第16話


 このままでは自分が自分ではなくなってしまうかもしれないという恐ろしい感覚を抱いたため、ランドルは謝罪しながら宴を中座した。


 そして天幕を出て、自分と同じく女性を脇へ侍らせていたミキトとスートを呼びへ行ったのだ。


 彼らも自分と同様に中座させ、今は誰も使っていない天幕へと三人でやって来ている。


 二人とも自分がだらしない顔をしているのを見られて、どうにも恥ずかしげな様子だった。


「んんっ! ……たしかに一度、ゆっくり話をしたいと思っていた。既に俺達の下につく者達がいる身、こうして誰の邪魔もなく話すのは難しいしな」


 ミキトが恥ずかしさを打ち消すためか大きく喉を鳴らす。

 今回任務に選抜された三人は、親衛隊員としては同期にあたる。


 そのため、自分たちよりも目上の人間がいない限りは、話し方もわりとフランクだ。


 三人は道中、強化兵装の訓練と称しライエンバッハにキツく扱かれていた……それはもう、ボッコボコに。


 そのため同じ訓練を超えた仲間ということで、以前より数段高い団結力を得ていたのである。


「そうだなぁ。ようやっとというか、団長の目を気にしなくてよくなったし」


 三人が集まったのは、今朝までトッドが使っていた天幕だった。


 誰もいないので気を抜いているのか、スートがぐでーっと地面に横になる。

 たしかに、と二人が頷いた。

 彼らにとってライエンバッハは、決して怒らせてはいけない鬼団長であり、彼の目があると考えるだけで下手なことができなかったのだ。


 旅の途中も気が気ではなかった。

 いつ何時、どんなことをしてライエンバッハのお叱りを食らうかわからない。


 一度彼の機嫌を損ねれば、待っているのは気絶しても終わらせてもらえぬ地獄のシゴキだ。

 そのため三人の顔には、ようやっと解放されたという安堵が満ちていた。


「とりあえず、元ガの氏族の主立った面子とは俺が話をしておいた。元ギルの集落で俺が引き受けたのは女子供が多かったから、今回は戦士を中心に面倒を見ようと思う」

「ああ、いいぜ。そのあたりの配分はランドルが一番上手いからな。俺はお前に従うよ」

「ミキトに同じ。でも今後のこと考えると、俺らで均等に分配するより氏族ごとにわけた方がいいかもな」

「たしかにそうだな。じゃあ明日もう一つ氏族を攻略できた段階で、氏族ごとに三つに割るか。その方が連帯行動は取りやすいだろうから」


 親衛隊員としては同期だが、騎士として生きてきた年月で言うとランドルが最も長い。


 リィンスガヤ王国では、貴族には戦場を駆ける義務が存在している。


 そのため成人した段階で第一騎士団へと編入され、従士から始め三年で騎士としてやっていけるような教育を受けさせられるのだ。


 ミキトとスートは元平民であり、親衛隊員の最低資格である爵位こそあるものの、どちらも世襲のできない騎士爵だ。


 そのため二人とランドルの間には人の使い方を始めとして色々と熟練度の違いがあり、ランドルが二人の面倒を見ることも多い。


 とりあえず今回の配分だけパパッと決めて、ランドルもスート同様に地面に坐した。


 ちなみに、レンゲには私兵は配分されていない。

 彼女が今回連れてこられたのは、あくまでも研究員としてだったからだ。


「そういえば、レンゲさんはどうして今日あんなに焦っていたんだろうか」

「え、スートそれマジで言ってる? 見りゃわかるだろ」


 どうやら二人とも、わかっているらしい。

 彼らがランドルを見る目は、この朴念仁めがとでも言いたげだ。


 だがランドルは根っからの貴族で、ミキト達は元平民。


 レンゲの出自的に考えても、彼らの方が思考回路が理解できるということなのだろう。


「ラヴだよラヴ、こっちが落ち着いたら向こう行っていい許可が出たんだから、死ぬ気で頑張ろうとしてるんでしょ」

「一見するとハルトさんの方が尻に敷かれてるみたいだけど、実際はレンゲさんの方が彼に依存してるんだろうな」

「なるほど、そういうものなのか……」


 だとすればあれは特に何か意図があったわけではなく、ただ本当に焦ってやっただけなのだろう。


 だがあんな強引なやり方では、最初の数回はなんとかなってもいつか手痛いしっぺ返しをくらう。

 それも恐らくは、命という対価を引き換えに。


 やはり明朝すぐに、進言すべきだろう。

 そもそも研究畑の彼女に軍を任せること自体がおかしいのだから。


 ……いや、だが一番強いのは彼女だから山の民的には問題はないのか。


 それなら指揮だけ自分がとって、彼女にはここぞというときに出てもらうような形にしようか。


 今後のことを考えると、強化兵装を持つ四人だけでなく、山の民達を使った戦いにも慣れる必要があるのだから。


「酒飲もうぜ、酒」

「お前ガメて来たのかよ、手癖悪いな」

「人聞きの悪いこと言うな、ちゃんと許可取ってもらってきたんだよ」


 ランドルが気付いた時には、二人は既にどこからか取り出していた酒を飲み始めていた。


 貴族としての名誉や外聞を気にしないその様子に、二人の染まりっぷりに少し呆れてしまう。


 彼は手酌で飲もうとする二人をたしなめながら、持っていた三つの木の杯を配り酒を入れさせた。


「んくっ…………いやぁいいねぇ、実にいい。正直、この任務をやるときはリィンフェルトでのテロとか誘拐とか、そういう系のもんだとばかり思ってたが……いい意味で裏切られた」

「飯もたらふく食えて、部下を持ち、女も選り取り見取り。金なんかなくてもいいし、ここってもしかすると、天国か何かかもな」

「バカを言うな、俺達がこれだけ良い思いをできているのは全て殿下あってのこと。それを自分の手柄だと思い上がっていては、足下を掬われるぞ」


 最初、王国外で特殊な任務にあたると言われたときの三人の心中は複雑だった。


 任務の内容は秘匿されており、そこで見知ったことの全ては口外禁止。


 もしバラそうものなら、家族親類まとめて斬首などというとんでもない条件つきの任務が、まともなもののはずがないと思っていたからだ。


 ライエンバッハから聞かされた言葉、この任務は今後の進退において大きな意味を持つ―――つまりは成功と共に昇進が約束されるという確約がなければ、断っていたのは間違いない。


 実際、秘密の宝箱の中身はやはりまともなものではなかった。


 巷で錬金王子などとバカにされている、王国第一王子のトッド=アル=リィンスガヤ殿下が進めている研究を身体を張って試し、ついでに山の民を攻略する。


 いったいそんなことをさせられると、この三人のうちの誰が想像することができただろうか。


 そして更に言うのならこの三人のうちの誰が、これほどまでにたしかな満足が得られるなどと考えていただろうか。


「たしかに殿下さまさまだよな、うん。俺なんかただの平隊員だしよ」

「俺なんか魔法使えないしお前よりひどいさ。殿下の研究がたまたま非魔法使いにも広がるから選んでもらえたんだし。たしかに殿下には足向けて寝られねぇよな」


 どうやら二人は、本来の身分不相応に遇してもらえる現状をありがたがり、ただただトッド殿下に対して感謝しているらしい。


 ランドルとしては色々と考えてしまうことも多いし……考えなくてはいけないとも思っている。

 今自分たちが関わっている任務は、恐らく王国の今後を左右する。

 それをまだ、二人は本当の意味で認識してはいない。


「二人はこの強化兵装を着けてどう思った?」

「うん、まずは……俺でもこんだけすげぇ動き出来るんだなって驚いたな。俺は火魔法は軽く使える程度だが、第二階梯まで行ってる魔法使いでもここまで動けるようになるのは難しい気がする」

「俺は魔法が使えないから、魔法使いになれた気がして嬉しかったな。こんなに動けるなら、騎士団長は無理でも親衛隊二番隊隊長のアルさんとかには勝てると思う」


 スートは元冒険者上がりで、育ちがあまりよくない。

 そのせいか考え方が、少々安直に過ぎる。

 ランドルは呆れを隠そうともせず、


「スート……お前はもう少しよく考えろ。殿下はこれを、非魔法使いにも渡せるように開発されている。恐らくはこいつを、王国軍全体にまで行き渡らせるつもりだろう。皆が一律で強化されるなら、お前の親衛隊内での順位は変わらないぞ」

「……あ、たしかに」

「待て待てランドル、こいつを国軍全体に配備するのは無理じゃないのか? これ一着がとんでもない値段するらしいぜ。買えたりするのかレンゲさんに聞いたんだが、俺らの給料数年分でも足りないって」

「秘密漏洩阻止の契約まで結ばされてる秘匿兵器が買えるわけないだろうが! ――具体的な値段は知らんが、コストカットする方法があるんだろう。そうでなければ殿下や団長の周囲の人間にだけ使わせればいいんだから」


 親衛隊員というものには、直接的な戦闘能力以外に二つの能力が要求される。

 最も必要とされるのは、政治的な判断をするだけの思考力だ。

 王宮の内部というのは、刃を交えぬ戦場でもある。


 少なくとも、非貴族の親衛隊加入は早すぎたのではないか。

 二人の態度を見ていて、ランドルはそう思わずにはいられなかった。


 たしか親衛隊員の募集条件の緩和は、団長がしたのだったか。

 ――ということは、これも殿下の計画の一環なのだろうか。


 考えても答えは出なかったが、正答を得る必要はない。

 親衛隊員に必要なようなもう一つのもの。

 それは自分の分を超えようとしない謙虚さだからだ。


 だがそういったことを自分がわかっていても、ミキト達が理解をしているのかは正直怪しい。

 噛んで含めるように、言い聞かせてやる必要があった。


「こいつがものすごい代物というのは、二人もわかったと思う。隠すだけの理由があるということも」

「ああそれはもちろん。殿下が使うシラヌイや団長が使う魔道甲冑なんてもんもあるし、余所には絶対漏らせないよな」

「でもよぉ、よく考えてみたら不思議だよな。これが凄いもんなんて、ちょっと使ってみりゃわかることなのに。なんで殿下は国王陛下にもっと強く主張しなかったんだ?」

「たしかにな。十二歳なんて、親に構って欲しいさかりじゃんか。しかも殿下は、もう何年も前から悪評を負い続けてきてる。放蕩王子とか錬金王子って呼ばれてたのは、俺らだって知ってるし」


 トッドの悪名は、親衛隊内でも有名な話だった。

 魔物を解剖し、薬品を買いあさり、他国から人を招き寄せてまで錬金術に傾倒する、かつて天才だった第一王子。


 ランドル自身、実際に会ってして彼の成果を目にするまではあまり評価が高くはなかった。


 しかしトッドが生み出したものを見て、実際に使ってみた段階でその評価は一変し、こう思った。


 ―――末恐ろしいと。

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