第10話


「あれが山の民か……」


 旅芸人の一座を装いながら王国を東へ進んだトッド達は、お目当てであるエルネシア連峰へとやってきた。


 山の民達は、トティラによってリィンスガヤ式の国作りがなされない限りは、国家を持つことはない。

 彼らは寄り合い所帯のようなものであるため、明確な国境というものはなく、侵入は容易だった。


 だが入るとすぐに、こちら側を警戒する一つの小集団と出くわしたのだ。


 その数は二十前後。

 ゲームの知識通り、彼らは文字通りの皆兵。

 明らかに背丈の小さい子供すら、弓を背に携えている。


「蛮勇ですな、隠れようともしないとは」


 ライエンバッハが、顎の辺りに纏めている髭を撫でつける。


 スッと細めた目で、しっかりと己の敵を見定めている様子には傲りも慢心もない。


 彼は調整を終えている魔道甲冑を身に纏い、油断なく敵を見据えていた。


 ライエンバッハが言うとおり、向こう側に視認できている山の民は隠れることもなくこちらへ近付いてきている。


 今トッド達がいる場所は、年に一度のペースで行われる彼らの略奪の現場に近い。


 わざわざ自分から得物がやってきてくれたぞ、と舌なめずりをしているのかもしれない。


「蛮族とは聞いていましたが……」

「リーダーと思しきあの男……まさに悪鬼」

「あれは一体、なんのためにやっているのでしょう」


 ライエンバッハが連れてきた三人の親衛隊、ランドン・ミキト・スートの三人が気味悪げな顔をしながら、先頭で馬に乗る大柄な男の顔を見ている。


 彼らは既に強化兵装を着用しており、全身を真っ黒なボディースーツで覆っている。


 この一年である程度改良は進んでおり、強化兵装胸部にあった魔石はなくなっている。


 明らかに弱点だとわかる魔石をどうにかできないかと試行錯誤をした結果、ハルト達はそれを溶かし込んで魔力回路に入れることに成功したのだ。


 そのため出力自体は若干落ちたが、ある程度強化兵装が破れても戦闘の継続が可能になっている。


 ちなみにランドンとミキトは魔法が使える人用の強化兵装特参式、スートは非魔法使い用の強化兵装弐式改を身につけている。


 彼らの視線の向かう先、小さな栗毛色の馬に乗る男の顔には、凸凹ができていた。


 頬の辺りにミミズがのたくったような跡がいくつもあり、それは魔物や妖怪を想起させるようで気味が悪い。


「あれは顔に石灰を埋めてるのさ。相手がビビってくれた方が有利だから、わざとおどろおどろしくしてるんだと思う」

「お粗末だね~。彫り物をするなら、彼女くらい機能的にやらないともったいないのに」

「……ハルトはもしかして、ハレエダ博士と知り合いなのかい?」

「あれ殿下、よくご存じで」

「ちょっと二人とも、今はそんな話をしてる場合じゃないですよ!」


 二人で和気藹々と話しているハルトとトッドを見てバカにされていると感じたのか、山の民達が進軍速度を上げる。


 それを見てレンゲはハルトの首根っこを引っ張り、後退させる。


 ちなみに彼女とハルトが着ているのは親衛隊員同様、強化兵装の特参式だ。


 戦いをするのは、今はまだトッドと騎士達だけだ。


 ハルト達には今回、サポート役に徹してもらう。


 レンゲはそれを聞いてホッとしていたようだったが……彼女もすぐに気付くことになるだろう。


 戦っていた方が、どれだけ楽だったかということを。


「殿下、初陣は誰にでもあります。小便を垂れても、吐瀉物を口に溜めても構いません。ですが手と足だけは、決して止めないでください」

「……忠告ありがと」


 敵の表情が目視できるほどに近付いた時には、互いに戦いの準備は整っていた。


 向こうの一団の中にいる小柄な女性が、矢を番えていない弓を天高く掲げた。


 そしてその弦を何度も震わせ、空を仰いでいる。


 その行為は、天高くにおわす彼らの祖霊に対して恥じぬ戦いをするという、彼ら流の開戦の狼煙だ。


 これに何もせずいきなり戦いを始めるのは非礼に当たる。


 トッドがパチンと指を鳴らすと、後ろにいるハルトが、げんなりとしながら、強引に持たされた弓を手に取った。


「なんで僕が……弓って手の皮剥けるからヤなんだよね……」


 ぶつぶつと言いながらも、彼も山の民の見よう見まねで弦を鳴らす。


 ハルトが手に持っているのは、一応今後のことも考えて持ってきた弓型武装の試作品だ。


(これが使えるような人物がいるといいんだけど……)


 トッドは自分の考えを切って、ごくりと唾を飲み込む。


 向かいにいる集団が、こちらへと駆け始める。

 何十もの馬蹄の音は、人の潜在的な恐怖心を呼び起こす。


 視覚的なものもあって、思わずひるんでしまいそうなほどの迫力があった。


(でも僕は負けるわけにはいかない。いつまでも格好悪いお兄ちゃんじゃ、弟が困っちゃうからね)


 鉄板で補強された手の甲で、ミスリルで覆われた身体をトンと一度叩く。


 そして大きく息を吸って、馬の足音にかき消されぬよう大声を張った。


「ライ、あのデカいのは僕がやる。親衛隊を率いて周りの雑魚を蹴散らしてくれ。レンゲは適宜サポートに入って、あとハルトは流れ弾食らわないように気をつけて」

「承知致しました」

「「「我が忠誠にかけて!」」」

「……できる限りやってみます」

「僕はさっさと逃げてるから、皆急いでね~」


 トッドを含めた戦闘員全員が、覚悟を決める。


 ハルトは既に矢が飛んでこないような距離を計算して、少し離れた場所へ逃げていた。


 トッドはありったけ息を吸い込んで、叫ぶ。


「シラヌイ、出る! 私に続け!」

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