれからには、必要のない存在だから」


 トティラを仮に生かしておいたとする。


 彼は間違いなくトッド達が居なくなった瞬間に、何かを画策するだろう。


 一度身を潜められ、ゲリラにでもなられたら非常に厄介だ。


 トティラには親衛隊と呼ばれる彼に心酔した戦士達の集まりがある。


 それに氏族の中には、自分達はトティラについていくと、こちらになびかなかったものも一定数いた。


 反抗勢力になる可能性のあるトティラを生かすのは、あまりにもデメリットが大きすぎる。


 それに彼はゲーム内では、自分を含む全ての王族を惨殺した殺戮者であった。


 いくらトッドが人を殺すより生かしたいと考えていても、トティラに対してその考えを適用するのはあまりにも難しい。


 だがどうやらライエンバッハは、トッドのその甘さが命取りになるのではないかと危惧しているようだ。


 トッド自身、既に何人もの人間に手をかけている。


(大丈夫……だとは思うんだけど。でもたしかに、トティラがもしすごくいいやつだったりしたら、ちょっと考えちゃうかもなぁ)


 トッドには前世が日本人だったためか、判官贔屓のような、敗者である相手の側に立って応援したくなってしまう悪い癖がある。


 ホウが生きているのも、正しくそれが原因だ。


 彼はホウの氏族を纏めるためには、死んでもらった方が都合が良かった。


 だが生かしていたおかげで諜報員や連絡員を選抜してもらえたり、裏切りを警戒せずに強化兵装を貸し与えたりも出来ている。


 ホウの時と同様、メリットが天秤に傾けば……とも思うが、ことは自分たち王国にまで関わる問題だ。


 きっとトティラがトティラである限り、彼が山の民の族王を呼称し自分たちへ牙を向けようとする限り、彼と和解することはできないだろう。


 それに……ガールーとその姉のこともある。


 働いてもらった分、彼には復讐をする権利の一つくらいはあるはずだ。


 トッド達の朝は、ゆったりと過ぎていく。


 あと数日もすればかつてないほど大規模な戦が起こるとわかっていても、彼らの生活は少しも変わらなかった。

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