第3話
更に一年が経過し、トッドは九歳になった。
彼と同様弟妹達も順調に成長している。
ゲーム世界のどのルートと比べても、皆かなり幸福な暮らしを送ることができているはずだ。
タケルは上の兄姉達にいじめられることはなくなったし、エネシアも以前よりもずっと丸くなった。
エドワードは更に知に磨きをかけ、知的遊戯の勝率は現在ギリギリ六割といった感じだ。
あと一年もすれば、勝てなくなってしまうかもしれない。
危機感を覚えながらも、トッドは内心では、エドワードが自分の手に負えなくなってしまうのを楽しみにしていたりする。
本来ゲーム内ならトッドはこの時期になると、食欲に負けてブクブクと太り始めている。
しかし今のトッドはライエンバッハの鬼のしごきを受け続けていて、一日の自由時間のうちの半分近くを模擬戦や筋力トレーニングに費やしている(ちなみにもう半分は魔法の座学と実技だ)。
頭と体を酷使する生活のため、その体型はスラリとしていて筋肉がつき始めている。
エドワードには敵わないかもしれないが、見てくれは美男子と言っても差し支えないだろう。
この一年間で、トッドは見違えるように成長した。
流石に王家の血を引いているだけあって、彼には剣の才能も魔法の才能も並々ならぬものがあった。
めきめきと頭角を現すトッドに、筆頭宮廷魔導師のスラインは顔をほころばせたし、王国親衛隊騎士団長であるライエンバッハは鍛え甲斐がありますなと豪快に笑った。
彼が自由な時間を削りに削って自分の体を痛めつけているのは、今後機動鎧に乗り込むことを想定した上でのことだ。
機動鎧は魔物の素材や金属類に付与魔法を掛けることで、人間を超えた耐久性と運動性能を得ることができる兵器である。
しかしそれを操るのは人であり、そのパワーやスピードは機動士の身体能力に比例する。
そのため、強力な機動士になるためには、肉体の鍛錬は必須となる。
機動鎧の乗り手として、魔法で攻撃ができる魔法使い達より、一定の身体能力を持つ騎士達の方が重宝されるようになるのはこのためだ。
これより魔法兵という兵科は、徐々に廃れていく運命にある。
だが魔法が不要になるわけではない。
機動鎧、そしてその前身である強化兵装を作り出すには魔法が必要不可欠だ。
今後魔法使い達は戦闘員ではなく裏方、製造側に立ってもらうことが増えていく。
トッドが魔法の訓練をしているのは、自らが率先して動き、機動鎧を生み出すため。
――自分自身の力で、機動鎧を作ってみたい。
『アウグストゥス 〜至尊の玉座〜』をやり込んだトッドからすると、一刻も早く機動鎧を作り、それを操縦したいという思いが非常に強かったのだ。
剣の実力に関しては、今ならそこらの新米騎士には負けないだろうと、ライエンバッハからのお墨付きをもらっている。
魔法に関しては第二階梯と呼ばれる、熟練者だけが使えるようになる新たな段階へと足を踏み入れることに成功していた。
この世界での魔法について、少し説明をしておこう。
まず基本となるのは火・水・土・風の四元素。
これを元素魔法と呼び、一部の例外を除きこれらを魔法と称している。
各元素魔法は、一定の習熟度を超えると新たな効果を引き出せるようになる。
それを第二階梯と呼び、新たな力を使いこなせるようになった魔法使いは、宮仕えが許されるようになる。
第二階梯に至って得られる効果は、元素ごとに違う。
それぞれの効果を挙げていくと、
火 身体強化
水 回復
土 状態保存
風 付与
という風になっている。
魔法使いには、遠距離からを強力な一撃を放てる攻撃力がある。
だが、魔法を唱え続けるだけの集中力を保つことは難しい。
一度騎士達の標的にされた場合、鍛えている騎士達に体力で及ばず捕らえられることは少なくないのだ。
そのためある程度の才能がある魔法使いはまず、攻撃力が最も高く、第二階梯まで上がれば敵から逃げるだけのスピードが手に入る火魔法を学ぶ。
そして戦場で名を上げられるようになってから水魔法を学び、前線ではなく後方でも活躍できるように回復を覚えるというのが一般的な魔道士の流れなのだ。
だがトッドがスラインに教えを請うたのは火ではなく、土魔法だった。
嫌みや小言を笑って受け流しながら、七つになる頃には第二階梯に到達。
そして九歳になった現在では、次に教えてもらった風魔法でも第二階梯を迎えることに成功している。
どうやら筆頭宮廷魔導師のスラインからすると、トッドが土魔法などという役割の少ない元素魔法を使うことが気に入らないらしく、彼はたびたび火魔法を勉強するよう進言してきた。
スラインには普通に魔法を学ぶのが嫌な、反抗期特有の跳ねっ返りだと思われているようだ。
評価が低くとも別に構わないと、トッドもあえて訂正はしていなかった。
今後必要になってくるのが火ではなく風と土であること。
最終的には水魔法ですら優先順位が三番になることを教えても、理解してもらえるとは到底思えなかったからだ。
そして今後のことを考えれば、自分が魔法を使えるようになるだけでは足りない。
本当ならもうこの段階で、隣国リィンフェルトやアキツシマの土魔法使い達を囲い込みしたいくらいくらいだ。
だが現段階でそれをすることは難しい。
いくら王子とはいえ、渡される小遣いには限度がある。
自分の金ではなく国の予算を使い大規模に動くためには、機動鎧と強化兵装の有効性を父へ示す必要があるのだ。
未だ外出許可も出ない彼にできるのは、ポケットマネーで素材や触媒を購入し、強化兵装を自作しようと足掻くことだけであった。
これら全てはトッドからすれば将来のこと、これからのリィンスガヤのことを考えてのことである。
しかしながらここ最近トッドの評価は、明らかに下がり始めていた。
エドワードが社交界で華々しいデビューを飾り、トッドを凌駕する知性を発揮させるようになったことで、比較されるようになったのが直接の原因だ。
『華やかで気品のあるエドワード殿下と比べて、トッド殿下はどうだ。たしかに頭はいいのかもしれないが、やっていることと言えば傷だらけになるまで模擬戦をしたり、小遣いで気味の悪い物ばかりを買いあさったりとおかしなことばかりではないか』
『下賤の錬金術士のような物作り? 体に痕が残るような厳しい鍛錬? そんなものは王族のすることではありますまい』
貴族達からの評価は、おおむねこのような感じである。
最近ではトッドを神輿から下ろし、エドワードへ鞍替えしようとしている者も多いと聞く。
エネシアがタケルと遊ぶようになったのが気にくわないアイリスが率先して動いていると聞いた時は、さすがに苦笑が漏れた。
トッドに王位を継いでもらいたい父からは、王族ともあろうものが体に傷をつけるなどと何度も怒られた。
母からはそんなことをしてなんになるのです、その暇があれば火魔法の修行をなさいと呆れられた。
だがトッドに、自分の行動を曲げる気は毛頭ない。
自分よりもエドワードの方が王になるには向いているし、自分が身軽でなければできないことがこの世界には山ほどあるのだ。
本当なら周囲に気を配りたいところではあるのだが、そんなことをしている余裕は既にないのである。
――トッドが十二歳になる時、つまり今から三年が経った時にアキツシマでとある事件が起こる。
アキツシマで長い眠りについていたヤマタノオロチの封印が解かれ、いくつもの街が壊滅することになるのだ。
そしてそれを、飯島ハルト率いる強化歩兵隊が撃滅するのである。
騎士団の戦力では太刀打ちできなかった魔物を倒した飯島ハルトはその開発能力を認められ、冷や飯食らいから研究所の所長へと栄転。
今までは奇想兵器でしかなかった強化兵装の有効性が確認され、アキツシマはその量産に踏み切るようになり、その戦力を大きく増やす。
そしてその過程で……アキツシマで、機動鎧が完成してしまうのだ。
その後のリィンスガヤ王国、つまりは父である国王陛下の対応次第ではアキツシマと戦争になる。
仮に戦争になった場合は悲惨だ。
王国兵達はアキツシマの強化歩兵と機動鎧による混成部隊を相手に惨敗を喫し、機に乗じて攻めてくる隣国リィンフェルトとの二正面作戦を強いられる。
その中でリィンフェルトとの会戦でトッドを守るため、会戦自体には勝利するがライエンバッハが死んでしまう。
トッドは命からがら逃げだし、王国は不平等な条約を結ばされ、敗戦国の末路を辿る。
リィンスガヤ王国は疲弊し、放った密偵がアキツシマの研究員を攫って開発させた機動鎧で対抗できるようになるまでに、多くの国土と人民、そして金銭を失ってしまう……。
トッドは生き延びるため……そしてリィンスガヤ王国にいる皆に魔の手が伸びぬよう、なんとしてでもこのvsアキツシマルートを進まぬよう、動かなければならないのだ。
そして忘れてはならないのは、この『アウグストゥス 〜至尊の玉座〜』が迷作であるという点だ。
現状で訪れる可能性のあるバッドエンドは、実はもう一つある。
――両国の東側に位置しているエルナンド連峰に存在する山の民に、王が誕生することがある。
山の民は部族や氏族ごとに暮らしており、地球でいうところのポニーのような馬を乗りこなす騎馬民族だ。
子供から老人まで全員が弓兵を使い、背面騎射や立射なども行える軽騎兵である。
魔法の才能を持つ物は少なく、祈禱師等の例外を除けばほとんどいない。
強化兵装が生まれ馬に近い速度が出るようになってからは衰退していく運命にある彼らだが、今は王国にとって十分な脅威となりうる。
現在は度々略奪を行われてはいるが、まとまりに欠けているため、問題なく対処することができている。
しかし族王トティラが全ての氏族を平定し、山の民が一丸となった場合。
対応次第では……リィンスガヤ王国が、地図から消えることになるのである。
これは族滅エンドと呼ばれる、誰も救われないバッドエンドだ。
ゲームの目玉である機動鎧が開発されるよりも前に終わってしまう、いわゆる初見殺しエンドのうちの一つとなっている。
高い機動力を持つ軽騎兵に蹂躙され続け、リィンスガヤ王国は対応に四苦八苦。
トティラ率いる大軍勢が王都へ進軍し、会戦の後に国王が捕らえられる。
大量の金品と引き換えに身柄を交換し、国力が更に減少。
機を見て攻め込んできたリィンフェルトによって、王都が陥落。
王族は皆斬首され、刑場の露へ消えてしまう……。
そんな二つのバッドエンドを避けるため、トッドは動いている。
トッドが今やらなければいけないことは、大きく分けると二つ。
・アキツシマへ渡り、飯島ハルトをできれば部下ごと引き抜く
・東の山岳地帯にいる山の民に対処し、トティラが族王となるのを防ぐ
飯島ハルトがいなければ、アキツシマが武力を増やすことはなく、領土拡大の野心に囚われる可能性は減る。
そしてハルトにはリィンスガヤ王国で強化兵装、もしくは一足飛びに機動鎧を開発してもらう。
一応彼の人となりは知っているつもりなので、彼が何に食いつくかは理解している。
トッドの予想が当たっていれば、ハルトがこちら側につく可能性は高いだろう。
彼を味方にすることができたなら、アキツシマで起こった技術改革は起こらなくなり、上がるはずだった武力は現状のまま。
逆に開発に成功したリィンスガヤの武力は増し、両国の差は今よりも更に大きくなってくれる。
そうすれば戦争を回避することも難しくなくなる。
次は二つ目の山の民への対策について。
山の民は先に言った通り、氏族ごとに小規模な連帯を作って行動している。
そのため彼らがまとまり、一つの軍として機能するまでに叩いてしまえば、脅威の芽を摘み取ることができる。
その一環で、トッドは父に強化兵装の力を認めさせるつもりだった。
強化兵装を用い、蛮族の平定と強化兵装の実戦証明(コンバットプルーフ)に成功すれば、父も国家を挙げての生産を認めてくれるはずだ。
トティラが王となるルートを取らなくとも、どの分岐でも山の民は王国の目の上のたんこぶになる。
元々潰しておいて損はないのだから、何も問題はない。
ゲームにおいて、エドワードに外出許可が出るのは十三歳の頃だった。
プレイヤーはそこから後手に回りながら、諸々の手を用意して防御を固め、山の民の侵攻に備えつつ罠を張るのが最適解とされていた。
しかしこの世界に転生してきたトッドはエドワードより二つ年上であり、見捨てられかけているおかげで行動の自由度ははるかに高くなっている。
今の彼ならトティラが王になる前、そしてアキツシマで強化兵装が活躍する前に暗躍し、あらゆる可能性を手繰り寄せることができるのだ。
土魔法の状態保存と風魔法の付与を鍛えながらライエンバッハと戦い続ける日々はもどかしく、焦りだけが日々募っていった。
一人で強化兵装を自作するのは不可能だとわかったため、そちらには早々に見切りをつけている。
今のトッドは、弟妹やその母親達と親交を深めることに時間を使った。
元々家族愛の強いトッドにとって、この時間は何にも代えがたい、大切なものだった。
おかげでエドワードとの関係は相変わらず良好だし、タケルやミヤヒに思い詰めた様子もない。
ミヤヒとは共通の話題が少ないため、自然彼女の故郷であるアキツシマの話が多くなった。
それらをゲーム知識と照らし合わせ、齟齬がないかを確かめ。
元気を持て余しているタケルに稽古をつけてやることも、日常茶飯事になっていた。
そんな風に慌ただしくも、家族との時間を大切にする日々は、ある日突然終わりを告げる。
――彼が十歳になるのと同時、待ちに待った外出許可が出たのである。
トッドは父とミヤヒに頼み込み、彼女の実家の伝手を使ってアキツシマへと渡る。
(あとは……時間との勝負だ)
目指す先は――アキツシマが本州に位置する、ボウソウ半島だ。
ハルトが左遷されることになる、対妖怪特殊武装研究室。
アキツシマ特有の魔物である妖怪対策のために設立された出張研究室へ、トッドは急ぐ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます