第44話 俺に面接官をやれというのが間違い
結局仮眠を取れないまま面接の時間がやってきた。
面接を受けたことはあるけど、面接官になったことなんてあるわけがない。友達の内輪ノリで面接ごっこ的なことは経験あるが、流石に貴方の性癖はなんですか? とは聞けないしな。
……いや、ありかもしれねぇ。
普通じゃない俺が面接やって普通の面接になるわけないよな。
恨むべくは俺を面接官に任命したコロンに言ってくれ。
何かあった時に悪いのは大抵上の人だからな。そういう基準で言ったら社長の俺になるけど、ぶっちゃけ社長(笑)だし、事務所で一番権力無いの俺だぞ。笑えねぇ。
「一人辺りにかける面接時間が二十分だとして、五十人だから千分。つまり16時間とちょっと。草。2日に分けてもキツイんだけど。俺が」
今日は午後一時から十九時まで。
明日は午前十時から二十時まで。
俺の精神的疲労がヤバい。
ただでさえ面接官なんて大層な役目に就いて、緊張で死にそうだと言うのにぶっ続けで何時間とか過労死させるつもりかよ。
面接の形式は、俺はアバターで、あっちは顔出しのリモート面接だ。
正直、視聴者は顔が見えないから配信の方がまだ緊張しない。一対一で話をする面接の方がハードル高い。
「ヤバいて。あと十分で一人目始まっちまうよ……」
おぇっ、吐く。
何だかんだ鋼のメンタルだとか、精神的なバケモンとか謂われのない誹謗中傷を受けているが、本番に強い自覚はある。ただその本番前の待ち時間がひたすら地獄なだけなのだ。
「ふぅ……切り替えるしかないな」
最初のふぅ、は別に賢者モードになったわけじゃないからな??
☆☆☆
「うーん、なかなかピンと来る人材がいない」
十人の面接を終えた感想である。
どいつもこいつも真面目というか、俺のリスナーじゃねぇなぁ、というのが分かる発言だった。
別にそれは良いんだけど、俺が変な質問をしても真面目に答えるし明らかに配信者に向いてないわ、強い欲求もないわ、でがっかりだ。
多分俺のネームバリューを聞いてなぁなぁで受けたやつだな。そのくせ書類は良い出来なのだから浮かばれない。
「俺みたいに弾け飛んで一周回って人間超えてるような人材いねぇかな。じゃなくとも、配信者向けな奴とか。面接なんてやる側の趣向で違うんだから……こう、ウィットに富んだ回答が欲しいよな」
高望みしすぎかぁ……?
もし誰も見つからなかったら全員落とすしな。
第二次募集かけるしかねぇ。それくらいこっちはガチでやってる。
「よし、そろそろ時間か」
気持ちを切り替えて面接に臨む。
次に表示されたのは、美人揃いのこの世界においてもかなりレベルの高い容姿を持った少女だった。
怜悧な瞳に濡羽色の美しい髪が腰ほどまである。
服装は……制服のようだ。大人っぽく見えるがまだ高校生らしい。
って書類に書いてるじゃん。
可愛いという美しい、大和撫子の言葉が似合う少女だ。
だからと言って何か対応を変えるほどアホじゃない。
「えー、まず自己紹介お願いします」
すると、その姿通りの透き通った美しい声音が響いた。
「はい、
まあ、テンプレートな文だな。
だが、その冷たく感じる瞳は言葉の勢いとともにただ者じゃない雰囲気を感じさせた。
何となくこいつは今までとは違うと俺の勘が囁いた。
俺の勘はよく当たる。
見ろ、奈瀬とやらの瞳を。
分かるぞ……変態の目だ。俺とタメを張れるほどの性癖の拗らせを感じる……!
……さすがにそれは無いか。
勝手な偏見で過度な期待をかけるのはこの少女に悪い。
「はい、よろしくお願いします。では次に志望動機をお聞かせください」
ここで俺が合格を出す細かい基準を発表しよう。
おおよそ3つを判断基準にしているが。
まず一つ目は、何かを叶えたいという強い欲求と、それを叶えるための明確なビジョンがあること。
二つ目は、社会におけるある程度の教養と礼儀。
三つ目は、俺が気に入る人材であること。
三つ目に関しては完全に私情だが、ぶっちゃけ一つ目と二つ目が合致していれば気に入る。
一つ目は言わずもがなだが、二つ目はいらぬ軋轢を避けたいことだ。
配信というのは結構気を遣う。
NGワードだったりするのが公然の常識だと思われているため、これを破ると確実に炎上する。
それと配信者同士のトラブルを無くしたい。
……まあ、面接は誰しも取り繕うから完璧に判断することは不可能なんだけど、細かな所作だったり口調とかを見る予定。
過去は振り返らない主義だから、例え前科あっても受け入れたいところだが……リスク高い。今、更生してるかどうかなんて俺に分かるわけないし。
ま、今回前科持ちの志望者はいなかったからいいんだけどな?
さて、この少女は3つの判断基準を満たすことができるか。
「はい、私が御社、と言いますかVtuber黒樹ハル様について知ったのはつい2週間前のことでした。友だちに黒樹様を薦められ存在を知りました。そして、私はあっという間に黒樹様の虜となりました。巧みなワードセンス。例の言葉を連呼しても飽きさせない洗脳の才能。バーチャルの世界におられているのに、まるで身近にいるのではないかと錯覚するほどの親近感。視聴者に寄り添う配信のスタイルは私の心を踊らせました。そこで私はVtuberという職業が気になり、調べ色々視聴した結果、私は言葉でしか知らなかったVtuberを好きになったのです。いずれ私も、という淡い希望を胸に抱き始めた時、黒樹様の一期生募集を知りました──」
「なるほど」
リスナーだったのか。
それなのに俺を尊敬してるような雰囲気が漂ってる。
……ふむ、珍しい完全洗脳済み個体か。
つか、普通に洗脳の才能とか言うなよ。ただ布教してるだけじゃごら。
べた褒めで少々照れる。
開発者のドロっとした褒め方ではなく、純粋な讃辞は廃れた心に癒やしを与える。
まあ、俺の配信を見て正気でいられるってことは、人間としてはどこかズレた正気じゃない奴ってことになるからな。
微かな期待は大きな期待へと変化を遂げ、俺は続きを促した。
「この事務所に所属したら、どのようなことを成し遂げたいですか?」
少女は画面越しからでも伝わる迫力を瞳に携え言う。
「はい、私は……男性に非常に強い興味があり、男性と会えるなら笑顔で排泄物を食らってやるくらいの気概があります。正直に申し上げますと、事務所に所属することで黒樹様と直で会い、その欲求を解消したうえで、黒樹様の目指す理想の世界の一助を担いたいと考えています。男性が社会に進出するならば、私はどんなことをしてでも助けになります」
見た目とのギャップがえぐちぃ……。
満面の笑みで言ってるよこいつ。
特に笑顔で排泄物を食らってやる、というセリフだけが真顔なのも説得力があるな。多分こいつ本気だ。
男性目当て……俺の事務所を出会い系扱いすんなよ。
とは言え、嘘ではないことや、確かな強い欲求を感じるのも事実。
俺は微かに冷や汗を垂らしながら問うた。
「ちなみに俺と会うことで欲求を解消する、って何をする気……?」
思わず敬語が取れるくらい危機感がある。
捕まらないと思うけど児ポはやだ。
少女はニコリと微笑んで言った。
「男根を見せていただけたら……」
「多少は取り繕えよ」
「いえ、てぃんてぃんと言わないだけ取り繕っているつもりですが」
「言っちゃったよ」
取り繕い方が俺と同レベルじゃねぇか。
それ言い訳なんよ。本気で取り繕う気ないだろ。
もう面接官であることを忘れて素で話すくらいには、俺は衝撃と歓喜を感じていた。
だが、下ネタを延々と話すだけなら俺の二番煎じになってしまう。
配信者として大事なことはオリジナリティ。マジョリティに没さないためにも、独自の『色』を出す必要があるのだ。
つまりは俺がこの少女に求める最後のピースは、配信者としての才能。
「では、自己PRをお願いします。これは他の配信者との差別化をどう図るか。Vtuberとしてどううちに貢献できるかを見ています」
そう言うと、少女は微かに考え込むような姿勢を見せて、これまで以上の強い眼差しを俺に向けてきた。
「差別化、というものを完全に図れるかは分かりませんが、誰にも負けない自信があります。──歌を、歌っても構いませんか?」
なるほどそう来たか、と俺は思った。
事務所として活動していくためには、他の配信者と配信スタイルが似過ぎるわけにはいかない。
それは登録者が分散してしまうからだ。新たな層を取り込むことができないとも言う。
現状、うちは『トーク』『暴露』、という要素がある。いや、暴露が圧倒的に目立ってるなおい。
……まあ、足りていないピースは幾つかあるが、その中でも歌の上手い人を見つけるのは難しい。
だが、普通に上手い程度では俺を満足させることはできないぞ。
少女は徐ろに立ち上がると、息をすぅと吸い込んで歌い始めた。
「──可愛い女の子と出会いたぁぁぁぁぁいい!!」
「ここに来てそれ歌うの!?!?」
「え、JA◯RAC的に……」
「ここ面接だしそんな規約はねぇよ!!」
びっくりしたわ。
流行りの曲でも歌うのかと思ったら俺のかよ!
……でも、最初の叫びだけで惹き込まれるような圧迫感があったな。特徴的で耳に残る。
「とりあえず自分の持ち曲を歌ってくれ」
「分かりました。では行きます……てぃんてぃんれぽりゅーしょん」
「待て待て待て、フリじゃねぇのよ」
俺が急いで止めると、少女はピタリと動きを止めて呆れたような声を出す。
「はぁ」
「なんでお前がやれやれみたいな感じ出してんだよ。ボケ役の俺がなんでツッコミを……」
「存在がギャグですもんね」
「落とされたいのかお前」
いや、俺がすでに面接官としての責務を放棄してるから良いんだけどさ。それで落としたらお前の面接に臨む態度はどうだったのよ、って話にも発展しかねないし。
少なくとも思ったよりユニークな性格であることはわかったわ。
「ガチの持ち曲歌ってくれる?」
「分かりました」
すると、少女は俺でも聞いたことのある有名な曲を歌い出した。
この世界で最も有名なアーティストの歌う曲だ。
「──♪」
「すごいな……」
思わず唸ってしまうほど少女の歌は上手かった。
仕事に遅刻してしまいそうな会社員も立ち止まらせるであろう魅力を持った力強い歌声だ。
決まりだ。
雑談配信でも十分にできる対応力。
差別化を図る歌声。
動機はあれだが強い欲求。
奈瀬律子を一期生として採用する。
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