第21話


 トッド達も彼の背を追って歩き、外へ出る。


 そこには馬を走らせながら小規模ごとにまとまって行動している山の民達と、彼らの先頭を走る仲間達の姿がある。


「ハルトさああああん!」

「はぐぅぉうっ!?」


 トッドがレンゲ達が出した成果を見渡すことができたのと、ものすごいスピードで疾駆しているレンゲがハルトに突撃したのは同じタイミングだった。


「は……ハルトさんっ!?」

「あはは、大丈夫だよ大丈夫。ちょっと肋骨とかが軋んでるだけだから」

「見せて下さい、今すぐ治しますからっ!」

「あ、やだ、ちょっといきなり服脱がせないでって………あ~れ~!」


 素早く服を剥かれているハルトと、彼に久しぶりに会えてテンションがおかしなことになっているレンゲからは目を逸らして、トッドは姿勢をしっかりと正した。


 それほど時間は経ってはいないが、三人ともまるで数年ぶりにあったかのように顔つきがが変わって見える。


「久しぶりです、殿下。我ら親衛隊員ランドル・ミキト・スート三名、十五の氏族と幾つかのはぐれた者達会わせて九百五十名を引き連れ馳せ参じました。なるべく落伍者を出さぬよう気をつけたので、合流するのが遅れてしまい申し訳ございません」


 ランドル・ミキト・スートの三名は強化兵装を身に纏っている。


 彼らは馬に乗っていたが、今は下りてこちらへ敬礼をしている。


 三人ともトッドと別れた時は、色を知った若い男達といった感じだったが……男子三日会わざれば刮目せよとはよく言ったものだ。


 戦いの経験がそうさせたのか、トッドには今の彼らが一端の戦士になったように見えた。


「いや、全然大丈夫だよ。でも随分と多くなったね。確か麓の山の民って、全員合わせても数百人もいなかったような……」

「それなんですが……どうやら平地の中には、向こう側からやって来たものが多いようで……」


 ランドルが指さすのは、これからどうやって攻略しようかと考えていたマーブ山の方角だ。


 マーブ山以東に住んでいる氏族なのかとも思ったが、どうやらそれも違うらしい。


 説明を聞くと、彼らはどうやらトティラの支配下にあるナルプ以東の山からやって来た者達とのことだ。


 トティラやその取り巻きに追い出されたり、彼らのやり方に反発を覚えて家族一丸となって抜け出してきたような者達の数が、王国と山の間に広がっていた氏族達の数を既に超えてしまっていたのだ。


 ランドル達は少し戸惑いながらも、トッドの氏族として所属するならと彼らを迎え入れていった。


 そして結果として、人数がここまで膨れ上がってしまったということらしい。


「彼らは、使えるのでは?」

「切り札だね」


 ライエンバッハの言葉に頷きながら、トッドは強力な手札が一つ増えたことを喜ばずにはいられなかった。


 恐らく山の民として譲れぬ生き方があるが故にやってきた彼らを、ランドル達は上手いこと手懐けている。


 というかトッドに倣い、完全に山の民に染まった行動をすることで自分たちが味方であることをしっかりと認識させたのだろう。


 その証拠によく見るとランドル達は首に勾玉や魔物の牙みたいなものを通してあるネックレスをつけているし、彼らの馬の面倒を見ているのは見覚えのある女性ばかりだった。


 ハマームと一緒に入ってきた、トッドに対して夜伽を命じられていた女の子達だ。

 ランドル達が手をつけた女性達、と言い換えてもいい。


 彼らがトッドの氏族として生活をしていること。


 それ自体がトティラ達の陣営にいる山の民達への、弓と剣以外での攻撃手段となる。


 氏族とは大きな家族であり、山の民の社会そのもの。


 かつて同じ氏族に所属していた者は敵の刃を大いに鈍らせ、彼らの言葉は大いに敵を揺さぶってくれることだろう。


 そして彼らがこちら側で問題なく生活ができているという事実が、こちらが決して山の民のことを蔑ろにしていないという証拠にもなる。


 一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなる有効なカードだ。


「はて、切り札とは?」

「あとで話すよ。でもランドルも中々に手が早いんじゃない? 山の民の女性は、情熱的なんでしょ」

「はは、そうですね。これは後で言うつもりでしたが、私はエイラを娶るつもりですよ。帰ってからのことを考えると恐らくは妾になるでしょうが、それは彼女も了承しています」

「へ、へぇ……」


 山の民達との酒の席の話で、浮気したら女房に刺されただとか、愛が重たいだとか聞いたことがあった。


 だからからかうつもりで言ったのだが……どうやらランドルは、本当に山の民の女性に恋をしてしまったらしい。


 貴族である彼が、王国で蛮族とされている異民族を嫁に取るのは障害も多いだろうが……常識もあるランドルのことだ、恐らく覚悟の上だろう。


 トッドは山の民が今後の歴史で廃れていく者達であることを知っている。


 だから彼らの中でもトッドの氏族に属している者に関しては、なるべくその生活を尊重しながら活用できるよう気を配るつもりでいた。


 だがこういう形で、山の民という民族が残っていくこともあるのかもしれない。


 彼ら、彼女達が王国民と子を為し、産まれた子が王国民として生きていく。


 それなら続いていく家系の中には、確かに山の民の血が残っていくことになる。


 トッドは生命の神秘の一端を垣間見たような気がした。


「じゃあ彼女達やその仲間を守るために、勝たないとね」

「―――ははっ、そうですな。トティラなんぞにこれからの私たちの未来を壊されてはたまりません」


 トッドはこの土地を、自分の領土としてもらい家を分け王位継承権を放棄する心づもりなのは変わらない。


 だからなるべくなら将来民となる者達を殺したくはないし、彼らには幸せに暮らしてもらいたい。


 というかそうしなくては、恐らく王国の介入で山の民の生活はズタズタになってしまうだろう。

 そうすれば流さなくていい血を流すことになってしまいかねない。


 それに山の民が忠誠を誓うのは、王やエドワードではなくあくまでも自分だ。


 そんな者達を国軍として使うことは不可能に近いし、彼らだって納得してはくれない。


 だからこそ彼らを私軍として活かしつつ、彼らの生活を壊さないよう気を配りながら開発を続ける。


 その手綱を取れるのは、恐らく王国と地球という二つの常識を持つトッドだけであるはずだ。


(……でも未来のことより先に、今をどうするかを考えなくちゃね)


 いくつか腹案もあるトッドだったが、負けてしまえばそれらは全て水の泡になってしまう。


 とりあえずトティラを倒さなければ、自分たちにも王国にも未来に影が落ちる。


 トッドは再度ランドル達を歓迎し、今日の進軍は止め飲み明かすことにした。


 酒の席で話をして知ったことだが、どうやらミキトとスートの二人は、複数人の山の民の女性達と関係を持っているらしい。


 一夫一妻制の王国民の頃の面影はどこへやら、もはや彼らは完全に思考が山の民と同化していた。


 ランドルはエイラという子一筋らしいので、親衛隊員の中でもそこら辺には差があるようだ。


 ただ色に狂っていただけではなく、皆が皆山の民達の風習や戦い方についてもしっかりと理解を示していたのには驚いた。


 女は男を変える、そんな使い古された言葉はどうやら事実だったらしい。


 新たに合流した者達は、トッドがまだ十二歳であることに驚き、自分の族長として認めてくれた。


 だが当たり前だが、中には舐めてくる奴らも一定数いた。


 そのため酒に手をつけていないトッドとライエンバッハが模擬戦を見せ、しっかりと武威を示した。


 度肝を抜いた者達は、皆が皆一様にトッドに対し忠誠を約束したのである。


 無論、ただ酒の席で親睦を深めて手を拱いているだけではない。


 ホウの選りすぐりの連絡員を数人マーブ・ソウト・シーラへと派遣し交渉をさせた。


 そして強行軍にはなってしまうが、ランドルが連れているナルプ以東に住んでいた者達のうちの一部を、元いた氏族へ戻させることに決定した。


 ランドル達やそれより上の族長であるトッドに心酔しているものだけを選び、彼らを内側にある時限爆弾として使うつもりだ。



 次の日、出立する頃にはマーブ山に出していた先触れのおかげで、二つの氏族がこちらに恭順を示しトッド達側についてくれることとなった。


 以前のように麓や離れたところに居る氏族達を吸収している時間はなかったので、制圧は面ではなく点にして最速で向かう腹づもりであった。


 ただ既にトッドの氏族は、マーブ山にいるどの氏族よりも大きく、そして強くなっていた。


 実際に大軍の行進を見た各氏族達は、皆が一様に降伏し併合されていく。

 トッド達は急ぎソウト山へと向かった――。

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