第6話
トッドが十二歳になる頃には、彼のあだ名は『錬金王子』へと変わっていた。
宮廷内に怪しげな人物を連れこみ、王国親衛隊騎士団長であるライエンバッハへ引き合わせて、怪しげな実験ばかりをしている。
既に魔物の素材は私室に収まりきらなくなっていたため、王家の所有する土倉に入れるようになっている。
おかげで他人の目に付くことも増え、魔物の死体を解剖する怪しげな少年という烙印を押されていた。
それに代わるように、エドワードの名声は日に日に高まっていく。
ついこの間など、隣国リィンフェルトの親善大使として国外へ出向き交渉で大成功を収めた。
貴族達はトッドに早々に見切りをつけ、エドワードを王にしようと担ぎ上げるようになる。
彼らの動静を無視できぬ王や王妃もまた、何度注意しても治そうとしないトッドへ愛想を尽かすようになっていった。
かつての神童が落ちぶれたものだと笑う彼らは気付かない。
今自分達がしている反応が、トッドが狙って作り出したものだということを……。
本邸の裏地にある、誰も使っていなかった土蔵。
先々代が建てたらしいそのボロ家は長らく誰も使っていなかった。
そのためこの場所は、昔からため込まれていた使うかわからないガラクタ達の並ぶゴミ収集所と化している。
トッドは父からその所有権を譲り受け、自分達のラボとして使っている。
広い空間もあるので身体を動かすことにも困らず、周囲には木々が生い茂っているため秘密保持の観点でも素晴らしい場所である。
「ライ、小休止を入れよう」
「ハッ」
トッドは被っていた兜を脱ぎ、渡されたタオルで顔を拭う。
彼が着けているのは、赤色をした鎧であった。
一般的な金属鎧ではなく、金属に覆われているのは表側だけ。
その内側には魔物の素材がはちきれんばかりに詰め込まれている。
ハルトが開発した強化兵装より大きく、機動鎧と比べると小ぶりなこの機体は、この二年間の彼らの血と汗の結晶だった。
強化重装弐式『シラヌイ』、それが彼が身につけている鎧の銘である。
半年ほど前、国内を騒がせたレッドオーガという凶悪な魔物がいた。
魔法を使い、オーガ達を従えることのできるだけの知能を持っているオーガは、小さな村のいくつかを壊滅させ、多くの人間達を殺した。
トッド達はちょうど魔石の調達に苦戦していたため、父から討伐の協力を取り付けることに成功。
試作した強化兵装を使いながらトッド・ライエンバッハ・レンゲの三名で討伐することに成功し、ついでに周囲にいたオーガ達も狩り尽くした。
本来なら討伐隊を組んで行うほどの難敵だったが、強化兵装を用いたトッド達の敵ではなかったのである。
研究も進み、既に以前ほど大粒の魔石は必要では無くなっていた。
そのためオーガの魔石でも事足りるようになり、現在強化兵装はかなりの量の在庫がだぶついている。
大量の素材を手に入れることに成功したことで強化兵装の量産には目処が立ち、機動鎧の生産に取りかかることになった。
しかし機動鎧は今までの兵装とは勝手が違うらしくその製作には難航している。
そのため強化兵装から機動鎧を目指して改良された幾つかの実験して色々と試している段階だ。
今トッドが着ている強化重装は、機動鎧のように魔物の肉体をほぼフルで使うのではなく、着用者の体に沿うように筋肉や各種素材を削り、張り合わせて作られている。
オーガの肉体は強靱なのだが、内側から流す魔力の伝達には難がある。
そのため内側に以前使用していた雷ナマコや風ナマズと言った、魔力伝導性の高い素材を使用してその欠点をカバーしていた。
魔力を通すことで強化魔法を使った時と同等の効果が得られるようになっており、オーガの筋肉で補助された攻撃は、凄まじいの一言だ。
シラヌイで殴れば岩は陥没するし、剣を振るえば大木だろうが易々と断ち切れる。
未だ開発されてから一月と経ってはおらず、まだまだ強さに振り回されてはいる。
しかし強化兵装と比べると戦闘能力は大きく向上していた。
シラヌイを使うようになってから、トッドはようやくライエンバッハと互角に打ち合うことができるようになった。
「どうです殿下、使い心地は?」
「通気性とか最悪だけど、強力だから良し。ようやっと、ライと普通に打ち合える」
「いやはや、凄まじいですな。この鎧を下賜した時も思いましたが、トッド殿下といると何度も常識が覆される」
伸ばしている髭を扱くライエンバッハは、全身を黒尽くめの甲冑で覆っていた。
これは機動鎧に合金を使用することを見越して作った試作品、魔道甲冑乙式だ。
魔力との親和性の高いミスリルを混ぜた合金で鎧を作り、内側に強化魔法が付与された魔石を入れられるよう作られている。
外から見ただけではわからないが、開陳してみれば中にはびっしりと幾何学模様のような魔力回路が彫り込まれている。
これも鋳型を作り、簡略化して兵装の一つとする予定である。
「これを親衛隊……いや、王国軍へ正式に配備すれば隣国はおろか大陸を制覇することも不可能ではない。秘密保持契約を結ばされたことが、つくづく惜しいですな」
「いやぁ、それは無理じゃないかな。僕らみたいな変態がいるとは思えないけど、劣化した模造品なら魔道具作りに長けた人間がいればできるし。デッドコピーとか技術漏洩とか考えると、まだ表に出すのは早いと思いますよ、ライエンバッハ卿。人的資源で負けてるから、物量作戦でおしまいですからねぇ」
ライエンバッハは強化兵装や魔道甲冑等、幾つかの武装のテスターをしてもらっている。
その際に彼には守秘義務を課すことにしていたのだ。
決して違えることの許されない、国家機密レベルの最上級契約だ。
ライエンバッハは今、王とトッドの間の板挟みに陥ってしまっている。
トッドとしても早くその重荷を下ろしてあげたいところだ。
だがまだ今は早い。
力がない自分達が凄まじい技術を持っていたとしても、それを他国に盗られたりしては意味がない。
国がしっかりと秘匿しながら研究を進めてくれるだけの何かが、今の彼らには必要なのだ。
「やるんなら父上からの裁可が下り、絶対に信用できる人材を集めて秘密裏に進めなくちゃいけない。今僕たちがやることは……」
「山の民を征伐し彼らを兵力に加え手土産として凱旋、強化兵装を始めとした兵器群の有効性を実戦証明(コンバット・プルーフ)をして見せつける。そして国家レベルの予算を下ろしてもらう……ですか。ホントに上手くいくとは、私には思えませんけど……」
レンゲは不安そうな顔をしている。
彼女はトッドが言うように少数精鋭で山の民を抑えに行くこと自体を不可能だと考えている、反対派の一人だった。
実際の所、父であるリチャード三世も、トッドの外征には否定的な立場を示している。
トッドが提出した案は、わずかな予算と人員だけで挑む、とてもではないが成功するとは思えないような代物だったためである。
予算も持っていく食料代と整備費だけで、総額は王妃の月の遊興費にも満たない額しか請求してはいない。
連れて行く人員もトッド・ライエンバッハ・レンゲ・ハルトと王国親衛隊(ロイヤルナイツ)から数人ほど貸し与えられる者のみ。
国王にはかなり渋られたが、
『いざとなれば私が首根っこ掴んで生きて帰ります』
と言ってくれたライエンバッハのおかげで、近いうちに説得は叶いそうだった。
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