第11話


 強化重装は、機動鎧と比べるとその造りはかなりシンプルだ。


 まだ魔力エンジンやスラスターは開発されていないため、内燃機構はほとんど搭載されていない。


 見てくれは小柄な魔物が、鉄鎧を着ていると言えばわかりやすいだろうか。


 全身をレッドオーガの筋肉で補強し、その上に赤く塗装した鉄板を重ねているのだ。


 本来なら歩くことすらままならぬほどの重量があるその武装を、トッドは軽々と着こなして前進する。


 強化重装をまだ十二歳の子が使えているのには、無論カラクリがある。


 まず第一に、レッドオーガの素材には強化魔法が付与されており、使用者の魔力を用いることで強化を発動することが可能になっている。


 そしてその強化を搭乗者の身体だけではなく、魔力回路を媒介にしてレッドオーガの筋繊維にまで届けることができるのだ。


 つまり今のトッドは、自身の持つ潤沢な魔力で強化したレッドオーガの肉体を操ることができるのである。


 たかが矢と山刀(マチェーテ)程度では、彼を止めることは不可能に近い。


 トッドが全身を躍動させながら、リーダーの男の下へと駆けていく。


 本気を出せば馬の全力疾走を超えるだけの速力は出せるが、今はそれはしない。


 下手に散り散りに逃げられるより、一息にトップの男を殺し、残った部族の人間をこちら側に引き入れたいからだ。


 犠牲は少なければ少ないだけいい。


 トッドの少し後ろを、ライが堂々と歩く。

 いつでも混ざれるような適切な距離を維持している。


 彼ら二人は重装備なので、山の民が使う粗末な弓程度では傷もつかない。


 強化兵装も弓矢程度なら弾くが、当たり所が悪ければ怪我を負う可能性はあるので、親衛隊の三人は、トッド達より数歩離れたところに配置させている。


「草食(くさは)み共が! 我らギルの氏族に屈するが良い!」


 ゲーム設定のおかげというべきか、この世界の人間は全て大陸言語と呼ばれる共通の言語で話をする。


 おかげで向こうが何を言っているかはわかるし、相手にもこちらの言葉が届く。


 前世では英語が苦手だったので、第二外国語に手を出さずにすんだのはラッキーだった。


 駆けてくる山の民が、矢を番え放ち始める。

 距離は十メートル前後だが、そのどれもが顔や人中といった人体の急所を狙っていた。

 一つ二つは狙いが逸れているものもあるが、恐るべき命中精度だ。


 これでは王国の弓兵程度では、太刀打ちができないのも頷ける。


 カンと甲高い音を放って、全ての矢がトッドに当たっては跳ね返る。


 鏃は鉄板を貫通することもなく、中のレッドオーガの肉体に傷一つつけることはできなかった。


 トッドは雨のように降り注ぐ矢の中を、悠然と駆けていく。


 それを見て矢では効果がないと判断したのか、攻撃が止んだ。


 そしてリーダーを始めとする数人の男達が山刀を持ちながら近付いてくる。


(それを待っていた)


 品種改良のなされていない馬は、維持費が安価で丈夫なかわりに体躯は小さく速度も遅い。


 内心でほくそ笑んでいると、ライが声を張りあげる。


「殿下をお守りしろ!」


 ライとその後ろに控えていた親衛隊達が散開し、リーダー以外の男達の下へ向かっていく。


 ライが二人を、親衛隊員が各自一人ずつを受け持つことでリーダーとトッドの周囲が空白地帯へ変わった。

 男は馬を降り、単身トッドへと向かってくる。


「後ろにいる女は悪くない、五人目の妾に取ってやろう」


 恐らくは後ろにいるレンゲのことを言っているのだろう。

 たしか山の民は一夫多妻制だったかと、原作知識を思い出す。


 下卑た顔をしながら真っ直ぐ進んでくる男を見て、トッドは安堵してホッと息を吐いた。


(最初に戦う敵が、ゲスな男で良かった。これなら良心の呵責無く、葬り去れる)


 自分目掛けて男が駆けてくる、その様子を見てからトッドはシラヌイへ魔力を通した。


 魔力が回路を通じて流れていき、強化重装全体へと行き渡る。


 こちらへ向かってくる男の構えは、我流なのかひどいものだった。


 速度はあくびが出るほど遅い。

 これなら強化兵装を使ったレンゲの方がよっぽどいい動きをするだろう。


 オーガの筋肉を躍動させながら、トッドが駆ける。

 大地が震えたかと錯覚するような大きな音が鳴り、地面には大きな足跡がついていく。


 瞬きの一つにも満たぬ間に彼我の距離が詰まる。


 トッドは背に携えていた大剣『クサナギ』を鞘から引き抜き、そのまま男へと叩きつけた。


 男はそれに反応することもできず、頭への一撃をモロに食らう。


 強化されたレッドオーガの腕力は、男を文字通り真っ二つに叩き切った。


 剣を構えることもできなかった身体が左右に分かれ、あたりを血の臭いが満たす。


 ぼとぼとこぼれ落ちる臓器を見て顔をしかめながら、トッドは剣を地面へと突き立てた。


「「……」」


 山の民達は自分達の長が死んだことで、そして騎士達はあまりにも一瞬で勝敗がついてしまったため、言葉を失った。


 戦場を奇妙な沈黙が満たす。


 その静寂を裂くように、まだ変声期にならぬ高い声でトッドが叫ぶ。


「今日からギルの氏族は私の傘下に入る! 文句があるやつはかかってこい。服従か死か、好きな方を選べ!」


 ギルの氏族であった者達は、皆一様に手に持つ弓と山刀を放り投げ両手を上げた。


 あの男に人望がなかったのか、それとも圧倒的な強さの前に膝を折ったのかはわからないが、何にせよ抵抗は皆無だった。


 こうして初めて接触した山の民達は、リーダーであったギルを除いて皆がトッドの傘下に入った。


 そして彼らはその日から、トッドの氏族を名乗ることとなったのだ。

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