半妖な彼女との騒がしい日々 ※「G’sこえけん音声」音声化短編コンテスト作品

明石龍之介

第1話 これが日常

「さてカス……いえ、須田、事件の依頼よ」

「普通に人のことをカスっていいやがったな」

「なんのこと? あなたの耳が腐ってるんじゃないの? それとも証拠の録音テープでもあるのかしら?」

「……で、事件ってなんのだよ」


 部屋での会話。

 一応、こんな会話をしているがこれは付き合っている男女の会話である。

 こんなに彼女に罵倒されててなお関係を続ける須田って男は一体どんな人物なのだろうかと首を傾げる方も多いかもしれないが、それは自分自身でも庇い切れないから情け無い。


 俺は須田春彦。

 霊や妖怪が見えるという特別な家系に生まれた。

 そして高校まではそのせいであれこれといじめられて、心機一転入学した大学で、彼女と出会った。

 

 半妖。

 妖狐と人のハーフという、銀髪の絶世の美女に。

 

「私の彼氏を名乗るならいい加減説明がなくても何が起きてるかくらいわかるようになりなさいカス」

「わかるか! ていうかどうしていつもいつもそうなんだよお前はさ」


 玉藻妖子たまもようこ、それが俺の彼女であり、今目の前で俺を罵倒し続ける口の悪い半妖女の名前だ。

 まあ、どうして妖怪がいるんだとか、どうしてそんなのと仲良くなったんだとかって質問は受け付けない。

 とにかく大学にいた。

 で、知り合ってしまった。

 そして絡まれて巻き込まれた。

 馴れ初めを探られたところでそうとしか言いようがないのである。


 で、ともかく、俺は半妖の妖子と知り合って、彼女がお金欲しさに始めた大学内でのトラブル解決なんて危ない仕事に付き合わせられる羽目になって、そんでやっぱり色んなトラブルに巻き込まれた末に、彼女と付き合うことになった。

 そこから三年間、更に散々な目に遭い続けているのは言うまでもなく。

 来年からは社会人になるというのに、未だにこんなアホな仕事に付き合わされている。

 そして彼女と未だ付き合っている。


「なによ、私から告白させるような甲斐性なしの一文なしのいくじなしなくせして、反抗する口だけは立派なものを持ってるようね」

「甲斐性なしで一文なしでいくじなしは認めるけど、この口は間違いなくお前といるせいでこうなったんだ」

「自分の欠点を棚にあげるだけでなく、あろうことか私のせいにするだなんて見下げた根性ね。いいわ、今日のところは帰るからあとはよろしく」

「そうやって面倒ごとを押しつけて帰ろうとするな! あと事件の説明しろ!」


 まあ、いつもこうである。

 依頼を受けてくるのは彼女だが、働かされるのは俺。

 いや、だからなんでそんな女と付き合ってるんだって? 

 俺が聞きたいよ。

 ……なんて言えばぶっ殺されそうだけど。


「ふん、いいわ。特別に教えてあげる。どうも最近、大学内で盗難事件が多発してるそうなのよ」

「へえ、あんまり聞かないけど」

「それはあなたが友達いないからでしょ」

「ぐぬっ……ま、まあそれは否定しないけど。それよりただの窃盗なら警察に言えばいいだろ?」

「それがそうもいかない事情があるからこうして私たちに依頼が来てるんでしょ? 考えたらわかるでしょタコ、バカ、ボケ、ち○こ」

「いやいや言い過ぎだよ! で、そうもいかない事情ってのは?」

「ロッカールームとか部室とか、とにかく鍵がかかってるところでばかり起こってるそうよ。しかも、被害に遭った生徒が言うには、部屋に入る前にはちゃんと施錠されてたって」

「つまり密室での犯行ってやつか。なんだよ、本格的な事件じゃん。ていうか妖怪の仕業か?」

「ま、あなたみたいな能無しには一生迷宮入りな難事件だから期待してないけどとりあえず解決して」

「お前頼む気ないだろ……」


 とまあ、しかし事件の概要とやらはわかった。

 そうと決まればまずは足を使って聞き込み調査だ。

 実際に被害に遭った人や、被害者と同じ部活やサークルに所属する人間一人一人に話を聞いていくとしよう。


「じゃあ妖子、早速大学に戻るぞ」 

「ええ、頑張って」

「お前もくるんだよ!」

「嫌よ、私は働かずして人のお金で生活したいの」

「ほんまもんのクズだな!」

「そのクズに告白されて、顔を真っ赤にしながら「お、おお、俺も好きだぞ」とか言って逝ってたのはどこの誰かしら」

「い、言ったけど逝ってはない!」

「ま、私は私で動くから。よろー」


 ベッドに寝転んで、大きな狐の尻尾をパタパタさせて俺を追い払う。


 仕方なく一人で部屋を出て、大学へ。

 今俺たちが住んでいるのは大学前の通りにあるワンルームの学生マンション。

 学生で同棲とは生意気だな、なんてことはどうか言わないで欲しい。

 毎晩酔っ払ってその辺で暴れてる彼女を持つと、同棲でもしないとやってられないのだ。


「ふう……しかし大学に来たはいいけど誰からあたっていけばいいんだ?」


 妖子の言う通り、俺は大学に友人と呼べるは少ない。

 でもまあ、顔見知りならたくさんいる。

 腐っても妖子は美人。

 銀髪をなびかせる少しつり目のスタイル抜群美女ともなれば当然学内では有名人だし、その彼氏ってだけで俺も多少目立ちはする。


 だからってわけではないが、


「あ、須田っちやん! 何してんの一人で?」


 ちゃんと女の知り合いも一応いる。

 まあ、みんな例に漏れず妖怪なのだけど。


「あ、つららか。いや、また仕事の依頼がさあ」

「へえ、勉強もせんとよー働くなあ。卒業したら探偵でもやったらええんちゃう?」

「俺は教員志望だ。大学を出たら絶対に真っ当な人生を送るからな」

「へえへえ頑張ってや」


 正門でばったりあった知人のつららは、ショートカットの似合う目の大きな美人。

 色白でスタイル抜群、いつもその足の長さを自慢するかのようなジーパン姿の彼女は実は雪女と人間のハーフ。

 まあ、出会った時は凍らされて山に持ち帰られそうになったり色々あったが、今はこうしてよく喋る仲だ。


「つらら、最近盗難事件が多発してるって話、知ってる?」

「あー、それ最近よー聞くなあ。なんや、鍵のかかった部屋の、更に鍵のかかったロッカーの中にある財布から金抜かれとるってやつやろ?」

「そ、そうなんだ。へえ、有名なんだ」

「なんでも怪盗ルパンが出たっちゅうて大騒ぎやん。え、もしかして須田っち知らんかった? まあ、友達おらへんもんなあ」

「ぐっ……」


 そうです、やっぱり友達はいませんよ俺は。

 でもまあ、有益な情報をくれるがいるだけマシと思おう……。


「いや、助かった。なんか他に情報あったら教えてくれ」

「へいへい。ていうか妖子やったら水晶使ったら犯人くらい特定できんちゃう?」

「あ」



「おい妖子、水晶使ったら犯人見えないのか?」


 つららに言われて思い出したが、そういえば俺の彼女は半妖の中でも絶大な力を持っているんだった。

 怪異の王様、妖怪の頂点とも言われる金毛九尾の狐の血を引く彼女は、その妖力を通わせた水晶を使って様々な情報を見ることができる。


 例えばちょっと未来のこととか、人の心の内側とか、万能ではないけどそれを使えば犯人のヒントくらいは得られるはずだ。

 特に妖怪絡みだったとすれば、その痕跡なんかはすぐにわかるはずだけど。


 しかし、


「え、あれ疲れるからパス」


 尻尾をふりふりさせながら相変わらず起きようとしない体たらくな態度で俺の方を見ようともしない。


「いや、やれよ!」

「なんてね。あんたが思いつくようなことくらいもうやったわよ。でも、結構被害者の心理状況を探ったりしたけど、誰も犯人に心当たりがある様子がないのよ」

「と、言うと?」

「ほんとアホね。普通、金を盗まれたりしたら身近な誰かを疑ったりするでしょ? ほら、同じ部室を使う人同士とか」

「ま、まあそれはそうだけど」

「それがないって、変でしょ? もし私の財布からお金がなくなってたら真っ先にあんたを疑って火炙りにして殺すじゃん」

「待て、容疑が確定する前になんで殺すんだよ」

「だって須田だし」

「だってになってねえよ!」


 いや、付き合う前の話だが、綺麗な妖怪にホイホイついていくたびに燃やされたりしたっけな。 

 うん、こいつならやりかねない。

 いや、あれは俺が悪いのか……。


「で、最新情報。被害に遭った人の大半が、大学に抗議して数万円を弁済してもらってるのよね」

「ふーん、まあ大学としても、そんな不用心な学校だと思われたくないから揉み消してるってことか」

「はあ……そこまで言ったら大体わかるでしょ? え、わからない? まあわからないか、須田だし」

「おい、気になる言い回しの中に罵倒を入れるな」

「あら、そういう皮肉はわかるんだ。須田なのに」

「お前は俺のことをなんだと思ってるんだよ!」

「何って、彼氏でしょ」

「う、うん……」


 さらっと、こういうことを言われると俺は弱い。

 なんか勝手に照れてしまっていると、妖子はあくびをしながらベッドから体を起こして膝の上に肘を立てて頬杖をつく。


「ま、結局を言えば泥棒なんていなかったってことよ」

「……どういうこと?」

「正確にいえば、泥棒は無限にいるともいえるかしら」

「よ、余計にわからなくなったけど」

「バーカ。つまり、自作自演の詐欺って話よ」

「……詐欺?」


 泥棒を探していて、詐欺とは一体どういうことか。

 頭の固い俺にはなんのことやらさっぱりで。

 首を傾げていると妖子は呆れたように説明を始めてくれる。


「つまり、最初こそほんとに盗難事件があったのかもしれないけど、その子が大学に抗議したらうっかり盗られた額より多い金額を返してもらえたもんだから、それを誰かに嬉しそうに自慢した。そんで、その話を聞いたやつが、じゃあ自分もお金を盗られたってことにして大学に抗議すればお金もらえるじゃんって発想に至って、実際に貰えたらそれを得意げにまた誰かに話す。それを繰り返していくと、こういうことが起こるってわけよ」

「な、なるほど……」


 つまり、大学側の隠蔽体質をうまく利用して、被害者ぶってお金を巻き上げてる連中が多発しているっていうわけか。


「で、でもなんでそうと言い切れるんだ? それこそ妖怪の仕業ってことも」

「普通の人はまず、『妖怪に金を盗まれた』なんて発想に至らないの。まずは身近な人を疑うのが普通なのに、誰もそうじゃないってのがそもそもおかしなことなのよ。あと、妖怪はお化けじゃないの。物理の法則には逆らえないから鍵かかってる金庫からお金を持ち去るのは無理よ。それに、大学生がそんなにみんながみんな、財布の中に何万円も入れてないでしょ。うち、お金持ち学校でもないってのに」

「なるほど……」

「ま、そゆこと。事件解決したことはあんたの方から報告しといて。で、解決したのは私だからちゃんとお金は私に持ってくるようにね」

「……でも、ほんとに解決なのかこれで?」

「ま、試しに大学側に、弁済なんてバカな真似をやめさせてみたらいいわよ。そうしたらそのうち、泥棒なんていなくなるから」


 そう言って、妖子はまたベッドに寝転ぶ。

 まあ、半信半疑なところはあったけど、俺はこの話を依頼主である大学の教授のところへ一度もっていくことにした。



「ふむ、なるほど。さすが妖子ちゃんだ。一度上層部に話をしておこう」


 大学の教授室の一室にて。

 この大学の創立者の一人にして、なぜか教授という立場に落ち着いている有栖川教授にさっきの話を報告した。


 彼こそが俺たちに仕事を回してくる張本人。

 なんの因果か知らんが半妖ばかりが集まってくるこの大学で起こる様々なトラブルを解決してほしいと彼に頼まれたことが、そもそも俺のキャンパスライフを狂わせた元凶である。

 爆発したみたいな髪の毛の、痩せたボロボロの見た目だが、これで結構金持ちである。

 そして妖子の熱烈なファンでもある。

 もう四十過ぎだというのにアホな中年だ。


「でも、これって立派な詐欺になりませんかね?」

「まあ、証拠があればの。しかし、人の財布の中身がいくらだったと証明できる人はおらんし、実際返金した大学側にも事件を隠蔽したいという下心があったわけだから、今更どうにもなるまいて」

「まあ、嘘つきは泥棒のはじまりっていいますが、今回はその嘘自体が泥棒の正体だったってこと、ですか」

「そゆこと。ま、一週間ほどして泥棒の話が消えたらこの仮説が事実だったと認めることにしようかの。振り込みはそれからってことで妖子ちゃんに伝えておいてくれい」

「あ、妖子から伝言で、即日手渡しじゃないと金輪際口をきかないそうです」

「はい十万円」

「……毎度あり」



「よーし、飲みに行くわよー」


 金を持って部屋に帰ると、妖子は意気揚々と出かける準備を始める。

 毎回こうだ。

 トラブルを解決して謝礼金をもらうたびに朝まで酒を飲んで散財して。

 宵越しの金どころか、宵を越す前にすっからかんになる。

 金なんて貯まるはずもなく、なんならこいつのせいで借金まで背負わされたことだってあった。


 全く、いい加減この性格だけはどうにかしてほしい。


「あのさ、そろそろ俺らも卒業なんだからお金貯めたりしない? ケチケチしろとは言わないから」

「何よ、稼いだ金はパーっと使わないとまた入ってこないのよ。ほら、金は天下の回し者というでしょ」

「回りものだ。なんだその神様に使わされたスパイみたいな金は」

「あら、私のミスを指摘できるなんて光栄に思いなさい、須田のくせして」

「斬新なミスの認め方をするな。で、いくのか?」

「いいじゃん、最近依頼もなくて飲みに行けてなかったし。二人で外食も久々でしょ?」

「まあ、それもそっか。じゃあいくか」


 まあ、容姿以外はダメダメな最低女にしか見えないだろうけど。


 でも、俺は別に嫌々彼女と付き合ってるってわけでもない。


「いらっしゃいませー」

「大将、生二つちょーだい」

「あいよー、生二丁目ありやとやーす!」


 近くにある居酒屋の暖簾をくぐってすぐにビールを頼んでから並んでカウンターに座る。


 俺の隣に座る絶世の美女に、ほかの客はいつも釘付けになる。

 しかし、そんな視線なんて気にもせず、妖子は俺の方だけを見る。


「ほんと、こうやってあんたのつまんない顔見ながら飲むのもすっかり慣れたわね」

「つまんない顔で悪かったな。連れて帰ってもらえるだけありがたく思えよ」

「別に置いてってもいいけど、なんて言っても心配でそんなことできないんでしょうけどね」

「……まあ、彼女だから」

「付き合う前からそうだったでしょ。しかも私以外の子でも、みんなホイホイ助けて。で、騙されて死にかけて、バカよねあんたってほんと」

「そのバカの彼女を何年もしててよく言うよ」

「嬉しいくせに」

「……嬉しいよ」


 なんて会話をしていたらビールがきて。

 乾杯っとグラスを当てて一気にそれを飲むと、疲れや悩みがパーっと吹っ飛んでいく。


「ぷはっ。あーうまいなあ酒は」

「昔は酒なんてまずいって言ってたのに、ほんとおっさんみたいなこというようになったわね」

「お前は最初っからおっさんみたいなこと言ってビール飲んでたけどな」

「そのおっさんみたいな女のことを好きって言ったのはどこのどいつかしらね」

「……好きなんだからいいだろ。嫌か?」

「んーん、むしろ途中で心変わりなんかしたら呪ってやるんだから」

「はいはい。それより、おかわり頼むか?」

「今日は気分いいから日本酒。付き合いなさいよ」

「はいはい」


 酒を飲む時はだいたいこんな感じだ。

 なんだかんだ、こいつといるのは居心地がいいというか、しっくりくるのだ。

 口は悪いしお金大好きな妖子が、それこそ貧乏で冴えない俺なんかを選んでくれた理由は知らないけど。

 聞いても「死んだら墓の前で言ってやる」なんていうから知ろうとも思わないけど。

 でも、こいつも俺といるのが嫌いではないってこと、みたいだ。


「須田ー、お酒もっともってこーい」

「飲み過ぎるなって。歩けるうちに帰るぞ」

「うるさいわね、あんたが連れて帰ればいいでしょ」

「そうなるのはもう覚悟してるよ……」

「なによ、ちょっとばかりお酒が強いからって偉そうにしないでよね。ふん、いいわよ今日は絶対に先に潰してやるんだから」

「張り合うなよ。美味しく飲んだらいいだろ」

「嫌よ、怪異の頂点たる私のプライドってものがあるのよ」

「へえへえ、好きにしてくれ」

「大将、そんじゃ日本酒あと四合!」

「あいよー、日本酒四合ありやとやーっす!」



「うー、ぎもぢわるい……死ぬ……須田殺す……」

「だから言っただろ……」


 あの後、日本酒を勢いよく飲み干してぶっ潰れた妖子は完全に動けなくなって。

 店のカウンターで介抱中。


「……うう、明日絶対起きるの無理」

「明日は授業ないし帰ったら寝てろよ。飯は俺が作るから」

「……そうやって甘やかしてると、甘えるわよずっと」

「別に。厳しくしたって甘い汁だけ飲みにくるくせに」

「あはは、よくわかってんじゃん須田のくせ、に……」


 どうやら寝たようだ。

 寝たら毒舌だろうが妖怪だろうがなんだろうが、等しく静かになる。


 やれやれ、今日も終わりだ。

 アパートに帰って妖子をベッドに寝かせると、ツンケンした昼間の態度からは信じられないほど穏やかな表情で眠る彼女に目を奪われる。


 ……綺麗な寝顔だなほんと。

 でも、こいつがこうやって俺の前でだけ自分を曝け出してくれるのが、結局俺も嬉しいんだ。


 だからこいつから付き合えなんて言われた時には心臓が止まりそうだったっけ。


 あとで何かされるんじゃないかってビビりすぎて、返事もろくに出来なかったもんな。


「ま、そんなのも俺たちらしいか。大将、お会計お願いします」

「あいよー、ちょうど二万円になりまーすありやとやーす!」

「どんだけ飲んだんだよまったく……」


 ま、今日くらいは俺が出してやるか。

 まだ解決かどうか確定してない事件の報酬に手をつけたくないし、こうやって妖子と飲むのも久しぶりだからな。


 明日からまた貧乏生活だけど。


「……あれ? 財布の中に金がない」

「お客さん、どうしました?」

「い、いや……あれ?」


 家を出る時、たしかに三万円くらいお金を入れてたはずで。

 ずっと財布はバッグの中にあったはずなのに。


 ないのだ。

 財布の中がすっからからんだ。


「え、なんで?」

「お客さん、もしかしてお金ない?」

「い、いや……お、おい妖子、さっきの十万円貸してくれよ」

「むにゃむにゃ……須田……ごちそうさま」

「お、おい寝るな! おーい」


 この後、妖子のかばんからお金をとって払ってことなきを得たけど。

 翌朝、お金が減ってることに気づいた妖子はずっと怒ってて。

 甲斐性なしの泥棒野郎と散々だった。


 果たして俺の金はどこに消えたのか。

 しかし全く検討もつかず。

 さらに昨日俺が進言した案が早速採用されて、大学側は弁済を行ってもくれなくて。


 そのことを妖子に愚痴ると、「まあ、世の中不思議なことだらけよ。私とあなたみたいにね」なんて笑われて。


 なんか俺が損しただけの事件として、この話は終わったのだった。


 


 


 



 

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