第20話


 トッドはホウの勧めに従い、少しペースを落としてでも戦わずに威を以て麓にいる氏族達を吸収することにした。


 そしていくつかの氏族をまとめ、本来の予定よりも二日ほど遅れてニング山を出立、マーブ山へと向かっていく。


 ただ、ニング山も同様になるべく人員を減らさず進もうとしていたトッド達に、ホウの氏族の連絡員からある情報がやってきた。


 トティラ達が山の民で唯一馬に乗らぬ者達のいるナルプ山の攻略に目処がついたというのだ。


 これで彼はナルプ・ガル・アッティカの三つを落としたことになり、対しトッド達は未だ連峰と王国の間に点在する集落と、ニング山を制圧したのみ。


 基本的に各山とその麓の氏族の数は、岩肌で包まれ上ることすら難しいナルプ山を除けばさほど変わらない。


 戦力の開きは、単純に考えれば三倍に近かった。


 残る山はマーブ・ソウト・シーラの三つ、このうちの最低二つを両方しておかなければ、戦力的な優位が取られてしまうだろう。


 トッド達は今、岐路に立たされていた―――。




「こちら側の兵は今のところ、合わせて千ちょっと。対して向こうはナルプを攻略した段階で三千五百くらい。流石に数が違いすぎるよね」

「僕のシラヌイなら一体でも三千五百くらいなんとかなると思うけど」

「いや、流石にならないよ。シラヌイが無事でも僕が死んじゃうから」


 シラヌイの性能は圧倒的だ。

 相手が何か特殊な魔道具でも使わない限りは、機体に傷をつけることすら難しいのだから。


 しかし、強化重装は決して使用者を無敵にする装備ではない。


 強化重装を倒す手段もあるのだ。

 その方法は、機体の内側にいる人間へ攻撃をすること。


 火魔法で炙ったり、熱して油を隙間から入れたり、もしくは鈍器で内部へ衝撃を与えたりすることで、中にいるパイロットへダメージを通すことができる。


 トッドは魔力が保つとはいえ、戦い続ければ息も切れるし疲れもする。


 そこを狙ってそんな攻撃をされ続ければ、倒される可能性は決してゼロではない。


 それに、トッドにはいくつかの懸念もあった。


 ゲームではトティラは、山の民で唯一火魔法を第二階梯まで使いこなせるという設定だった。


 トティラが魔道具を使わずとも、彼は純粋な戦闘力だけでもかなりの脅威になる。


 狡猾な彼の性格から考えると、強化重装の攻略法を思いつく可能性もある。


「本国へ応援を頼みますか? 王国騎士団でも、警護が主な任務である第三なら回してもらえるかもしれません」

「できることなら、救援はしたくないんだよね。本国を少しでも手薄にしたくないから」


 リィンフェルトとリィンスガヤは、かつてリィンという大国だった。


 しかしある時、国王が領地を兄と弟に真っ二つに分けたことで不満が爆発。


 彼ら兄弟はお互いが自身を王と名乗り、二つに割れて別国へなってしまう。


 そのためどちらともが、隙を見つけては乗り込んでかつての大国の栄華をと考えているのだ。


 ゲーム知識からするとここでリィンフェルトが大規模な兵数で攻め込んでくる可能性はないはずだが、彼の国はこちらの動揺につけ込んでくるくらいのことは平気でやる。


 できることなら、なるべく他の人員は使わずにやってしまいたいところだった。


「数の劣勢は、質で補うしかないか……強化兵装をあるだけ配るのは最後の手段だけど、マーブは最低限攻略したいな」


 情報漏洩の観点から考えると、強化兵装は信頼できる兵にだけ配りたい。


 だがここまで差が開いてしまうと、流石にそれすら視野に入れる必要が出てきた。


 族王トティラ……やはりというか、一筋縄ではいかなそうな相手だ。


 残虐で、狡猾で、そして山の民というよりかはトッド達のような考え方をする男。


 奴は勝つためになら全てを――。


「――いや、そうか。何も手立てがないわけじゃないな」

「どうした、何か手があるのか?」


 ハルトの調査により、ホウは微量ながらも魔力を有していた。


 そのため彼は現在、魔法使い用の強化兵装へ身を包んでいる。


 黒いボディースーツに鍛え上げられた肉体が浮かび上がり、見た目が以前にも増してゴツくなっている。


「ガールー、トティラのやり方は山の民の反発を買っているよね?」

「それはもちろんです。彼らは夜討ち朝駆けは平気でするし、戦の作法を守ることもせず、女や食料をありったけ強奪していきます。巫女様の言葉は蔑ろにするし、祖霊や山への感謝を忘れてもいます。だから反感を持っている人間は多いですよ。ただ、力が圧倒的だから反抗ができないだけで」


 現状、トティラの支配は決して盤石とは言いがたい。


 彼は兵力は多くとも、その人心までは掌握しきってはいないのだ。


 強引に氏族を併合してきた弊害が出ているといっていいだろう。


 何せガールーを始め、ホウや他の氏族達の中には彼への反感を隠そうともしないものも多いのだから。


 だからそこを攻める。

 兵ではなく兵とその家族の心を攻めるのだ。


 シラヌイは無敵だが、その内側のトッドは決して最強ではない。


 どれだけ外側が強力でも、その内側もそうだとは限らないのである。


 会議の内容とは関係ないシラヌイの話をハルトがしてくれたおかげで、やり方を思いつくことができた。


「ホウ、対して僕たちはどうだと思う?」

「無論反感は買っている、なにせお前達は明らかに山の外で生まれた草食みだからな。だがトティラと比べれば程度は小さい、俺達山の民に合わせようとする意思があるからな。たしかに俺達へやった奇襲は正道からは外れていたが、実質ほぼ一騎駆けだった。尚武の気質がある俺達にとっては、頼れる大将といった感じだろう」


 山の民は、戦うことを良しとする。

 族長、つまり自分の氏族達をまとめる者には誰よりも強い者が相応しいという考え方だ。


 だがその強さとは、何も純粋な戦闘能力だけを意味しない。


 強くなければいけないのは当然だが、そこには族長としての責務や、他の氏族への礼儀、祖霊への感謝、そういったものも必要だ。


 自分たちを理解しようとしない上についてこようとはしないのは、山の民も王国民も変わらない。


 トッドは、なるべく彼らの生き方に沿った言動を心がけてきた。


 彼としては山の民の文化や風習を壊すつもりはないが故の当然のことのつもりだったが、どうやら今になってその鄕に行りては精神がジワジワと効き始めている。


 トッドは何度も山に祈りを捧げたり、死者を山の民の流儀で丁寧に土葬したり、時には天骨と呼ばれる死骸の頭蓋でやる骨占いなんかもやってもらったりしていたのだ。


 元日本人である彼としては和を重要視しただけのことだったのだが、それが山の民達にはかなり好意的に受け止められている。


 それにホウの勧めに従って、直接的な武力ではなく威で周囲を従わせたのも大きい。


 トッドという人間がただ強いだけの男ではないということは、山の民達に伝わっていくはずである。


「僕らは無理矢理言うことを聞かせようとはしない。僕たちは山の民を尊重し、私財も家族も奪わない。そして今は、反トティラのため戦っている。それを全面に押し出して残り三山の山の民を引き入れる」

「今や山の民はトッドの氏族かトティラの一族にまとまっていると言っていい。分はこちらの方が悪いが、やつの悪評は良くも悪くも有名だ。そこにこちらの噂を、実際の戦士達の口から聞かせることができれば、兵力ではない部分で引き込める者は多いかもしれん」


 無論、現状はトティラ側の方が圧倒的に優勢に見えているはず。


 そのため自陣営とトティラ陣営がぶつかったその戦後のことを考えて、あちらにつくものもいるだろう。


 兵力的な問題は使う武器の違いによりそこまで大きくはないのだが、それを理解してもらおうなどとは思っていない。


 だが良くも悪くも山の民というのはこちら側とは違う常識の下で生きている。


 戦って死んだ戦士は祖霊の下へ向かうと信じている彼らにとって、死とは絶対のものではなく、死しても通す意地というものも平気で存在している。


 だからこそ山の民は平気で非合理な選択を取れるし、嬉々として全滅覚悟の特攻だってやってのける。


 そんな彼らにだからこそ、各陣営の色の違いというのが大きく出てくれるはずだ。


 トッドは山の民達と少なくない時間を過ごすうちに、そう考えるようになっていた。


 そしてその気質は、何もトティラの側についているからといって急に変わるようなものでもない。


 故にその刃を交えぬ攻撃は、敵の下にも届きうるのだ。


「僕としては更にその先、向こう側の陣営にまで声を届けてしまいたい。そうすればトティラがこちらに向ける戦力を削れる」

「ふむ……色事や食事等を厳しく制限された国民が、もし縛られずに自由の保証がなされている隣国を見ればどうなるか。中にはこちら側に寝返ろうとする者もいるでしょうな。王に反旗を翻そうとする者も現れるやもしれません」

「あらぁ、殿下も人が悪いですねぇ~。なにが山の民の流儀なんだか。やってることは内乱の誘発と人民の離心とか、テロリストも真っ青ですよ。最初からこれを狙ってたってわけですねぇ」

「……別に狙ってやったわけじゃないよ? いや本当に」


 こうなるのを全部見越してやっているかのように言われたが、トッド本人としては本当にそんなつもりはない。


 ただ前世の記憶から基本的には今ある文化を尊重しようという考えを持っていたから、山の民達に無理をさせなかっただけなのだ。


 歴史を見ていけば、消えてしまう文化もいなくなってしまう民族もたくさんいる。


 恐らく今後隆盛を誇ることはないであろう山の民の文化を、しっかりと知っておこうと考えたのがこの幸運を引き寄せたのだ。


 だがどうやら、ハルトやライ達は全部自分が手のひらの上でやっていたことか何かだと勘違いしているらしい。


 まったくとんでもない誤解だ。

 自分はトティラが果たして本当に居るかどうかもわからぬまま割と臨機応変に立ち回っているだけだというのに。


「……何かが来ます」


 にこやかだったライエンバッハの顔が真剣なものに変わり、彼は脇に抱えていた兜を装着し直した。


 いったい何が……と思っていると、彼が気付いたのに少し遅れてトッドも地面の振動を感知する。


 彼もシラヌイに魔力を流し、急ぎ話し合いの場であった家屋から飛び出した。


 外にいた山の民達も、何かを感じ取り各々が手に武器を構えている。

 中でも頭一つ高さのある、見張り台代わりの家にいる男が何かを叫んでいた。


「敵襲だ! 敵襲だ!」

「敵の数は!?」

「たくさんです!」


 見張り番の声に、思わず舌打ちをしたくなった。


 自分たちはまだ連山の二つ目にさしかかるところにいるんだ。


 だがトティラ達も未だ五つ目のナルプ山を越えたばかりのはず。


 トティラお得意の奇襲かとも考えたが、それにしてはあまりにも情報が早すぎる気がする。


 ただ山一つを制圧した程度の軍勢を、果たして彼がそれだけの脅威としてみなすだろうか。


 だとしたら誰が……と考えて、もしかしてと一つの考えが浮かぶ。

 まさかとは思うが……とトッドは聞いてみることにした。


「もしかして先頭集団に、僕らみたいな黒い服を着た人達はいる?」

「居ます、数は四人ですが……もしかして、味方ですか?」

「そうか、すっかり頭から抜け落ちていたよ。彼らは味方、トッドの氏族だから決して手を出さぬように」


 それだけ伝えると、見張り番が屋根上から下りて今のトッドの言葉を復唱して伝えていく。


 興奮していた彼らが落ち着いていくのは早かった。

 中には戦えないことを悔しがっているような人がいるのが、なんとも山の民らしい。


「………さーん!」

「殿下、何か聞こえませんか?」


 ドドドドド、という魔物の群れが大行進をしている時のような地響きに似た音と、誰かの声が聞こえる。


 トッドもライもその声の主が誰かはわからなかったが、あはっと楽しそうに笑うハルトを見て察した。


「本当に人騒がせだな子だなぁ」


 他の人が聞けばお前が言うなと怒られそうなことを、内心で思いながらハルトを見て首を上げて方角を指し示す。


「行ってあげなよ、折角だから」

「あはは……はい、行ってきます」


 それだけ言うと、ハルトは飛び跳ねるように、というか強化兵装を使って本当に地面をホッピングしながら集落の出口へと向かっていった。

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