第17話


 トッドやライエンバッハの言葉を参考にするのなら、彼はもう四年近い月日を各種兵器開発に注ぎ込んでいる。


 自分の王位継承が怪しくなるだけの熱量で、周囲の反応など気にするような様子も見せずにである。


 ――それは尋常なことではない。


 普通に考えて、まだ成人もしていない少年が、誰からも認められぬ努力をそれほど長い間、続けられるはずがないのだ。


 殿下は他国からハルトやレンゲといった技術者を引き入れた。

 なんでも彼らは、強化兵装の先鞭をつけた者達という話だ。


(とすれば殿下はたった一度、親善目的で行っただけのアキツシマで、最も重要な技術者を引き抜いてきたことになる)


 トッドにはいったい、何が見えている。

 彼はどこまで未来を見据えているのか。


 その疑問は、対面を重ね彼の聡明さや清濁併せ持つ考え方に触れるにつれ、日増しに強くなっていく。


 彼がそこまでして焦る理由が、どこかにあるというのだろうか。


「きっと……殿下にも何かお考えがあるのだ。私たち下々の人間にはわからないような何かがな」

「そうそう、俺らはただ偉い人達の剣になりゃあいいってわけ。難しいことは上が考えてくれるさ」

「でもよぉ、こんな凄い実物を持ってるわけだし、こいつをリィンフェルトにでも流せばとんでもない――」

「――それ以上はやめておけ」


 強化兵装のおかげで強くなり気が大きくなったのか、とんでもないことを口走ろうとするスートを黙らせる。


 彼自身マズいことを言った自覚はあるのか、顔色はすぐに真っ青になっていた。


 たしかに今の発言は、いくら酒の席とはいえ許されるものではないだろう。


 だが今スートを罰せば、今後の作戦に支障を来す。

 そこまで考えた上で、ランドルは口を開いた。


「冷静に考えてみろ、勝ち馬に乗らないバカがどこにいる? 今リィンフェルトへ強化兵装を売り渡し、孫の代まで使い切れない大金を手に入れたとしよう。――果たして孫の代まで、その国が存在していると思うか?」

「それは――たしかにそうだ。何も殿下の発明は、強化兵装だけじゃない」

「ああ、それにこれは基本シラヌイに乗られているから忘れがちだが――殿下はまだ、十二歳だぞ」

「――っ!?」

「大人と話していると錯覚しそうになるが、殿下はまだ変声期も来ていないんだよな……」


 トッドはまだ十二歳、王族とは言え行動の制限も大きく外出の自由等も少ない。


 そんな現状ですら、彼はこれだけの物を生み出してきた。


 今でさえランドルに予想もつかぬほど広い世界を見ている彼が、今後年を重ねた時にどんな物を生み出すのか。


 ランドルにはまったく想像がつかなかった。


 だからこそ彼と敵対することだけは避けなければと思う。


 強化兵装を他国へ持っていけば、大金持ちになれる。

 そんな安易な考え方をすれば、必ずその代償は命の代価を持って支払われることになるだろう。


「従えばその分美味しい思いができる。団長にも言われてるだろう? 俺達はこの任務が終われば昇進を約束されてるんだぜ」

「それだけではない。これは推測だが、殿下が我々に山の民を任せたのも意図がある。これはハマームから聞いたのだが、殿下は私たちのところへ女を連れて行くよう命じられたそうだ」


 トッドはただ、厳しく律するだけの王族ではない。

 成果には、報酬を以て答えてくれる。

 昇進や女という果実を、既に三人は与えられていた。


 彼は未だ齢十二にもかかわらず、人間というものを知っているのだ。


 鞭だけではなく飴を用意しており、既に自分たちはそれに手をつけている。


 既に引き返しがつかないところにまで、足を踏み入れさせられているのだ。


 恐ろしいとも思うが、そのような人物が自分たちの上に立っているというだけで、これほど頼もしさを感じてしまうとは不思議な物だ。


「従えば女と兵権を、そういうことだろう。今後も自分についてくれば甘い蜜を吸わせてやると、殿下は言葉にせずともそう言っている」

「怖いねぇ、本当に十二歳のやることかよ」

「ああ、一瞬の気の迷いとはいえ、俺はなんてことを……」


 青ざめながら震え始めたスートを見て、これで大丈夫だろうとランドルはそれ以上彼を追い詰めるのをやめてやることにした。


 ポカを一つやったとはいえ、それはあくまでも自分たち以外の目のない場所でのこと。


 それにスートは数少ない仲間の一人であり、任務で培われた絆は決して偽物ではない。


 ランドルはちらとミキトと視線を交わし、頷いた。

 話すべきことは済ませた、なら後はバカみたいにはしゃぐだけでいい。

 羽目の外し方は、山の民が教えてくれたのだから。


「ミキト、お前は手出したか?」

「もちろん! 親娘は背徳的過ぎて、燃えたぜ」

「スート、お前は?」

「えっ? ……俺、未亡人に弱くてさ」

「ちなみにエイラはとても素敵な女性だった。任務が終わって許可が出たら、王国に連れてくつもりなんだ……」


 酒をたらふく飲みながら、下世話な話をして空気を和ませる。


 ランドルが酔った勢いで言った一言に、二人がひゅうと黄色い声を上げる。


 彼らの酒宴は、酒が尽き三人が意識を失うまで続いた。




 次の日、冷静になったレンゲから兵権を譲り受け、改めてランドルが族長代理として作戦を遂行することになった。


 彼は堅実な指揮の下、周囲の氏族達を併合していく。


 自分たちだけで無理をせず、部下となった山の民達をしっかりと扱う彼の戦は、華はなくとも負けることなく進んでいく。


 無論犠牲も出たが、許容の範囲内で抑えることができた。


 ランドルの指示を受けるミキト・スートも山の民を従えているため、彼らは人を使うことを覚えていくようになる。


 トッドの氏族は着々と兵数を増やしていき、周囲への影響力を強めていくのであった――。

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