第2話 これも日常、そしてこれからもずっと

「さてクズ……須田、今日は仕事ないから探してきなさい」

「あのさあ、二日酔いで立ち上がれもしないのにベッドの中から毒を吐くな」

「失礼ね、吐いたのは昨日飲んだポン酒だけよ」

「ポン酒言うな。あとさっきお前が吐いたものを始末させられた俺に感謝の言葉くらいないのか!?」

「あなたこそ私の嘔吐物を掃除させていただきありがとうございますの言葉がないわよ」

「言うか! どんなドMだよ」

「ドMのくせに」

「い、今性癖の話するな」

「罵られながら気持ちよくなってるんでしょどうせ? ふん、このへんた……おろろろろ」

「あーもう吐くなー!」


 朝からずっとこんな感じ。

 でも、これが別に珍しいことじゃないから困った話だ。


「ったく、吐いたら楽になったか?」

「うー……ほんと飲み過ぎたわ。今日は休みね」

「年中休みみたいなもんだろ。それに、就活とかはしないのか?」

「怪異の長たる私が面接官に頭を下げるなんてまっぴらごめんよ。そいや、須田は先生するんだっけ?」

「まあ、昔からそういう仕事がしたかったからな」

「ロリコン」

「なんでそうなる。全国の先生方に謝れお前は」

「あんたが人に何か教える、ねえ。ま、いいけどその変な体質でまた面倒なことにならないようにね」

「……わかってるよ」


 俺は昔から霊や妖怪が見えた。

 そして、なぜか自然とそいつらが俺に寄ってくる。

 取り巻く環境も、いつも妖怪絡みで困ったもの。

 父は高名な霊能者だったそうだが数年前に行方不明になったままで。

 その原因も怪異絡みだと、知り合いの人が言ってたっけ。


 この生まれ持った何のありがたみもない体質は、それでもそのおかげで妖子と知り合えたのだから一概に否定できるものでもないんだけど。


「ま、私は卒業したら動画配信でもしながら小銭稼ぐわ。撮影と編集はよろしくね」

「せめてそれくらい自分でやれよ」

「なによ、大卒の初任給なんてペラッペラでしょうから私が特別に家計の足しにしてやろうって言ってるのに」

「まあ、それはわかるけど……って、家計?」

「何驚いてんのよ。卒業しても一緒にいるんじゃないの?」

「いや、まあそうだけど」

「あら、もしかしてプロポーズでもされたと思った? ほんと、脳みそお花畑ねあんたって。さすがにそこまでしてはやらないわよ。たまには男らしくやりなさい」

「……わかってるって」


 付き合おうといったのも、一緒に住めといったのも確かに妖子から。

 じゃあやっぱりプロポーズくらいは俺の方からしろってこと、だよな。


「……結婚するか」

「いやよ」

「え、いやなの!?」

「当たり前よ。なんでそんな安っぽいプロポーズで私と結婚できると思ってるのバカじゃないのバカだったわねバカでしかないわ」

「いやいや今の流れだと普通そうだろ! あとバカバカ言うな」

「私はもっとロマンティックなところでそれこそ夜景の見えるホテルの最上階で家が建ちそうなくらいの値段のワインを飲みながら『どうか結婚してください一生あなたに貢ぎますから』って言われて初めて考えるわ」

「じゃあ一生お前と結婚はねえよ」

「なによ、好きな人のためにそれくらいしてやろうって気概はないの? ほんと見た目通り安っぽい男」

「別に俺だってちゃんとする気はあるって。でも、ほら、金はねえだろ」

「ま、そうね。だったらせめてホテルの屋上のビヤホールで飲み放題のワインでも飲んで冴えないこの町の風景を見下ろしながら言われたら婚約くらいは考えてあげるわよ」

「……ビヤホール行きたいのか?」

「迎え酒したい」

「あれってほんとにきくのか? まあ、飯もまだだし昨日のお金でそれくらいならいけるけど」

「そう、なら期待してるわ。あと、今日は財布をひもで縛っておきなさい。昨日みたいに失くしたら困るから」

「そうする。じゃあもう少し寝てろよ」

「ええ、おやすみ」


 


「ふあー、よく寝たわ」

「おはよう妖子。じゃあ、出かけるか?」

「ええ。早く準備しなさいクズ」

「待ってるんだよ俺が」


 寝起きから毒舌全開の妖子と一緒に近くのホテルでやってるビヤホールへ。

 最上階からの景色は別に感動するものでもなく、バイキング形式の安いところなので夕方からやってくるサラリーマンたちであふれかえるその場所にロマンも何もない。


 ま、これでいいっていうんだからお言葉に甘えよう。

 金がないことを恥じても金は沸いてこない。

 社会人になったらまっとうに働いて、堅実に貯金しよう。


「ええと、飲み放題でお願いします。最初はビール二つ」


 二人掛けのテーブル席に案内され、ちょうど窓際とあって二人で夕方の街並みを見下ろす。

 なんか視線を感じる。

 やっぱり妖子は目立つもんなあ。


「……でも、この町や大学に妖怪ばっか集まるのって、やっぱ俺のせいなのかな」

「思いあがらないで。妖怪ばかりが集う場所に、あなたが吸い寄せられてるだけよ」

「それもなんだかって感じだけど。でも、この体質のおかげで妖子に会えて、それこそつららとか他のみんなとも知り合えたわけだし悪いことばっかじゃない、か」

「そう思うならもっと私に感謝なさい。ほら、お肉食べたいからローストビーフ全部さらってきて」

「はいはい、あと他には?」

「ステーキとパスタと唐揚げもよろしく」

「へいへい」


 言われた品をごっそり皿に盛って、他の客から白い目で見られながら席へ戻ると妖子は運ばれてきたビールを飲みたそうに見つめながら待っていた。


「遅いわよ。ほら、乾杯」

「あ、ああ。乾杯」

「ん……ぶはっ、うまいわねえやっぱり。頭の痛みが飛んでいくわ」

「おっさんじゃねえかよやっぱり」

「なによ、一緒にいる気、失せた?」

「……そんなわけねえだろ。なあ、卒業したら」

「待って。妖怪の気配よ」

「え?」


 ビールを置いて、妖子の目が鋭くなる。

 慎重に辺りを見渡して、そのあと狐の耳がぴょこっと起きてぴくぴくする。

 ちなみに、妖子の耳や尻尾は俺や半妖の連中にしか見えない。


「……百々目鬼どどめきね」

「え、百々目鬼だって?」

「ええ。なるほど、手癖が悪いといえばあいつね」


 百々目鬼。

 多くの創作物で気持ちの悪い姿で描かれるこの妖怪は、もともと人間だった女が、手癖の悪さで盗みを働きまくった挙句、周囲の目が気になりすぎて全身に目が生えてしまい、妖怪化してしまったという話だったか。


 もしかして大学で起きた一連の窃盗事件や昨日俺の金がなくなったのもそいつの仕業なのか?


「で、どこにいる?」

「……そこの席よ。ほら、一人で寂しくお酒飲んでる女がいるでしょ」


 俺たちから少し離れたところで一人酒を飲んでおとなしく食事をしている、大学生くらいの髪の長い美人がきょろきょろと辺りを見渡している。


 そして、酒を飲み終えるとさっさと席を立った。

 

「ど、どうする? 追うか?」

「いいえ、百々目鬼は自分のうしろめたさから妖怪と化してしまった元人間。気が弱いのよ基本的には。だからそういう時は……」


 妖子はすうっと息を吸い込んでから、


「あー、ほんと人の金取るやつってクズよねー」


 大声で独り言のように、窓に向かってそういった。


「お、おい何を」

「あーもう、どうせバレるのによくやるわよー、一生こそこそしながら生きていかないといけないってのにねー」


 わざとらしい棒読みで、誰に向けてともなく大声でそんな風に話すと、席を立った女がじろっとこっちを見ながら寄ってくる。


「……あなたは?」

「あら、顔は案外普通じゃない。私は妖子、あなたは?」

「……塙田はなわだといいます」

「なるほど、百々目鬼にはぴったりな名前ね」

「あ、あの……どうして私がそうだと?」

「決まってるでしょ、一人でこんなとこに来る割に人目を気にしてるなんて変だもの。一人飲みする人なんて、人の目は気にしないものよ」

「……」

「ま、ここに来たのもお金目当てなのかもしれないけどやめておきなさい。盗むほどにあなたの目は増えていって、いずれ本物の化け物になるわよ」

「……わかってます。でも、私、どうしてもお金が必要で」

「なら働きなさい。楽して得た金なんて残らないものよ」


 なんて妖子が偉そうに言ってるが、どの口が言うんだと盛大にツッコみたかった。

 ただ、まだ妖子の説教は続く。


「それに、理由は聞かないわ。どうせ弟の学費がとか、親が倒れてとか、そういうお涙頂戴な動機なんでしょうけどダメなものはダメ。奪うなら堂々と男にでも貢いでもらうのね。あと、仕事なら紹介してあげるわよ」

「え、仕事を、ですか?」

「ええ、あなた下級生でしょ? 私たちは今年卒業だから、やってる仕事を引き継ぐ相手も欲しかったし後日私のところへ連絡なさい。それじゃ、盗ったものは返して、今日は家で反省するのね」


 妖子はピッと名刺をその子に投げつけてから、しっしと手で追い払う。

 女の子は深々と頭を下げて、その場を去る。 

 その瞬間、なぜか重苦しく感じていた無数の刺すような視線が消えた気がした。


「……あの子が、妖怪とは信じられないな」

「妖怪というより、妖怪に飲まれかけた人間ね。私たちみたいに生まれつきそうであるものもいれば、自分の行いによって怪異に変化する人間もいるのよ」

「でも、そんな子に仕事の後任を任せようなんて、正直意外だったな」

「どこがよ。一度妖怪とかかわってしまった以上、あの子はこれから私たちみたいなのといっぱい遭遇して苦労するわ。どうせ苦労するなら仕事にして金にしてしまった方が効率いいでしょってこと」

「いや、それはわかるけど。妖子が人の心配してるなんてちょっと意外だったもんでな」

「私をなんだと思ってるのかしら。須田のくせに生意気よ」

「はは、そうだな。さて、ワイン頼むか」

「ええ、デキャンタで持ってきてもらいましょ」


 少しぬるくなったビールを飲み干して。

 ワインが届くと二つ出されたグラスに注ぎあって。


 改めて乾杯した。


「んー、飲み放題のでもおいしいものね」

「値段じゃないんだって。世の中金よりいいものはたくさんある」

「でも、お金がないとできることは限られるし人生義理人情で乗り切れるほど甘くもないわ。いい? しっかり働いて私を一生苦労させるんじゃないわよ」

「肝に銘じておくよ。妖子、卒業してお金貯まったら結婚してくれ」

「お金が貯まったらね。ボーナスは全部私が預かるわ」

「使うなよ」

「使わないと意味ないでしょ」

「おいおい」

「ふふっ、そんなに早く結婚したいの?」

「そうだよ、悪いか?」

「いいえ、その気持ちをずっと忘れないことね。忘れたら燃やすわよ」

「へいへい、せいぜい捨てられないように日々懸命に働くさ」


 あと半年ばかりで大学生活は終わるけど。

 これからもずっと、彼女の毒舌を浴び続ける日々は変わらないのだろう。


 ま、それもいいさ。

 

「さて、俺らも帰るか」

「なによ、まだ飲み足りないわよ」

「家で飲めばいいだろ。会計は……って、財布にお金戻ってきてるぞ?」

「あの子も反省したのね。じゃあそのお金でもう一軒よ」

「いや待て、妖怪も物理の法則には逆らえないってのはなんだったんだよ」

「かっこよさそうなセリフだったから言ってみたかったのよ」

「ったく……」


 この後、店を出てもう一軒はしごして。

 べろべろに酔いつぶれた妖子を背負って家に帰る。


 今日は月がきれいだ。

 満月を見上げて、気持ちよさそうに眠る妖子を見る。


 ……きれいな寝顔だ。

 月はきれい、なんて言っても「私の方がきれいでしょ」って言いそうなやつだけど。


 ま、それでも起きたら改めてプロポーズするか。

 また、怒られるかもだけどな。



 おしまい



 

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半妖な彼女との騒がしい日々 ※「G’sこえけん音声」音声化短編コンテスト作品 明石龍之介 @daikibarbara1988

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