第15話
トッド達が氏族の下を去り、連峰目指して旅立ったその日のうちに、ランドル達はガの氏族と交戦をすることを決定した。
相手のおおまかな人数はわかっており、制圧は強化兵装を持つレンゲ達で事足りる。
トッドの氏族を入れれば、戦力としては過剰が過ぎるほどだ。
しかし出立するよりも先、これからの話をしようとした段階である問題が起きかけた。
いきなり族長であるトッドが消えたことで、ハマームを始めとする山の民は捨てられたのではないかと恐慌を来しかけたのだ。
山の民は、族長の号令の下でしか動くことはない。
迅速な判断が要求される狩猟民族である彼らは、リーダーの指示の下で意思を統率しようという考え方が組織の末端にまで行き渡っている。
そのため族長なしでは、彼らの意思決定は為されないのである。
あわや空中分解かという事態を抑えたのは、意外にもレンゲだった。
彼女はまるで鬱憤を晴らすかのように暴れながら、ハマーム達を掌握。
あくまでもトッドが帰ってくるまでという条件付きのもと、トッドの族長代理として君臨することになった。
正直なところ、騎士でもなければ貴族でもない彼女に対して三人とも思うところはあった。
しかし親衛隊の三人は、彼女が自分よりも強化兵装を使いこなし、魔力量も多いことを理解している。
それに今の彼女には、触れればタダでは済まないナイフのような鋭さがあった。
わざわざ文句を言おうとする大馬鹿者は、誰一人としていなかったのだ。
こうしてトッドの氏族達は、レンゲの号令の元ガの氏族の集落へ出発した。
強化兵装を使いこなすレンゲは、ギルと戦う際にトッドが使っていた同じ戦法を用いて戦った。
最初は敢えて通常の歩兵と同程度の速度で迫っていき、相手が逃げられないほど距離が詰まってから一息に勝負を決める、あのやり方だ。
レンゲは大きく跳躍し、馬上にいた族長のガを切り伏せ、そのまま周囲の馬の数頭を転ばせてから度肝を抜かれた相手達へ投降を呼びかける。
「繰り返します! 抵抗する場合は容赦なく殺し、恭順の意を示すなら命は保証します! 死にたいのならかかってきなさい、族長代理である私――九条レンゲが相手になります!」
隙をつかれぬよう、レンゲの周囲で目を光らせていたランドルが見たのは、両の手から剣と弓を落とし降参する山の民達の様子だ。
そりゃそうなるよなぁと思わずにはいられない。
いきなり自分たちのボスが殺されたら、戦意が保つはずがない。
強化兵装のことを知らない初見の奴らが、この奇襲に対処をするのは困難だ。
少なくとも自分たちの情報が伝わらない限り、かなり高い確率で初手は決められる。
だがランドルには彼女が少し、焦りすぎているような気がしていた。
トッドが一騎駆けをしたのはまだわかる。
たった十二歳にもかかわらず、親衛隊騎士団長であるライエンバッハと切り結べるだけの、あの強化重装と呼ばれる兵器の性能は他を圧倒している。
弓矢だろうが刃物だろうが、生半なものでは攻撃が通ることはない。
だがレンゲや自分たちが使っているのは、ただの強化兵装だ。
たしかにこれだってすごい。
誰にだって建物の二階へ飛べる跳躍力や、人を投げ飛ばせるような力を与えてくれるのだから。
だが強化重装やライエンバッハが使う魔道甲冑と比べると、強度と防御力には難がある。
鏃が通ることはないだろうが、全力で放たれた山刀の斬撃なら兵装自体を破ることだってできるはずだ。
それに兵装自体は大丈夫でも、その衝撃は内側に通る。
流石に馬上突撃を食らえば、使用者の身体はズタズタになるはずだ。
本当なら彼女が飛び出すのは、自分たちがしっかりと左右を固められるように少し待ってからでも良かったはずだ。
しかしあくまでも自分の力だけで、決着を着けようとしていた。
その理由はわからなかったが、あの突撃は勇敢を通り越して無謀だ。
だが口に出して彼女の勘気に触れるのも嫌だったので、彼は同僚のミキト・スートの両名と一緒に、強行軍をしようとするレンゲを止めるに留めておいた。
いくら強い武器があろうと、人間の生活リズムが急激に変わるはずもない。
どれだけ超人的身体能力を発揮しようと、食事をしっかりと摂り睡眠を取らなければ、いざという時に力は出ないものなのだ。
ランドン達はまた明日新たな集落へ行くことにし、今日は元ガの氏族達と交流を深めることにした。
ギルの氏族を吸収した時と勝手は同じなので、以前のように困ることもない。
難しいことは考えず、とりあえず肉と酒を放出して、語らいながらバカ騒ぎをするだけでいいのだ。
それが山の民のやり方であるのだから、多少野蛮だとは感じても彼らの流儀に合わせよう。
それはランドン達がトッドと分かれる前に密かに決めていた、ルールの一つだった。
「いやぁ、それにしてもレンゲ様は強かったですなぁ。代理というからには、族長様は彼女よりも強いのでしょうか?」
「強い、レンゲさんは俺達の中じゃあ三番目だから」
「戦士ランドルの言う通りよ、トッド様の強さはもう人の範疇を超えておられる。オーガですら道を譲るだろう。元族長のギルが頭から真っ二つになったのを、お前らにも見せてやりたかったのぅ」
「なんと! それは是非一度お目にかかりたいものだ!」
夜も更けて元ガの集落へ逗留することになったランドンは、彼らの歓待を受けている最中だった。
虎の毛皮らしきものに座りながら、楽しそうに肉を頬張り酒を飲んでいる。
族長直属の戦士ということで、その待遇はかなり優遇されている。
ちなみにお酒には、中身が少なくなれば隣にいる女性が酌をしてくれるおまけつきだ。
前日は緊張からかガチガチになっていた。
だが二日目にもなると慣れたもので、すぐ近くに美女がいても自然体で過ごすことができていた。
何とは言わないが、大人になった影響が出てきていると言っていいだろう。
(……いかんな。ここの流儀に染まったら、元に戻れなくなる気がする)
山の民の文化はよく言えば素朴で、悪く言えば野蛮だ。
戦い至上主義で、負ければ全て失うが、勝てば全てが手に入る。
酒と女、つまりは金を除いた男の全てが手に入るのである。
事前にライエンバッハからの許可をもらっていたため、ランドルは少し躊躇したが結局は夜這いに来た女性に手をつけてしまっていた。
ミキト達に聞いてはいないが、多分彼らも同じだろう。
実際に突っ込んだ話をしたわけではないが、そこら辺は大体察せるものだ。
(……俺はもしかしたら、生まれてくる場所を間違えたのかもしれんなぁ)
ランドルは昨日情を交わした相手のことを思い出していた。
彼女――エイラは、名実共にエリートで見合いや交際の申し込みが多い彼からすると、信じられないほど純粋な女性だった。
恋の駆け引きだなど一切ない、あまりにも真っ直ぐな好意。
貴族としては当然の、家柄と密接に結びつく恋愛しか知らなかったランドルにとって、受けた衝撃は計り知れない。
彼女の純真さに惹かれ始めてしまうほど、大きなショックを受けたのだ。
トッド達に残って別働隊としての動きを期待されたときも、これで彼女とまだ一緒にいられるという気持ちがなかったとは言い切れない。
そしてそれは二人も同様だろう。
ランドルも男だ、自分が情を交わした相手がいればやる気は上がるし良いところを見せようとする。
(……もしかすると殿下がわざわざ自分たちを残したのには、そういった側面もあるのかもしれん。いや、だが男女の機微まで理解するとは、十二歳としてはあまりにも……)
歓待を受けながら、ランドルは色々なことを考えていた。
思考を巡らせなければいけない事柄は多い。
――昨日は疲れていたし、自分たちが氏族の者達と交流をメインにしていたので三人でゆっくりと話をすることはできていない。
何かあれば起きれるよう気を配ってはいたが、見張りは部下にあたる山の民にやらせていたし。
(一度、あいつらと話をする必要がありそうだな)
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