第18話
ランドル達と別れてから半日ほど経過し、そろそろ日も傾くかというところでようやく目的の場所へと辿り着くことができた。
エルネシア連峰の西端にある山である、ニング山だ。
傾斜自体は緩やかで、三つ目の山であるソウト山のような峻険なものではない。
馬上戦闘ができるだけの広さもあり、馬の食べられる草も生い茂っている。
「あれがホウの氏族か……」
ランドルに色々と妙な認識をされていると知らぬトッドは、尾根から上に見えている氏族の集落へと目を向ける。
元ギルの氏族の者達同様、使っているのは布を使った天幕がほとんどだ。
居住性にはそれほど大きな違いはなさそうである。
数は百は超えている。
規模としてはそこそこといったところだろうか。
「気は弛んでおりますな。鎧袖一触に蹴散らせるでしょう」
「正攻法じゃ難しいからね、あとで謝らなくっちゃ」
トッドとライエンバッハは岩陰に隠れ、集落の様子を観察している。
この場にいるのは二人だけで、ハルト達には少し離れた場所で待機してもらっていた。
今頃ガールーは、ハルトの警護をしながら強化兵装へ身を包んでいるはずだ
今回は初めて遭遇したギルの時とは違い、数に圧倒的なほどの差がある。
まともにやりあえば、トッド達にもしものことがないとは限らない。
なので少々卑怯ではあるが、奇襲でことをすませてしまうつもりだ。
申し訳ない気持ちもあったが、ガールーの話ではトティラも夜襲朝駆け程度は平気でするらしいし、こちらも手段を選んではいられないのだ。
「やっぱり上の方に陣取ってるんだね」
「戦いというのは、基本は高台を取った方が有利ですからな」
基本騎兵同士の騎馬戦が多い山の民にとって最も重要なのはその機動力である。
相手の速度を殺し自分たちの速度を上げるため、傾斜があるところに居を構えるのは道理に合っているだろう。
それに弓の当てやすさも、場所の高低に大きく影響を受ける。
他の氏族が来たときに確認することもできるし、本来なら高地の側が有利に進むのだろう。
相手がトッド達のように、二人で敵地に直接乗り込むようなバカでない限りは。
「準備はいい?」
「いつでも」
「じゃあ行こっか」
ピクニックにでも出掛けるように、トッド達は岩陰から飛び出した。
そして足を曲げ力を溜め、大きく跳躍する。
ドスンと大きな音を立てながら、二人は集落の入り口付近へと着地することに成功した。
「て……敵襲! 敵襲ーっ!」
トッドはクサナギを抜き、驚きながらも山刀に手をかけた戦士を袈裟斬りにした。
身体は強引に二つに断ち切られ、上下に歪に分かれて地面へと落ちる。
その姿に山の民達は驚き、慌てふためいている。
「やっぱり人相手だと過剰だな……こっちの方がいいか」
両手で構えていたクサナギへ魔力を通すと、トッドの背丈ほどもある大剣が真ん中から二つに割れる。
可変分離式大剣、それがこのクサナギの正式名称だ。
原理としては簡単で、クサナギは元々二本からなっている剣というだけだ。
強化魔法でくっつけて大剣として扱っていたそれを、分離させて本来の姿に戻したに過ぎない。
クサナギには正中を通る一本の円柱があり、そこにハルトが製作した魔力回路が刻まれている。
その部分を支柱として、嵌め込み一本の剣へ合わせられるよう刀身が作られているのだ。
元々クサナギは、対機動鎧戦を見越して作っていた武装の一つである。
武器としては大きすぎ、人相手に振るうにはあまりにも過剰が過ぎ、加減が難しい。
今の一撃も本当なら死なない程度のつもりだったのだが、結果は胴体と脚部が泣き別れに終わってしまっている。
クサナギは二振りの剣、『ムラクモ』と『オニワカ』へ別れてシラヌイの両の手に握られた。
少し離れたところから飛んでくる矢を、ムラクモを振るって打ち落とす。
今では見てから反応することも十分にできる。
高すぎるシラヌイのスペックに、身体が慣れ始めているのだ。
「矢を……打たれてから防いだぞ」
「臆するな! 所詮は鎧、継ぎ目を狙えば問題は――」
「一応それでも、大丈夫だったりっ!」
近付いては斬り近付いては斬り、なるべく殺さないように気を付けながら相手の腕や足を狙って攻撃を加えていく。
指揮官らしき男は果敢に攻め立て、シラヌイの補強されていない部分へ山刀を差し込んだが、そこにあるのはレッドオーガの筋肉だ。
当たり前だが攻撃は届かず、お返しにトッドは彼の頭を拳で軽く殴った。
頭が軽く陥没し、ドッと鈍い音が鳴る。
白目を剥いて倒れた彼を見て、兵達の戦意は明らかになくなりかけていた。
「族長はどこにいる? 教えてくれれば命は助けよう」
「ひっ! あっち、あの一番大きな藁葺き屋根の家だ!」
素直に教えてくれたことに礼を言い、追いかけなければ殺しはしないとだけ伝えて先を急ぐ。
一直線に進もうとすると、その道を防ぐように山の民達がぽつぽつと現れる。
あるものは物陰に隠れ、またある物は武器を握って正面に位置している。
彼ら全員を相手にしては、族長に逃げられてしまうかもしれない。
「僕は上から行くから、殺さないように手加減してあげてね」
「殿下とは違いますからね、上手くやりますよ」
「言うね、それじゃあ任せたよ」
軽口が叩けるような関係になったことに頬を綻ばせつつ、トッドは大きく飛んだ。
前方に空を駆けるように飛んでいき、皆の度肝を抜くような速度で前へと進む。
「打てっ、打てぇっ!!」
放たれる矢はシラヌイの大きく後ろへ飛んでいき、命中するものは一つとしてなかった。
弾丸のように発射されたその身体は勢いそのまま天幕の一つへと飛び乗る。
一番頑丈そうだった骨組みのしっかりした天幕を選んだつもりだったが、シラヌイが乗った瞬間に大きくたわみ、中の支柱が軋みを上げた。
天頂部に右足をつけて、再度跳躍。
片足の力だけでは先ほどのような大ジャンプはできなかったが、それでも目的の小屋まで一息の距離に詰められた。
「近接戦闘で……」
「それは無謀だよ」
三人の男が近付いてくる。
皆が頭に、赤い鳥の羽の着いた帽子を被っていた。
ホウの氏族の中では有名な戦士なのか、後ろに置いてけぼりにされた山の民達がにわかに活気出す。
「我の名はバルゥ! 名を名乗れ悪鬼!」
「……トッドだ。今日から族長の座は、僕がもらう」
「ほざけ! 一斉に行くぞっ!」
バルゥが前から、残る二人は左右に別れて走り出した。
三人で半包囲をしようとする動きだ。
再度二剣をクサナギにまとめて薙ぎ払うには時間が足りない。
まずは一番最初に接近してきたバルゥの剣をムラマサで受ける……振りをしてそのまま振り抜く。
「なっ……なんだとっ!?」
シラヌイの馬鹿げた力は、本来なら押し切るはずのバルゥの剣を押し返し、そのまま身体に傷をつけた。
剣がぶつかり合う衝撃で、彼の身体が大きく後ろへ吹っ飛んでいく。
これであと二人。
二人は息を合わせて、同時に剣を放ってきた。
高さの揃った、息の合った攻撃だ。
人間には不可能な強引な制動で、身体を引き戻す。
そしてその攻撃を左右の二剣で受けきった。
どちらの攻撃も自重の乗った良い一撃だったが、それではシラヌイの力には敵わない。
二人とも攻撃を跳ね返されたことでのけぞり、隙が出来た。
一瞬のうちに右の男は腹を、左の男は脛を傷つける。
呻く二人を放置して、更に前に進む。
後ろからの声は、どこか小さくなっていた。
恐らくは、ライエンバッハがしっかり役目を果たしてくれているのだろう。
小屋までダッシュで駆けるが、もう矢は飛んでこなかった。
シラヌイの身体が風を切る音だけを聞きながら、目的の場所へ到着。
このまま攻撃をしようかとも思ったが、どうせなら派手にいこうと思い、一気に魔力を流す。
そして剣を地面に差し、飛び上がった。
宙に浮きながら、両手を重ね合わせて拳を合わせる。
小屋の屋根へ飛び乗ると、大きく振りかぶった一撃を小屋へ叩きつける。
ドォォン!
シラヌイの打撃は屋根を一瞬で陥没させた。
衝撃が内部へとへ伝わっていき、小屋がメキメキと音を立てて沈んでいく。
屋根から下りて剣を構え直すと、中から叫び声を上げながら何人かの女性達が出てきた。
族長以外にも人はいることを完全に失念していた、トッドはシラヌイの中で嫌な汗を掻いた。
(藁葺きだから大丈夫だと思うけど……そんなことも忘れるくらい、頭に血が上っているのか)
女性達と一緒に一人の男が出てくると、耐えきれなくなった小屋が完全に崩壊した。
恐らく族長と思われる男は、怒り心頭と言った様子でトッドのことを睨んでいる。
「族長、恭順を誓うなら命までは奪わない」
「――俺の首一つで手を打て。こいつらを死なすな」
「……残念だが、断る」
「何だと……貴様っ、そこまでの力があるにもかかわらず!」
氏俗ごと皆殺しにされると思ったからか、自分一人では分が悪いことを承知の上で、族長は目を血走らせながら走ってきた。
もちろんだが、トッドに族滅をするつもりはない。
自分の首一つで、他の山の民を安堵しろ。
そんな言葉を、もし自分が彼の立場だったなら出すことができるだろうか。
トッドは笑いながら族長であるホウへ肉薄し、その首に剣を――。
「……どういうつもりだ?」
ピタリと当てた。
薄皮一枚を裂き、ムラクモの刀身が薄く赤みがかる。
力加減は、我ながら良くできていると自画自賛するほどに絶妙だった。
「僕らは草の民……つまりはここの外から来たんでね、君たちとは流儀が違うんだ。だから僕らの流儀に従ってもらうよ」
「ほう、俺達を……どうすると?」
剣呑な顔をしているホウを見て、恐らく碌でもないことをされると勘違いしてるんだろうなぁとのんきに考える。
本当なら殺してしまった方が早いのだが、トッドはホウのことがかなり気に入っていた。
だから適当に理屈をこねて、山の民の流儀から外れても彼を生かそうと思ってしまったのだ。
「僕の故郷では、取った駒は己の仲間として使う。だから僕はホウ、君のことも仲間として使うよ。族長は僕になるけど、それ以外は何一つ変わらない……いや違うな、前よりもずっと豊かな生活になることを約束する」
「――その言葉に、二言はないな?」
「ああ、君たちの祖霊と僕の弟妹達に誓おう」
「……そうか」
トッドは首筋から剣を放し、勢いよく振って血を飛ばした。
そして二つの剣を重ね合わせ、魔力を流し込んで元のクサナギへと戻し腰へ差す。
いきなり武装をしまった様子を見て、怪訝そうな顔をするホウ。
トッドはそんな彼へ笑いかけながら、
「ほら、早く皆をいさめてよ。君は僕の仲間になったんだ、できるでしょ?」
「――はっ、人使いが荒いことで! おいお前ら、剣を置け! 弓をしまえ!」
いきなり面倒を背負わされたホウは、不服そうな顔をしながらも元ホウの氏族達の下へと向かっていった。
ホウには酷なことをしたかもしれない。
だが何事も命あっての物種だ。
とりあえずトティラをなんとかできればもっと自由裁量とか増やすから、と内心で謝りながら、トッドは、皆が殺されぬよう気を配るホウの大きな背中を見つめる。
すると戦闘が収束したのか、ライエンバッハがスッとこちらへ近寄ってきた。
口元が見えぬよう山の民達から背を向けながら小声で、
「よいのですか? 上を潰して全てを手に入れるのが山の民流では?」
「だったら上ごとひっくるめて取るのが王国流さ」
「今後の火種になるやもしれません」
「大丈夫、トティラさえいなくなれば山の民は数年は安定するから。その間に機動鎧が開発されれば、即時潰せるようになるよ」
ライエンバッハとの会話は、時折問答のようになることがある。
トッドはそれを、彼なりの教育のやり方なのだと考えていた。
「そうですか、ではご随意に」
その証拠に彼は、持論を述べるでもなくトッドが答えを出すとそれ以上は何も言わなくなる。
この戦乱の世だと悪癖にもなりうるのかもしれないが、有能な人間はなるべく殺してしまうより活かそうと考えるのがトッドの性分だ。
反乱の可能性などを考えても、メリットが多いのならと仲間に引き入れたくなってしまうのだ。
だが今はそれでいいとも思う。
トティラの軍勢相手に、頼もしい仲間は一人でも多い方がいいからだ。
こうしてトッドは、ライエンバッハと二人だけでホウの氏族を落とすことに成功した。
そしてトッドが族長となってもホウは生き残り、トッド直属の精兵として生きていくこととなった――。
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