第14話
そう言って頭を下げ、勢いそのままに土下座をし始めた。
目の前の少年のあまりに鬼気迫る様子に、トッドは思わず苦虫をかみつぶしたような顔になってしまう。
魔法が使える人間というのは、それほど多くない。
魔力が魔法を使える水準にあるのは、全体の人口の二%前後と言われている。
おまけに魔力量は血液の遺伝により引き継がれることも多く、市井の人間から魔法使いが出ることはかなり少ない。
トッドのゲーム内の知識では、山の民のキャラに魔法の適性がある人間はトティラと数人の祭祀達のみだったはずだ。
このようなまだ若い少年に、そんな人物はいなかったように思う。
彼を見て、また例外に出くわしてしまったと頭を必死に回転させる。
レンゲのことから考えれば、恐らくガールーは原作に山の民が関わってくるようになる段階で死んでいる人物と考えるのが妥当だ。
こんなに若い子が、焦って力を欲しているのだ。
恐らくその何かによって、彼は命を落とすのだろう。
まだ若く、山の民でありながら魔力持ち。
運動能力が高く、馬上で寝れるようなバランス能力を持つ人間となれば、機動鎧のパイロットになれるだけの素質は十分にある。
彼がただの少年ならよかったのかもしれないが、少なくとも今の状態はまともとは言いがたい。
適性はあるのかもしれないが、今の彼では強化兵装の一つですら持たせるのは危険なように思える。
だがその問題の内容いかんによっては、トッドでも力になれるかもしれない。
これだけ思い詰めている何かを解決してやれば、純粋な山の民である彼の固い忠誠が得られるだろう。
そんな風に打算的に考える自分に苦笑しながら、トッドはガールーを起き上がらせる。
「ガールー、君はどうしてそんなに力が欲しいんだい? ことと次第によっては、僕たちが力になれるかもしれない」
「……っ、はい! 自分には、他の氏族に奪われた姉が居ます。私は彼女を、取り戻したい。あんな男のところにいても、姉は絶対に幸せになれないのですから」
家族か……と、思わず同情しそうになってしまう。
もしエドワードやタケルが誰かに攫われたとなれば、トッドは研究秘匿など全てうっちゃり持てる力の全てを注いで助けに行くだろう。
だからこそその気持ちも、理解はできる。
山の民の氏族同士の戦いでは、負けた方は勝った方に吸収される。
負けた氏族の女達は勝った者達のものになり、男達は戦士として徴集され矢面に立たされることになる。
ということはガールーは、氏族から逃げてきたということなのだろう。
だが戦いに勝ったということは、少なくともそう弱い氏族ではないはず。
今すぐに助けに行こうなどと、軽はずみに約束することはできそうになかった。
「ガールー、僕らは山の民全てを統一し王国に編入させるつもりだ。だから今すぐにとは言えないかもしれないが、きっと姉は助けてあげられると思う」
「………っく、はい、わかりました……」
「不満がありそうだが、よもや忘れてはいないか? お前もその姉同様、生殺与奪の権を勝者である我らに握られている」
ガールーは納得していないのか、不満そうに顔を俯かせた。
その態度が気に入らなかったのか、ライエンバッハは一歩前に出てわざと音がなるように鞘と鍔を打ち合わせる。
「いえ……いや、それならせめて一つ渡してくれることはできないでしょうか? 族長様のお手を煩わせることはしません。なのでせめて、奴に一矢報いることくらい……」
「貴様、いい加減に……」
「――ライ、いい。ここで殺しちゃうのはもったいない。でもガールー、それほど急を要する話なのかい? さっきハマームにも聞いたが、基本女性は子を増やすからと大事にされるらしいじゃないか。身重になれば大切にされるし、死んでしまった戦士の子も皆が大切に育てると聞いたよ」
剣を抜き本当に斬り殺そうとするライを制止して、トッドは内心でホッと息を吐く。
恐らく彼がこの現場にいなければ、ガールーは間違いなく斬り殺されていただろう。
自分がこの場にいてよかったと、場違いな安堵を感じてしまう。
「はい、ですがあの男は違います。既に妾の数は百を超え、吸収した氏族は十を超えています。女を玩具にしては壊すようなあいつの下で、姉上が今も震えているかと思うと……」
うんうん、と頷いていたトッドの動きが硬直する。
妾の数が多いというところまではいいのだが、吸収した氏族がというあたりでというあたりで非常に嫌な予感がしたのだ。
どうしてガールーが、それほどまでに焦っているのか。
何故彼がゲームには出てこないのか。
それをなんとなく、推察することができてしまった。
そしてトッドの推測が正しかったことが、ガールーの言葉により明らかになる。
「俺はあいつ――トティラを殺さなくてはならない。奴は山の民の価値観を壊し、己の都合の良いようにねじ曲げる。姉上を守るため、そして山の民そのものを守るためにも―――あやつは生かしてはおけないのです」
トティラが既に氏族を併合し始めていること、そして今回彼がしっかりと頭角を現していることはトッドにとっては不運という他ない。
しかし不幸中の幸いか、トッドの氏族になったガールーはトティラへの恨み骨髄な人物であり、その動向を具に観察してくれていた。
おかげで今の彼のおおよその戦力、そして今後どのような予定になっているかを察知することができた。
トティラが率いるトティラの氏族の人員は、現在500名程度。
彼が今狙っているのは、拠点であるリック山の麓に位置するギの氏族。
同数程度らしいが、恐らくトティラが勝つはずだ。
半数を殺しいくらか痛手を負ったとしても、氏族の数は700名前後には増えるだろう。
数が多いが故に、強力な氏族へ攻めることができる。
そして併合して、より精強な兵士達と多くの人員を確保できるようになってしまう。
そのままのペースで山の民達をまとめられてしまっては、トッド達がいくら小粒な氏族を平定していったところで数で大きく劣るのは間違いない。
ガールーがもたらしてくれた情報は、正しく値千金と言っていい。
悠長にしている時間がないとわかったトッドは、ライエンバッハや親衛隊、そしてハルト達を呼び出した。
そして自分達の最大の脅威になるであろうトティラのことを説明し、その信憑性を上げるために説明役としてガールーを連れてきた。
「すまない、どうやら既に僕たちより早く動き出していた者がいたらしい。そのためこのままのペースでは間に合わない。下手なことをしても、こちらごと食い破られる」
「話はわかりましたが……僕達と殿下のシラヌイさえあれば、数の劣勢くらいなんとかなるのでは?」
「たしかに数十人程度ならなんとかなるかもしれないけど限界はあるよ。鉄板の中にあるオーガの筋肉を断たれたらおしまいだし」
「それならどうしますか? 多少無茶してでも、大きめな部族を引き入れに行くのがいいと思いますが。数である程度拮抗できれば、後は我々がそのトティラとやらを直接殺すだけでいいのですから」
「そうだね、僕も概ねそれに賛成だよ。でも今後のことも考えると、やっぱり少しでも数は欲しい。だから今回は、寡兵を更に分けようと思うんだ」
トッドが立案した作戦は、シンプルなものだ。
まずは王国からの人員をトッド・ライ・ハルトとランドン・ミキト・スート・レンゲの二チームに分ける。
そしてランドン達にはここら一帯の小規模の氏族を吸収していってもらい、トッド達はいきな先へ進み大きな氏族を攻め落としていく。
トティラとの全面対決が見えてきた段階で両者が合流し、会戦を行うという内容だ。
本当なら全員で一気に先へ進んでしまいたいところなのだが、今回既にトッドは氏族合わせて十九人を拾ってしまっている。
彼らを戦力としてだぶつかせるのもよくないし、他の氏族に攻め落とされても面白くない。 一応名目上とはいえ、トッドは彼らの面倒を見る族長になってしまった。
ならば最低限の面倒は見るべきだろう。
こうして責任というものは増えていくのだろうのかもしれない。
トッドはそんな風に思わずにはいられなかった。
「ちなみにガールーは僕らの方につけるけど、他の山の民達は全員ランドンチームに行ってもらうつもり。強化歩兵四人だけじゃ、流石に戦力的に厳しいだろうから」
「整備がいるから、僕とレンゲちゃんを離すってことかな?」
「うん、その通り。あと、これからは戦力が余剰するってことがまずなくなるだろうから――山の民達に強化兵装を貸し与えることを、僕の名において許可する。無論、トティラの方へ寝返りそうな奴に渡しちゃダメだよ。ハルトだけだとその辺りの判断ができなそうだから、レンゲはランドンチームに入れる」
ここから先は、連峰の山の民達をトッド陣営とトティラ陣営のどちらに入れられるかという色塗りゲームだ。
トティラの牙は、機動鎧無き王国へ届きうる。
今は、出し惜しみをするべき時ではなかった。
ただこれはトッドには意外だったのだが、渋るとばかり思っていた親衛隊員達の抵抗はそれほど強くなかったのだ。
シラヌイでの戦闘を見たこととライが側についていることから、危険はないと考えてくれているようでほっと胸をなで下ろす。
正直、無理を言っているという自覚はあったのですんなりいって拍子抜けである。
ランドル達の軟化の原因はなんだろうと考えていると、ライから『恐らくは情が移ったのでしょうな』と囁かれた。
どうやら彼らはしっかりと、女性達に手をつけていたようである。
そういえばと改めて三人の顔つきを見ると、皆つやつやと血色が良く、どこか大人びた雰囲気になっていた。
「俺は……トッド様と一緒に?」
「ああ、そうだ。ガールー、君は僕に山の民最大の脅威と睨んでいたトティラの情報をくれた。だからその功に報いるために君には強化兵装を貸し出そう」
ガールーの扱いはどうするか悩んだが、こちら側に入れてしまうことにした。
彼は跳ねっ返りが強く、ランドルやレンゲの言うことを聞くかは怪しい。
それならこちらに引き入れてしまった方が楽だろう。
山の民がどのように強化兵装に順応するのか、そしてあのおもちゃをどう使うのか。
そのテストケースとして扱うつもりだ。
それに一応、ガールーのトティラとの内通を警戒してのことでもある。
恐らく彼は、姉の身と引き換えといえば喜んでトッド達を裏切るだろう。
そうなったとき、レンゲ達だけではしっかりと対応できるかはわからない。
機動性、頑健さ、あらゆる部分で勝っている自分たちなら即座に斬り殺せる。
そんな少し後ろ暗い理由もあったりする。
「じゃあ、一応次にいつ合流するか決めておこっか。ただ実際に連峰に着くまでにどれくらいの距離があるかわからないから、具体的な日取りを取り決めるのは難しいよね」
「とりあえずここら一帯を取りまとめた段階で、こちらに来てもらいましょうか」
「うーん、それがいいか。僕らはちょっと未知数だし、一人抜けただけでも結構痛いと思うから、適当に山の民の連絡員とか使って教えてくれるだけでいいよ。識字ができないらしいから、文を使うのが一番いいと思う」
「それは……はい、私たちもすぐに合流してみせましょう」
暗に裏切りを警戒しておいてというメッセージを、ランドンはしっかりと読み取ってくれた。
彼らが気を引き締めてくれさえすれば、恐らくこの王国近辺の氏族の併合は為るだろう。
「あと、あんまり遊びすぎたらダメだよ。それで破滅したら流石に怒るし、ライに半殺しにされるから、肝に銘じておくように」
「は、ハイッ! 気をつけます!」
「妻として娶ることになっても、最後まで面倒をみるつもりです」
「うん、わかった。ただ一応三人とも最低でも騎士爵は持ってるんだから、下手なことしたら……わかってるよね?」
「「「――我が忠誠にかけて!」」」
ランドル達が、胸に拳を当てて最敬礼の体勢を取った。
これは己の忠誠を違えれば心臓を刺し貫かれても構わないという、王国騎士特有のジェスチャーだ。
親衛隊員の王族への信頼は篤い。
裏切りを警戒する必要はない。
トッドは親衛隊員の三人とは、それほど仲がいいというわけではない。
模擬戦は何度かしたし、訓練の際にアドバイスをしたりもしたけれど、信頼関係を勝ち得ているかと言われると微妙なところだった。
そのため彼らの気が緩みすぎないように、少し強めに脅しておいたのだが……少しお灸が効きすぎたかもしれない。
本国に帰ってからのことを考えれば、そう下手なことはしない……はずだ。
あまり羽目を外しすぎなければ、トッドもそれほど怒るつもりはなかった。
「ちゃんとご飯食べなくちゃダメですからね。あと、毎日身体を拭かないと臭いですし、あとあと……」
「――いや、僕は子供か何か?」
「ハルトさんは、図体だけおっきな子供です!」
親衛隊員に団長たるライが訓示を垂れ始めたので、とりあえず視線を横へ向ける。
桃色の空間がある……とばかり思っていたが、都会に出る子供とそれを見送る母親のような光景がそこにはあった。
まだ付き合って一年ほどのはずなのだが、既にレンゲに尻に敷かれ始めている。
恐らくハルトはそう遠くないうち、所帯じみてくたびれていくことだろう。
それが人生というものなのかもしれない。
トッドは遠い目をしてから、結婚は人生の墓場という格言を思い出し、そしてしなければいけないことを思い出した。
ハルトの背にかけてある弓をひょいと掴んで、ガールーへ渡す。
「これは……?」
「ハルトと僕で作った玩具だよ。試作型魔導弓『サジタリウス』っていうんだ」
「サジタリウス……」
「使用者の魔力を使って作った矢を飛ばす武器だよ、遠距離攻撃の手段が欲しくて作ったんだ。けどこれってそもそも大量の魔力だけじゃなくて弓の腕も必要でね、使える人が大分限られてるの」
強化歩兵に何か遠距離攻撃の出来る武装をつけられないかと思い、作ったのがこのサジタリウスだ。
ゲームの中では仕様上の都合、機動鎧や強化兵装をつけたキャラは遠距離攻撃をすることは一部の例外を除けばなかった。
だがリアルであるこの世界にはそのような縛りはないので、機動鎧でも使える遠距離攻撃手段を模索しているのだ。
一応これ以外にもいくつかも作ろうとはしており、中には発想上出さざるを得なかった銃に似た形状の魔道短杖等もある。
だがこの世界に火薬が存在しているかはまだわからないため、情報公開はしていない。
銃や大砲はこの世界にどんな影響を及ぼすか、全くの未知数だ。
トッドは下手なことをして、この世界が鉄火場へ変わってしまうことをひどく恐れていた。
「今はまだ無理でも、これが使えるようになれば戦力になってくれるだろう。期待してるよ、ガールー」
「は、はいっ! ――すごい、これがあれば……」
少々逸りすぎな気もするが、聞いてみたところガールーの年齢は十一歳らしい。
聡明な兄弟達で慣れているから感覚が麻痺しがちだが、このくらいの年齢ならこれくらいが普通なのだろう。
そんな少年に武器を持たすのは、あまり好ましくはないが……使えるものは使わなければならない。
間に合うだろうかと考え視線の先に広がる山々を見つめていると、既に出立の準備は終わっていた。
これより先は皆、時間と戦いながら仲間を増やしていく必要がある。
兵数的にはあちらが有利だが、質は圧倒的にこちらに分がある。
勝算は、ある。
ならばあとはそれを掴むだけだ。
グッと拳を握りこんで、空を見上げる。
今この青空をエドワード達も見ているのかと思うと、彼らと繋がっているような気持ちになれた。
「あのそういえば殿下、一つ質問なんですけど」
「うん、なんだい?」
「殿下は早く移動するためにチームを分けたって言ってましたよね。でも僕が使ってるのは強化兵装ですし、ガールーはまだただの馬乗り少年ですよ」
「ああそっか、その説明をしてなかったね」
元気に手を上げて質問をしたハルトの荷物を、シラヌイが背負っている大型リュックの中に敷き詰める。
用意してきた強化兵装は三十着ほど。
今回はランドルチームにそれを二十、こちらに十という割合で分配している。
あまりかさばりすぎてもよくないと、持っている水と食料も最小限に抑えている。
そしてトッドは不思議そうな顔をするハルトへ近付き、そのまま一息に持ち上げる。
体勢的には完全にお姫様抱っこだが、シラヌイによるの補助のおかげで羽根のように軽い。
トッドの動きに合わせて、ライエンバッハがサジタリウスを掴むガールーを同様に抱え上げる。
そしてなんとなく察して顔を強張らせているハルトへ、にいっと笑いかけ、
「決まってるだろ、僕らの超特急ツアーにご案内するのさ」
「不肖ながらお供しましょう、殿下」
「え? ……え?」
何が何やらわかっていないガールーを無視し、固まっているランドルやレンゲ達の方へ向き直り、シラヌイへ魔力を流し込む。
「行ってきます!」
「ああもう、僕最近こんなんばっか……うぇっぷ」
「もしものことがあれば、私がお前らのそっ首を落とす。ゆめゆめ忘れるな」
トッド達はこうして嵐のように出発した。
平気な顔をして全力疾走をするトッド達。
抱えられ全身に風を感じるハルトは既に乗り物酔いの症状を来し始め、ガールーは離してなるものかと赤子のように丸まってサジタリウスを掴んでいた。
こうして彼らの作戦は、第二段階へと移行したのだった――。
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