第19話
「うんうん、流石僕が開発したシラヌイだ! 損傷もなく綺麗なまま。んー、すべすべだぁ!」
ホウの集落を落としたので事前に決めていた通りに狼煙を上げようとしたトッドは、ハルト達が自分達が最初に隠れていた岩陰にやってきていることに気付いた。
ハルトが命よりも自分が開発した武器のことの方が大切な研究バカであるとはわかっていたが、どうやらそれでもまだ見積もりが甘かったらしい。
言いたいことはいくつもあったが、そんなことをしても暖簾に腕押しなのはわかっている。
ため息を吐きながら、どうして止めなかったという批難の視線を隣にいる人間へ向けた。
そこにいるのは、いつものように助手であるレンゲではない。
「トッド様、凄かったです! 俺もいずれは、トッド様のような強い男になってみせます」
視線などものともせず、ガールーはキラキラとした目でトッドのことを見つめていた。
その身には、事前の言いつけ通り強化兵装を身に纏っている。
魔力を使用して起動する際に点く胸部のスイッチは、既に光を放っていた。
どうやら彼も、随分と都合のいい耳を持っているらしい。
二人に何を言っても無駄だとわかったので、とりあえずガールーと新たに仲間になったホウ、そしてシラヌイにべったりなハルトを引き連れて無事な小屋へと入る。
無論後ろには、ライエンバッハを引き連れたままでだ。
不思議なことに、ホウが生きたままにもかかわらず山の民達の反応はすこぶる良好だった。
それだけ、彼への信頼が篤いということなのかもしれない。
「ホウはトティラという族長を知っているか?」
「無論だ。山の民で彼を知らぬ者などいない」
ホウの言葉遣いは、族長として敬意を表する他の者達とは違っていた。
ライエンバッハは無言で剣に手を添えようとしたが、トッドはすぐにそれを正す。
口から出る言葉よりも、腹の中の気持ちの方がよっぽど大事だからだ。
一度認めると言った以上、ホウがそれを違えることはない。
それがわかっているのなら、他の問題など些細なことだ。
「ここはまだ連峰の西端だが、トティラの力はどのあたりまで及んでるかわかるかい?」
「東端……正確に言うと第七連山のアッティカ山から、大体第五連山のナルプのあたりまではあいつの勢力下だ。どうやらナルプの岩肌とそこに居を構える氏族達に時間を取られているらしいな」
ホウの説明は以前ハマームに聞いたものやガールーから得たものよりも詳細で、理路整然としていた。
どうやらトッド達がトティラと戦おうとしているのを理解しているらしく、そのために必要な知識を選別して教えてくれるのだ。
エルネシア連峰は、七つの山で構成されている連山である。
西側からニング・マーブ・ソウト・シーラ・ナルプ・ガル・アッティカの順に並んでおり、東へ行くごとに温度が下がっていく。
そこから更に東へ向かうとサウスアーバン氷河へ辿り着き、更に東へ向かうと山の民達が追い出された六王国連合という国へ辿り着く。
国力としてはリィンスガヤ・リィンフェルトに劣る小国である。
騎馬民族の血を色濃く継いでおり、その政治体制は国を作る際に尽力した六つの氏族を六家とし、彼らによる合議制が敷かれている。
どうやらトティラに連合とことを構える気はないようで、あくまでもエルネシア連峰全域を手中に収めようとするに留めているようだ。
「氷河を渡り馬が使えなくなれば、山の民はただの軽装の弓兵と変わりません。最大の武器である機動力を奪われては、六王国連合といえど勝ち目はない。地続きになっている王国へ攻めた方が勝ちの目がある。山の民は戦い大好きな戦闘民族だ。兵士がたくさんいて、戦争をふっかけられる国が近くにあったら、そりゃ次に何をするかはわかるよねぇ」
「殿下の危惧は正確でしょう。トティラが仮に連邦全域を手中に収めたとすれば、圧倒的な物量の騎兵が王国へ襲いかかることになる」
ライエンバッハとしては冷や汗をかく展開だ。
山の民が統一されかけているなどといっても、王都の連中は誰一人として信じようとはしないだろう。
彼としても現場を知らなければ、そうやって笑っている人間の一人だったに違いない。
無論、連合や山の民のことを知らなかったわけではない。
しかし王国では山の民を蛮族とし、小規模で緩やかな連帯を持つ部族としか思っていない。
ある程度の頻度で行われる略奪も、その規模としては村が数個潰える程度だ。
別段痛手にはなっていないないため、目の上のたんこぶではあっても放置せざるを得ないという状態だった。
彼らへ兵を向けている間に、リィンフェルトから攻め入られれば劣勢は免れないからだ。
山の民が一つの集団となるなど、国王や将軍ランパードのような国の重鎮達ですら考えてはいなかっただろう。
(そう――ただ一人、殿下を除いては)
ライエンバッハが見据える先で、トッドはホウ達と第二山へと向かうか、周辺の氏族を吸収していくかを話し合っている。
ガールーは今すぐにでもトティラの下へ向かうため第二山のマーブ山へ向かいたがっており、逆にホウは今すぐに使者を出し緩やかな連帯を敷くべきだと説明をしていた。
「ニング山では比較的大規模なホウの氏族が、新たにトッドの氏族として生まれ変わったのだ。俺と交友のある族長達の中にも、トティラの脅威に怯えるものは多い。我らが彼らの光になれば、戦わずしていくかの氏族を併合することも可能だろう」
「本当に? ならそっちで行こうか。でもあんまり時間はかけられないよ」
「任せろ、うちの奴に一人駿馬を扱うことにかけては右に出る者がいないヨイという男がいる。あいつなら二日もあれば、周囲一帯へ布告を出すこともできるだろう」
ライエンバッハは王を守る親衛隊の団長でありながら、今は国を離れ任務に従事している。
その理由は、彼が王からトッドのお目付役を命じられているからだ。
もし何かあれば連れ帰ってこいという命令を、彼は何があっても遂行する気でいた。
トッドは既に貴族達からの評価も芳しくなく、王位継承レースのレールから外れている。
だがライエンバッハは、世間からの評価と実際の人物が乖離していることを知る、数少ない人物の一人だ。
強化兵装に魔道甲冑、そして他国から技術者を招いて完成させた強化重装シラヌイ。
これらの兵器は、恐らくは戦場の在り方を変えてしまうものだ。
トッドとは違い、ライエンバッハにこれから先の未来は見えてはいない。
だが彼にも時代のうねりが、変革の時が今にも近付いているという漠然とした認識があった。
新兵が騎士団長に勝てるような兵装が何をもたらすのか。
それはわからないが、恐ろしい時代がやってくるのは疑いようのないことだ。
現にライエンバッハは、未だ十二歳の子供でしかないトッドと戦い、既に五分まで持ち込まれている。
『騎馬を超える機動力を持つ兵器を開発すれば、騎馬は廃れていく。だから山の民を食い合わせ、彼らの地力を削り、時間を稼ぐ。そうすればその間に、王国は山の民を歯牙にもかけぬほどに成長できるから』
トッドが以前言った言葉を、ライエンバッハは今でも覚えていた。
最初山の民の下へ行くと言った時は、ただ蛮族相手に自分が作った兵器を試したい子供心だとばかり思っていた。
だが我らが向かった先では、山の民にトティラなる新たな王が誕生しかけていた。
ただ彼らが全氏族を完全に掌握しきっていないところへ我らがやってきたことで、対抗勢力として伍することができている。
(これら全てが殿下の手のひらの上のことだった……というのはさすがに考えすぎだろうが)
しかしこれだけの現状を生み出すことができているのは、間違いなくトッドの力。
蔑まれようと馬鹿にされようと身体と心を鍛えてきた、その成果であるはずだ。
「トティラの全軍が何人程度なのかはわかる?」
「騎兵が三千、有事の際は老幼徴用して五千といったところだ」
「……思ってたよりは少ないけど、でも厳しいな。多少無理をしてでも、大きめの氏族を落としていきたいね」
「ここらで一番デカいのはナラの氏族だな。規模は五百前後で、俺らの所の倍以上ある」
「僕とライを鏃の尖端に見立てて、騎兵突撃しようか。なるべく被害は少なく、族長だけ倒せればいいから」
王族という自由の制限された身の上にもかかわらず、次々と革新的な発明をする発想力。
誰からも理解されずとも己の道を進むその胆力。
そして有用とあらば、アキツシマの人間だろうと山の民だろうと自陣へ引き込むその度量の大きさ。
(トッド殿下は、王の器を持たれている。だがそれと同時に、王になるには致命的な欠陥を抱えていらっしゃる)
トッドという人間は、自分が正しいと思ったことを周囲の賛同を得ずに行ってしまう。
そして己が正しいと自分の中の理論で完結してしまっているため、彼の持つビジョンを他者が共有することをしようとしないのだ。
彼についていける人間は、鬼才のハルトや、何があろうとあとを付いていくライエンバッハのような特殊な人柄や事情の人間に限られてしまう。
トッドは皆に一つの夢を見せなければならない王に、あまりにも向いていない。
しかも本人が即位に興味がないどころか、忌避すらしている有様だ。
エドワードを王にしようとしているのは知っていたが……昔からトッドを見てきたライエンバッハからすると悩ましいところであった。
トッドは自由だからこそ、何者にも縛られぬ柔軟な発明や発想を生み出せる。
彼の欠陥は、そのまま彼の魅力でもあるのだ。
恐らく自分は、その引力に惹かれてしまった人間の一人なのだろう。
そう述懐してしまうほど、ライエンバッハはトッドのことを、憎からず思っていた。
「ねぇ、ライ」
「……なんでしょうか、殿下?」
昔のことを思い起こしていたせいだろうか、悩みながら考えていたライエンバッハの目がぼやける。
自分を呼ぶトッドの姿に、まだ子供だった頃の彼の面影が重なった。
トッドがまだただの子供で、強化兵装などが開発されるよりもずっと昔。
ライエンバッハはトッドに言われるがまま、彼のことを叩きのめしていた。
国王陛下には何度も叱られたし、王妃には罷免させられかけたこともある。
当時は冷や汗を掻きながら真っ青になっていたが、それも今となっては良い思い出だ。
『僕はいつか、ライより強くなれるかな?』
『なれますよ、きっと。殿下は誰よりも強くなれます』
当時の言葉は、あまり深く考えて出たものではなかった。
弱っちい王太子に使った、おべっかと言ってもいいだろう。
だが、あれから随分と年月が経った。
貧弱で聡明だった殿下は、足りない物を補う術を学んだ。
対し己の限界は見えており、団長の座から退くのもそう遠い話ではない。
若き力は自分を追い越し、更に大空へと羽ばたこうとしている。
ライエンバッハにとってトッドとは、ただの王族ではない。
お守りしなくてはならない殿下であり、自分が最も多く手合わせをしてきた弟子であり、王国の明るい未来そのものでもあった。
そして……密かに実の子供のように思っている存在でもあったのだ。
言えば不敬になるので、その内心は決して表に出されることはない。
しかし彼にとってトッドは、家を継ぐために連れてきた出来の良い養子よりも、はるかに愛おしい存在だった。
「また一番危ないところに出るけど、ついてきてくれる?」
出来の悪い子ほどかわいらしいとは良く言うものだ。
バカと天才は紙一重。
王子にもかかわらず自重しない彼は、果たしていったいどちらなのか。
少し考えてから、別にどちらでも構わないかと思い直す。
我が忠誠は玉座に。
そして我が忠義は、国王陛下に。
しかし、この僅かながらの気持ちは……トッド殿下、あなた様のために。
「お供致します、殿下」
ライエンバッハの変わらぬ態度を見て、トッドが笑う。
それを見て彼は不覚にも、泣きそうになってしまった。
立派になられて……そんな気持ちを押し殺して、彼は胸に手を当てて最敬礼の姿勢をとる。
二人の関係は親兄弟を除けば、他の誰よりも深い絆で結ばれていた。
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