第5話
「トッド殿下、この強化兵装は凄いですよ。使えばリィンフェルトの雑兵程度なら鎧袖一触です。戦闘能力だけじゃなく、生存能力も上がります」
「あなたは飯島ハルトさんですよね? ここに来るまでに対応してもらっていた上司の方からは役に立たない奇想兵器と聞いていましたが、こうして直に見てみると……ふぅむ」
(あいつはまた僕の邪魔をして……無能な味方は、有能な敵兵よりも邪魔だとはよく言ったものだね)
ハルトは今度会ったときには残り少ない髪の毛を抜いてやろうと思いながら、しげしげとレンゲを見つめるトッドへ意識を戻す。
「魔力回路がすごく精密ですね。これは全て、あなたが?」
「ああいや、開発したのは僕です。それにこの子、レンゲちゃんが手直しして彫り込んでる形ですね」
「使っている素材は、魔物のものですよね。少し触っても?」
「え、あの……」
「もちろんです、どうぞご自由に」
一瞬のうちのアイコンタクト。
レンゲが明らかに嫌そうな顔をしているが、ここが正念場だとハルトは強い意志をもって睨みを利かせる。
隣国の王子ともなれば、下手に反抗することも許されない。
兵装にかこつけて何かをしようとしているのではないか、とレンゲは勘ぐっているようだ。
だがハルトは拒否は許さなかったし、心配もしてはいなかった。
トッドのきらきらした目、そしてレンゲではなく着用している物へ意識を向けている様子から察するに、恐らく殿下は自分と同じ穴の狢だろうということがわかったからだ。
高貴な人間は魔物に触れることを厭う。
魔物や動物の死体に触れると穢れが移るなどと考えている者も多いのだ。
にもかかわらずトッドは、率先して自分から触りにいこうとしている。
王族としてはおかしな振る舞いだが、ハルトからすればありがたいことだった。
忌避や拒絶ではなく、興味を持ってくれているのだから。
トッドは少し悩んでから、兵装の端の方にあたる手首の部分に触れた。
撫でて、つまんで、ひっぱって、その感触と弾力を確認している。
「これは……なんの素材?」
「ここらへんで取れる、雷ナマコの表皮です。雷を纏う性質状、この素材の魔力伝達率は非常に高いので……」
「実は僕も、こういう身に纏うタイプの兵器を自作してみたりはしたんだ。オーガ、こちら側で言う鬼の素材なんかも試したんだけど、中々上手くいかなくて……」
「鬼の素材なんか使っちゃダメですよ。あれは内側の筋肉に強化魔法を掛けて戦う魔物ですから。筋肉で兵装を作るとなれば量がいるため、複数体の素材が必要。でもそれだと魔力波が異なるので……」
「いや違う、僕はこういったボディスーツよりも更に大きな、鎧タイプを開発しようとしてたんだ。金属に魔物の素材を合わせればいけると思ったんだけど、なかなか上手くいかなくて……」
「使う魔石を……」
「この兵装の単価が……」
自分がまたセクハラを受けるかもしれないという恐怖を覚えていたレンゲは、すぐにハルトの方へ向き直ったトッドを見て毒気を抜かれる。
どうやら既に興味の対象が移っているようで、今はハルトと顔を突き合わせて何やら技術的なことを話していた。
(ああ、このお方もハルトさんみたいなタイプなわけだ)
周りが見えなくなるくらいに集中する阿呆……よく言えば、興味があることをとことん突き詰める真っ直ぐな人。
レンゲは視線を感じ、顔を上げる。
そしてその正体が、トッドとハルトの後ろにいる護衛の人から発されたものだとわかった。
彼は非常にすまなそうな顔をしている。
どうやら向こうのお守りもなかなかに大変なようだ。
『うちの殿下がすいません』
言葉に出さずとも、その顔と曲げた背筋が雄弁にそう語っている。
レンゲも『うちのハルトさんがすいません』と軽く会釈をして謝ってから、唾を飛ばすほど熱中している二人を見て呆れたため息を吐く。
トッド殿下は、まだいいのだ。
だって彼はまだ十歳の男の子で、世界のどんなものにも興味を持たずにはいられないお年頃なのだから。
(でもハルトさん、あなたもう三十超えてるいい大人でしょう?)
だというのに自分より二回り近く小さい子相手に楽しそうにおしゃべりして。
あれでは本当に、子供と変わらない。
(ホントに……ダメな人)
意気投合している二人を見て、レンゲは思わず笑ってしまった。
彼女の様子には全く気付かず、トッドとハルトは自分達の世界に入り込んでしまっている。
恐らくだがこれで、ハルトにはパトロンがつくことになる。
トッド殿下は将来国王となる人物だ。
パトロンにするにはこれ以上ないほどの優良物件だろう。
殿下ならハルトのネックになっている母親ごと、リィンスガヤに移住できるよう好条件を出すことも難しくはないはずだ。
そうなればきっとハルトは躊躇無く研究室を抜け、羽根のように軽く隣国へ行ってしまうだろう。
ズキン……。
胸に疼痛がやって来て、レンゲは驚きから目を白黒させる。
彼がいなくなることを悲しんでいる自分がいることに気付いたのだ。
自分は魔法が使え、かつ言うことを聞く部下だから行動を共にすることができていた。
二人の関係は、ただの上司と部下だった。
そして……上司と部下でしかなかった。
無理無茶を言われながらのここ二年間ほどの毎日を思い返すと大変でもあったが、同時に充実してもいた。
そんな日々が終わってしまうことに、寂しさを覚えてしまったのだ――。
寂寥を感じていたレンゲは、ハルトが黙って自分を見ていることに気付いた。
会話は何故か止まっていて、トッド殿下も黙って少し離れた場所で立っている。
(これはいったい、どういうことだろう)
状況が追いつかないうちに、ハルトが距離をつめてくる。
「あの、さ……もしよければ、なんだけど」
彼はいつになく歯切れ悪い調子で、視線はふらふらとあっちこっちをさまよっている。
不安からか緊張からか、何度も握りこぶしを作ってはほどいていた。
その様子は母親に叱られる前の子供のようで、相変わらず年相応の落ち着きというものがない。
「僕と一緒に、来てくれないかな」
そっと出される手は、レンゲの周りにいるどんな男達よりも細くて白い。
ただ恥ずかしさからか、頬はピンクになり耳は真っ赤に染まっていた。
レンゲはハルトのことを、研究以外にまったく興味のない人物だとばかり思っていた。
だが事実は違った。
ハルトはただ不器用で、自分の気持ちをまっすぐ伝えることのできないひねくれ者だった。
……ただそれだけの話だったのだ。
レンゲは息を飲み、小さく体を震わせる。
そしてゆっくりと右手を出して、ハルトの手を握った。
彼女は左手で目元の涙を拭いながら、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と、消え入りそうな声で呟いた。
こうして飯島ハルト、九条レンゲの両名は対妖怪特殊武装研究室を抜けリィンスガヤ王国へと渡ることとなる。
今から三年後にやってくる大災害、ヤマタノオロチの復活。
両名がそれを救う立役者であることを知らず、研究員達はこれ以上給料を渡す必要がなくなったことを喜び、笑顔で彼らを送り出していた。
これはトッドも後になるまで気付かなかったことなのだが、実は彼は転生して十年が経過したこの日に、初めて人の直接の生き死にに関わった。
本来であれば九条レンゲは、ヤマタノオロチとの戦いで命を落としてしまう。
そして彼女の死を目の当たりにしたハルトは、自分の開発した兵器がどんな化け物でも倒せるようにと、研究に狂うようになる。
そして強化兵装より更に重装備となった、機動鎧の開発に成功するのだ。
彼を狂気の開発者にしたトリガーは、レンゲの死にあった。
しかしレンゲごとハルトを引き抜いた結果、彼女の運命は変わる。
なし崩し的に告白まがいのことををしてしまった結果、二人は付き合うことになった。
本来なら愛する人を失った狂った研究者は、愛に気付きその手を取りながら歩み始める。
いくつかの相違点を生み出しながら、トッドは新たな仲間を増やしてリィンスガヤへと戻る。
滞っていた強化兵装の研究開発は、ハルトという人材が加わったことで飛躍的に進んでいくのだった――。
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