第45話 曲者揃いの初配信① #見に徹する
逸材が三人いれば二期生に回そうと思っていたが、俺のお眼鏡に叶う人物は定員通りの二人だけだった。
奈瀬とは違った方向にぶっ飛んでいるもう一人の一期生だが、腕は確かである。
今日は遂に奈瀬の初配信の日で、もう一人は明日だ。
諸々を工面してどちらも3Dアバターからという、新設事務所とは思えない振る舞いっぷりである。
これはもう親切事務所ですわ! ガハハ! あ、はい、つまんないですね。
「何だか最近になって時間が経つの早いなぁ」
面倒になった作者が遂に時飛ばしを解禁したのかと思ったわ。……作者ってなんだ?
まあ良いや。
新人の晴れ舞台だ。俺もコロンも視聴する予定である。
奈瀬は緊張とは無縁な性格をしてそうだから、然程心配はないがどんなスタンスで配信に臨むのか。どういう設定、キャラなのか。
そこはコロンにお任せした。
配信のノウハウは俺とは比べものにならないし、学ぶならコロンだと思った。俺は一番参考にしてはいけない人物だからな。
一応、設定は公開されている。
だが、その設定が一番信用ならないことは他でもない俺だから知っている。
憶えてる? 俺って魔界から来た悪魔見習いのイケメン小悪魔なんだぜ? 誰だよ。
今やてぃんてぃんしか言ってないやべぇ奴扱いされてるじゃねぇか。リスナーに取り柄は生物学的な性別だけ、と評されてるだけあるわ。
「どれどれ……魔界出身の雪女……? 魔界好きだな……。んで、現代日本で歌姫目指して修行中と。なかなかに狂った設定だな。なんで魔界出身の雪女が歌姫目指すんだよ。もうちょっと細かい設定くれよ」
そこに至る道筋が謎でしかないのだが。
……まあ、Vtuberの設定としては別に珍しくないか。多分。
「つか、始動前なのに登録者5万超えてるのか……。それだけ注目度が高いのかね。俺が作った事務所の一期生だからな。さすがに注目するか」
恐らく配信が終わった頃にはもっと増えているだろう。
知名度だけで10万は行くんじゃないだろうか。後は奈瀬次第だ。
俺の登録者も100万まで秒読み段階だ。記録に頓着しない俺とはいえ百万という数字には感慨を覚える。
あいつらの初配信が終わったら百万記念、もしくは百万人を見守る配信でもしようかなぁ。
記録と言えば、記念配信したの一万人の時だけだぞ……?
スパチャとか興味無いしな。でも、たまに開けて欲しいって言われるしファンサの意味を込めて記念配信の時にだけ開放しようかなんて最近思っている。
「なんか知らんけど超有名yoituberの動画に俺の話題が出たらしいからな。百万は今日中にも行きそうだな」
はぁ……なんでTSしたんだよオワリ社長さんよぉ……。
前の世界では登録者1000万人を超えていたオワリ社長という有名yoituberは、TSを果たした今でも1000万人を超えたトップyoituberとして名を馳せている。
そんな有名人に紹介されるのは嬉しい……けど、複雑なんだよ。俺が知っている人と同一人物なのか。それが分からないし、やってることが同じでもどこか違和感を感じる。
それは考えても詮無きことだから純粋に喜んでも良いと思うけど。
「知名度を上げるのは悪いことじゃないからな。……っと、そろそろ配信が始まるな」
世界に思いを馳せるのもこれくらいにしておこう。
過去を見るより今を見ていたい。
☆☆☆
Loadingと表示された画面は、所々に雪が散りばめられている装飾で、雪女らしいと言えた。
ーー
『もうすぐ始まるな』
『あの黒樹が直々に面接したんだろ? やべー奴だって』
『いや、でも黒樹程の逸z……カスがいるか?』
『当たり強すぎワロタw』
『黒樹と同じ魔界出身らしいが……なんか関係があんのかね』
『そういやそんな設定だったか』
『黒樹は魔界産まれとしか説明できないよな。あんな奴がワイらと同じ位階で誕生したとか梃子でも信じねぇwww』
『なんか学がありそうな奴が黒樹を罵倒すんのオモロw』
ーー
「俺の話題で盛り上がんなよ。てか罵倒一色で草」
一瞬だけ洗脳が進行している奴がデレを出したが、強い精神力で耐えたようだ。……下僕も侮れないな。
全く酷いな……とは大事であるはずのリスナーを下僕呼ばわりして洗脳している俺が言えた話じゃないんだよなぁ……。
勝手に周りが変わってるだけだから俺は悪くねぇんだ。うん。
そんな言い訳を胸中で繰り広げていると、Loading画面が解除され、真っ白な肌に青い目をした雪女……ん? 雪、女……??
いや、顔の造りとかは人間らしくない真っ白な肌と白い長髪なんだけど……なぜか現代風な衣装とともにマイクを持っている。
黒いTシャツにジーンズという簡素どころかファッションとして『うーん』となってしまう絶妙なダサさ。
それを思いっきり助長しているのが、Tシャツに書いてある『BIG…so big…』の文字である。
ナニが大きいんだよ。
そして、そんな衣装を着てるとは思えない無表情っぷりである。
「おいおい大丈夫かよ……俺、敬語の奈瀬しか知らねぇから本来の喋り方とか全く把握してないな……」
社長失格すぎてワロス。
所属している人物について把握しとけよと思われるかもしれないが、所詮俺はなんちゃって社長なのである。現場主義というか、現場でしか生きれない、イキれないクソ野郎だ。
ヤバい。ポジティブの俺が珍しく自虐をするほど奈瀬を心配している。
そして遂に奈瀬、改め『
いや、名前よ。
「歌姫目指して修行中の『TINTIN』所属、バーチャルyoituberの冷冷音色よ。誰も初見で読めないと思うけど名字はひやひや、よ。よろしくね」
面接で聴いた通りの冷ややかさを感じる声だった。
なるほど、雪女というのもあながち間違いではない、と感じさせるだけの迫力があった。ただし名前。
ーー
『ひやひやは草』
『草』
『掴みバッチリじゃんwww』
『黒樹も名前は普通だぞw』
『ひやひやて』
『冷たい声音してんのに、真顔で『TINTIN』言ってて噴いた』
ーー
「魔界じゃ普通なのよ。雪女の一族は全員ひやひや、れいれい、もしくはつめたつめた、よ」
ーー
『嘘つけ』
『狂った一族だなおいw』
『つめたつめた、はもう名字として機能してないんよ』
『てか、ひやひやって当て字じゃねぇかw』
ーー
初っ端からやりおる……。
初切りという、最初の掴みが良くないと切る勢力が一定数存在するが、少なくとも奈瀬の掴みは良いように見える。
「今回は自己紹介配信だから……私のことを知ってもらう、ということになるわね。まあ、プロフィールは概要欄でも見ておいてちょうだい」
ーー
『丸投げは草』
『自己紹介する気ある?w』
『それ事後照会なんよ』
『上手いこと言ってるコメントあるなw』
ーー
「仮にも歌姫を目指しているのだから、紹介は歌で済ませるわ。早速で悪いけど何曲か聞いていって」
上手いな。
奈瀬の強みは何か、と言われれば一番は歌だ。歌姫目指しているとも書いてあるしそれは一目瞭然だろう。
恐らくあいつは初配信という場で長々と長尺取って話すことを避けた。まだ不慣れだからだろうと思う。
そのため丸投げという形で笑いを誘いつつ、すぐさま歌への流れを作った。
「俺が見込んだ歌姫さんよ。見せつけてやれ」
不敵に笑った俺を余所に歌姫の第一歩が刻まれた。
「──♪(JAS◯AC!!)」
ーー
『やば』
『うま』
『言葉が出てこない』
『なんで今まで無名だったんだ……? もしくは元歌手?』
『エグいて』
『これは逸材ですわ』
『褒めてやるよ黒樹。今だけはなぁ!』
ーー
なぜか俺に飛び火しつつ何曲か歌い終えた後、コメント欄は絶賛の嵐だった。
俺のリスナーがほとんどの癖に奈瀬にはべた褒めである。なんか複雑だわ。
それはそうと本当に上手い。
歌枠の配信者としてマイクやら何やら歌うための設備は全力で投資しただけあって、かなり奈瀬の魅力を伝えられている。
人を惹きつける。簡潔に言えば、人の心を動かす力が奈瀬にはあった。
それは現代の歌手と比べても遜色ない。
というより、ネット向けに歌っているだけあって聞き取りやすく耳心地が良い。
「我ながらいい拾いものをしたな。というよりかは、自分で応募してきたから引き寄せられたのかね」
運命。
そんな言葉が浮かんだ。
だが生憎それは俺がこの世で一番嫌いな言葉だ。運命論者アンチではないがな。別に個人の考えを押し付けるつもりはない。
ただあるべき必然でさえ運命という言葉に置き換える思考放棄状態を嫌っているだけ。
上手く行くとすぐに運が良かった、と言うように即物的なものに縋る人間が多い。ガチャとかは別だぞ?
「──ふぅ、ありがとう。こんな感じで歌っていくわ。配信スタイルは、歌枠を多めに。ゲームとかコラボ、雑談も行う予定よ。じゃあ、リスナーの呼び方とかタグ付けをしましょうか。何か案はないかしら?」
初配信の醍醐味とも呼べるリスナーの呼び方とタグ付け。俺は適当にやってしまったため、是非とも確りとやってほしい。
ーー
『歌枠助かる』
『会社で残業してる時に癒やさせてもらうわ……』
『社畜ネキ頑張れ』
『呼び方かぁ』
『一族とか?w』
『ワイら全員ひやひやかよw』
『うーん、ひややっこでええんちゃう?』
ーー
「ひややっこ、良いわね。それにするわ。今日から貴方たちはひややっこよ」
良いのかよ。
ーー
『良いのかよ』
『ひややっこで良いのかw』
『適当すぎん?w』
『確かに語感は良いけど()』
『まあ、特色を捉えてて良いんじゃないすか(諦め)』
ーー
「何よ。美味しいじゃない。ひややっこ」
ーー
『何 ら 配 信 と 関 係 ね ぇ』
『草』
『いや、好きだけども』
ーー
「これから貴方たちは、ひややっこを好きと言う度に自分のことを愛するナルシストになるわ」
ーー
『最低の布石を残していきやがった』
『ひっでぇことをしやがるwww』
『ひややっこが好きでナルシストはヤバいて』
ーー
草。
俺もひややっこ好きなんだがな……。
ーー
黒樹ハル『ひややっこ好きなんだけど……』
『黒樹おるやん!!』
『逃げろ!』
『新人を物色とは随分偉い立場じゃないの』
『黒樹「俺、社長……」』
『草』
黒樹ハル『いや、社長(笑)だから良いけどさ』
『草』
『社 長 ( 笑 )』
『仕事しろ黒樹』
ーー
俺がコメントした途端賑わい始めるリスナーたち。
ある程度の自己紹介が終えたからコメントしたけど、ここまで盛り上げ、もとい罵倒されるとは。
「黒樹様!? いつ男根を見せてくれるのですか!?」
ーー
『おい、ちょっ』
『男、根……?』
『おい、清楚っぽかったじゃねぇか……!!』
『いや、この世に清楚な女はいないだろ、どのみち』
『確かに。じゃあ良いか』
ーー
良いの!?
この程度はどうも日常茶飯事レベルらしい。
じゃあ俺はどうなんだよ。ある意味レベル低い変態呼ばわりされてる俺はどうなるんだよ!!
「おっと、取り乱したわ。敬愛する先輩が現れたら男根を見せてもらうのが普通よね」
ーー
『それは普通じゃないんよ』
『目を覚ませ、黒樹だぞ……?』
『こいつ、世にも珍しい完全洗脳個体じゃんか』
『黒樹め、懐柔したリスナーを採用するとは外道……!』
『まあ、普通のやつを黒樹が採用するわけねぇよな』
『まだ男根って濁してる辺りセーフ』
ーー
何気に扱いが良いのと、俺がさり気なく黒幕にされてんの何で??
くそったれ、何しても飛び火するじゃねぇか。
あと、それは普通じゃない。
一般常識学んでもろて……あ、ダメだ。この世界の女としての常識がインストール済みだからあかん。慎みを覚えてる人いない?
仲嶺は例外として、清楚のデフォがシスターだった場合俺は泣くぞ。
「……あ、タグ付けの最中だったわね。もう面倒だから、配信中のタグは#ひやひやV、ファンアートは#やっこアートで良いわ」
ーー
『適当かよ』
『こいつさては黒樹が来たからどうでもよくなったな?』
『絶妙に文句の言えない出来なのが腹立つw』
『良いんじゃね(適当)』
『一期生最初は歌ウマ洗脳被害者か……』
『被害者w』
ーー
言い得て妙。
「被害者なんて失礼ね。なるべくしてなったのよ。謂わば自然体と言っても過言ではないわね。どのみち出会いなんて黒樹様が世界を変えない限りないのだから、その希望を託した上で尊敬するのは普通のことよ」
ーー
『いやぁー』
『痛いとこを突きやがる』
『ワイらと違ってツンが無い……!』
ーー
なんか下僕らが悩んでて草。
罵倒されて怒ることはあっても、配信の一貫としてそれを楽しむことができる。何気に気にしているところ悪いがお前らはそのままでええんやぞ。俺のメンタルが砕け散って再生するだけだから。
「さて、歌を歌ってムラムラしてきたからそろそろ配信終わるわよ。リアルの都合で一週間に3日の配信になるけれど、その都度Tnitterで告知するから、良かったらフォローよろしく。それと、私のことが少しでも気になったらチャンネル登録の方お願いするわ」
ーー
『配信止める理由草』
『歌を歌ったらムラムラするのか……いらない知識がついたな』
『草』
『週3日か。黒樹が異常なだけであってそれが普通だよな』
『ま、期待の新人が入ってきたってことで』
『明日が不安であるw』
『登録してやるよ。仕方ないからな!』
ーー
「みんな、それと黒樹様も見てくれてありがとう。それじゃあまた会いましょう」
またツンデレ発症しとるやん。
俺は切れた配信画面を見ながらホッと一息ついた。
「何とかなったか……」
さすがに俺が手掛けた一期生の初配信は、俺自身も緊張した。練習を積んだとはいえ、本番とは違う。
変なトラブルも無かったし一安心である。
「明日もまた見守ろう」
初配信はまだ続く。
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