第7話
傍から見ればこんな無謀な計画は、人望を失い焦ったトッドがヤケになっているようにしか見えない。
だからこそ父が許してくれるだろうという打算も、トッドは計算づくだった。
……しかし彼には、しっかりとした勝算がある。
トッドはゲームの知識により、山の民の気質を知っているためだ。
山の民の人間は基本的には騎馬民族であり、自然と共に暮らす奔放な者達である。
彼らは自然と神に祈りを捧げ、強い者を何よりも尊ぶ。
そして一度負けた場合、相手の下につくことを厭わない。
それどころか強力な族長と共に戦えることを神に感謝するのだ。
だがそんな山の民の風習を、皆が知っているはずはない。
蛮族とみなしているために王国民は彼らと交流することはない。
そして生粋のアキツシマ人であるハルト達がこちら側の事情に詳しいわけもない。
エドワードがクーデターに失敗し山の民達と再起を図る、『簒奪ルート ~山の民編~』をやっているトッドしか持ち得ぬ知識なのだ。
身体もある程度できあがり、魔道甲冑を着たライエンバッハとも切り結べるだけの力は手に入れた。
今の自分達なら、弓を扱えるだけの騎兵ならなんとでもなるだろう。
ライエンバッハの速度は、既に全速力の馬と同程度。
更に出力の高いトッドのシラヌイは、後のことを考えなければ馬を軽く追い越せる速度が出る。
おまけに王族だけあって魔力についてはかなりの高スペックであるトッドは、シラヌイを全力で数時間稼働させることが可能だ。
気になるのは集中力が途切れる可能性があることと、中の通気性が最悪で蒸れて臭うことだったが……とりあえず両方に解決の目処は立った。
前者はここ一月の長時間駆動訓練で、そして後者はその間にトッドの鼻がおしゃかになったことで。
「ま、みんないざとなっても弓騎兵から逃げられるくらいの力はあるはずだよ。あんまり慣れてはないけど、僕だって逃げることくらいできるし」
「でもハルトさんが行くのは危険過ぎます。データなら代わりに私が……」
「いやいや、そんなもったいないことできないよ。ずーっと待ってた僕の発明が日の目を見る瞬間。それを見なきゃ、僕は死んでも死にきれない」
「ハルトさん……」
二人だけの世界を作り出していることに苦笑しながら、トッドはレンゲの方を向く。
彼女は拾いもの……というか、当初は仲間に加える予定のなかった人物だ。
トッドの前世の知識では、レンゲなる人物はそもそもゲームには登場しない。
そしてハルトのキャラクターも彼が知っていたものより、全体的に明るいのだ。
彼は地下研究室で幾人もの部下を従える狂気の技術者だったはず。
引き入れる交換条件に出すのは、自分が持つ機動鎧の原型の試作案のつもりだった。
だが何故かハルトは、引き抜きと母親の面倒を見ることで簡単にオッケーを出してくれたし、お手伝いをしていた九条レンゲも一緒についてくることになったのだ。
レンゲというキャラがゲームに存在していないということは、それまでに死んでしまっていたキャラクターなのだろう。
レンゲは恐らくヤマタノオロチ復活の際に、死ぬはずだったのではないだろうか。
恐らくは復活前に自身が引き抜いたことで、彼女の運命を変えてしまったのだろう。
トッドは自力で、正解へと辿り着いていた。
王子としての小遣いをほぼ全て使い切るほど入れ込んでいるため、開発のペース自体はゲーム内よりかなり早い。
このままいけば二年後までには、強化兵装だけでは手こずるヤマタノオロチを倒せるだけの機動鎧の開発も叶うだろう。
アキツシマが半壊するのを見ているのは忍びないので、もし上手くいけばヤマタノオロチ討伐の手助けをするつもりだ。
――無論、ただの人助けではなく、他に目的もある。
タケルがアキツシマの王に君臨する可能性がある以上、彼の国が弱体化することはひとまずは避けておかなくてはならないのだ。
「こほん、というわけで僕も行くからね。殿下、出立は何時ぐらいになるんでしょうか?」
「そうだね、用意はできているから、あとはライエンバッハに口が固い親衛隊員を選んでもらって、父上の許可が出たら大丈夫だよ」
ちなみに開発は、既にトッドの手を完全に離れハルト達に一任されている。
彼らの役職は技術士官。
一応トッド直属の部下という形になっている。
彼らが生み出す魔力回路はとてもではないが、トッドの手に負えるものではなかった。
複雑精緻な魔力回路は、感覚に頼らねばいけない部分が大きい。
素材となる魔物や使用者の魔力の性質によって、入れ込む回路の内容にも微修正を加える必要もある。
それら全てを踏まえて、トッドは機動鎧の開発を二人に丸投げすることにしたのだ。
使用感を試す以外にしたことといえば、魔法が使えない二人に変わって付与と状態保存の魔法をかけることくらいなもの。
ハルト達が強化兵装に使っていた革だけではなく、今やトッド達は筋繊維や表皮といった生ものを使うことも増えてきている。
トッドはしっかりと魔法を教わっておいてよかったと、心から安堵していた。
今の宮廷魔導師に土魔法を第二階梯まで収めているものはスラインを除けば他にいない。
貴族として育ってきたスラインが魔物に触れてくれるはずもないので、もし自分ができなければ大量に取ったオーガの素材達は皆腐ってしまっていただろう。
「ちなみに同行する騎士の選定はもう済んでいますよ。この三人は秘密保持契約に了承しています。もっとも、秘密裏に行う特殊任務ということにしていますが」
ライエンバッハから渡されたのは、今回一緒に旅をすることになるメンバー三人の詳細な情報だった。
以前言った要望通り、魔法が使える者が二人と魔法が使えない者が一人という配分にしてくれている。
非魔法使いでも使える各種兵装の開発も進んでいるが、いかんせん今の彼らのグループの中にはライエンバッハしか該当する人物がいない。
そのためある程度の実力がある、武装を扱える人員を必要としていたのだ。
今まで取れていなかった実戦データがあれば、これから兵達に配ることになる兵装の配備の際には大きく役に立つだろう。
ちなみに、王国最強の騎士とも言われるライエンバッハでデータを取ろうとしたこともあったが……すぐにその案は棄却された。
強化兵装を使えば壁を走れるような非常識な人間は、一般兵のデータを取るにはあまりにも不向きだったのだ。
「鎧のおかげで、いざということになれば殿下を守れそうですからな。数十名程度なら、殿を引き受けてみせましょうとも」
「ライはこの程度の戦いで殺していい人じゃない。死に場所は用意しないよ、老衰で死ぬまで働かせるから」
「……」
ライエンバッハはじっとトッドを見つめ、黙りこくる。
普段から厳めしい顔をしている彼にしては珍しく、呆けていた。
彼は鳩が豆鉄砲を食らったような様子から立ち直ってから、
「殿下は人たらしですな。うーむ……そろそろ親衛隊長から下りるのもありやもしれません」
「僕の専属騎士にでもなるかい? できればライにはエドワードのことを助けて欲しいんだけど」
「殿下が王になるのが一番てっとり早いんじゃないですか? そしたら僕たちの研究費も……」
「ハルトさん、本音がダダ漏れです」
どうやらライエンバッハは自分を王にするのをまだ諦めていないらしい。
彼は以前、ただトッドのことを身体を動かすのが好きなだけの子供だと侮っていた。
無論わからないように隠してはいたが。
しかしハルトを連れて、強化兵装を自分で着けてみたことでどうやら考えが変わったようだった。
今までのトッドの奇行がこれを作るためにあったのだと知り、評価を一気に覆したのだろう。
ハルトも王になってもっとがっつり予算をくれと言ってきているし、人間関係というのは面倒なことばかりだ。
色々と動き回りたいし、そうしなければならないトッドとしては王になってもデメリットの方が圧倒的に多い。
それに今できている王族の序列をまた乱したら、要らぬ不和の原因になる。
これはまだ誰にも言ってはいなかったが、トッドは山の民を征伐できた段階で王位継承権を放棄するつもりだ。
そしてあの連峰を領地にもらい、適当に新しい家を建てる気でいたりする。
「……何度も言ってるけど、僕は王にはならないよ。武器を作って、前線で戦う王なんていない。だからライはエドワードのことを助けてやってね、これからも」
「――かしこまりました」
頷いてから、ライエンバッハは踵を返して王宮へと戻る。
現在ライは身体の全盛期を過ぎ、既に年齢は四十を超えている。
騎士団長をそろそろ下りるつもりというのも、あながち嘘ではないのだ。
後任の騎士達へ仕事を任せるようになってきているからこそ、彼はこうして自分達の下へやってくることができるのだから。
「あー王さま早く許可出してくれないかなぁ。僕のシラヌイが敵をバッサバッサなぎ倒すところが、見たくてたまらないっ!」
「ちょっと、不敬ですよその発言」
ハルトの祈りが天に通じたのか、国王リチャード三世の許可はその三日後に出た。
秘匿作戦『霹靂』のコードネームの下、任務遂行許可が下されたのだ。
一応の作戦内容は、エルネシア連峰で暮らす山の民の戦力を削ることと、開発した武装を試すというものになっている。
――だが無論トッドはそんなことで終わらせるつもりはない。
目安としては半年前後で、連峰をそこに暮らす山の民ごと手に入れる。
そしてトティラを殺し、後顧の憂いを絶つのだ。
覚悟を決めていたはずのトッドの身体は……しかしかすかに震えていた。
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