第37話 まさかの正体

 神連が対談の場として用意したのは、神連の息がかかったとある飲食店だ。本当に何者なんだよあいつ。

 貸し切りにしていて、安全面をかなり配慮している。


 車で移動しながら俺は3人で打ち合わせをしていた。


「確認するわね。まず、私が話をつけるから呼んだら来て。あとのことはあんたに任せるけど、くれぐれも油断しないように。まあ警察に付き出すならそれが一番だけどね」


「国家権力に半分癒着してるらしいし、すぐに釈放されんだろ。あー、でも、男性保護法違反なら管轄違うしいけるか?」


「そうなると私の管轄ですね。それにしても、自分が携わった法で逮捕されるって、すごい滑稽です」

 

 なかなか言うじゃないか仲嶺よ。

 実際そのとおりなんだけどな。


 謎の女からもらったUSBには、膨大な証拠があって、どれを告発しても大問題になるほどだ。

 表であれだけ騒いでいるくせに裏では悪どいことをやっている。典型的な悪役で笑っちまうわ。


「てかさ。警察官と保護官って仲良いの? 色々複雑そうだろ」


「仲良いと表現することは難しいですね。でも、どちらの長も同一人物ですので組織としてはまとまってますよ。時には提携することもありますから」


「そうなのか。上が同じなら何とかできるんだな」


「あんた、そんなことも知らなかったの? さすがに常識よ」


「常識をお前に語られたくないわ」


 転移してきてまだ一ヶ月も経ってねぇんだよ。仕方ないだろ。一々そんなことを覚える暇はない。組織名ならともかくトップの名前は知らないわ。


「……っと、そろそろ着くわよ」


 意外に近いな。

 家から二十分ほどの場所に構えるのは、飲食店と大仰に纏めるにはこじんまりとした装いだった。

 だが、今回ばかりは都合がいい。話をするのにもってこいだ。


「ここは私の叔母がオーナーをしている場所なのよ。セキュリティも備わってるから変な心配をする必要はないわよ」


「親戚か。どうりで。俺のことは伝わってんの?」


「もちろんよ。というかあんたのリスナーよ」


「マジか。世界狭いな」


 まさか下僕だったとは。

 なら興奮することは無いな。不本意だが今においてそうは言ってられん。


 なんて話をしながら車を降り、そそくさと店内に入った。


「いらっしゃい」


 待ち構えるように仁王立ちでいたのは、神連と同じ真っ赤な髪だが、短い。

 どこかボーイッシュな雰囲気を感じさせる女性だった。

 例に漏れず美人である。

 俺はこの世界の顔面偏差値に対する疑問が再び湧いた。


「んで、あなたが………っ!? はぁ……ふぅ……よし」


「リアル百面相じゃん。器用だな」 


 何があったかと言えば。

 まず俺を見て驚き顔を赤くする。恐らく男性だと分かったのだろう。

 続いて興奮したように息を漏らし妖艶に笑う。

 そして、俺の正体が黒樹ハルだと察し俯いて深呼吸。


 顔を上げた時には、何事もなかったかのようにカラリと笑っていた。


 すごい複雑。


「いやぁ、男!? ってビビったけど黒樹じゃん、って。なんかこいつに興奮するのは癪だしすぐ落ち着けた。存在が萎えるね!」


「蹴るぞてめぇ。存在が萎えるってもうダメじゃん。最上級の罵倒よ。マジで」


 良い笑顔でサムズアップをした神連叔母にキレる。間違いなくうちのリスナーだ。この一瞬の会話で全てが分かった。

 俺の扱いを変えろ!! マジで!


「良いじゃない、別に。拗れることもないんだから」


「そういう問題じゃないんだよ。俺の精神安定的な問題。お前、男に存在が萎えるって言われたらどうよ」


「じゃあ、勃たせてやんよ!! ってなる」


「無敵か。少しだけそのメンタルを見習いたいわ」


「でしょ?」


「別に褒めてねぇのよ」


 頭空っぽか。

 神連の何でもかんでも自分の都合が良いように考える精神性は、まるで俺の上位互換を見ているようだ。

 年中頭ハッピーセットの奴に何を言っても無駄らしい。


「そうそう。すでに相手さん来てるけどどうする? そろそろ時間でしょう?」


 神連叔母の掛け声で俺たちの不毛な争いは終わりを告げた。仲嶺は相変わらず保護官として徹しているようで、ほのかに口元は緩めているが黙っている。

 そんな変化もグッドです。


「あ、そうね。じゃあ、私が行くから扉の前で待っていてちょうだい」

  

 どうやら相手さんはすでに用意された個室で待っていた模様。社会人の基本である十分前行動ができているようでなにより! 俺? できたことないけど……。

 一時期『ごめん、待った?』が口癖の最低野郎だぞ。そりゃ彼女ができないわけだよ。


 と、そんなわけで神連が先陣を切った。


 恐らく何かしらの説明をしているだろう。


 きっと、夜旗薫もそう簡単にボロは出さないはず。まずもって自供させることが第一条件である。

 そこは男であることとその他諸々を使ってなんとかするしかない。

 うん、ぶっちゃけ無策。


 策なんて

     あるわけなかろう

             てぃんてぃん!




 俺たちは扉の前で十分ほど待った。

 機密性は高いらしく、話し声など一切聞こえてくることがない。

 個人経営の飲食店で何で機密性高くしてんだよ。


 という俺の心の声が聴こえたのか、神連叔母がふと言った。


「ここねー、お偉いさんとか結構来るんだよ。だから、個室が何個かあんだよね。だから、私には聞こえないし安心しな」


「なんで個人経営の店にお偉いさんが来るんだよ」


「個人経営だからこそ。元はそういう目的で作ったからね。今は口コミが広がってそうじゃなくても賑わってるケド」


「あんたらマジで何者なんだよ」


 そういう目的で作ったってことは、そういう依頼があったってことだろ? つまり、お偉いさん事情に精通しているわけだ。

 神連といい、なんで俺の周りにホイホイやべぇ奴らが集まるんだか。

 え、俺が筆頭? 分かりませんねぇ……。



「入ってきていいわよー」


 扉からヒョコッと顔を出して、いつも変わらぬ平然とした表情で神連が言った。

 どうやら話がついた模様。


「いくぞ仲嶺」


「はい」


 俺たちは互いに頷き合って扉をくぐった。


 ここから先は腹の探り合いだ。

 いかに相手の表情や心理を突いて要求を飲んでもらう必要がある。


 個室に入ると、そこにはテレビで見た通りの蛙顔、でっぷり太った様相────ではなく、紫紺のショートカットと少しばかり怖い印象を与える吊り目。タイトスーツを着た、見るからに仕事ができそうなキャリアウーマン然とした女性がいた。


 え、誰……?


 と固まっている間に、女性は俺の顔を確認し立ち上がる。

 とてつもなく怒気のあふれた表情で。

 そしてぷるぷる震えながら俺を指差して叫んだ。



「お、お、お、お前が黒樹ハルかあああああぁぁぁぁ!!!!! この腐れ外道品性ゼロの極悪クズ野郎がよおおおおおおおおお!!!!」



「え、そこまで言う?」


 なんで俺の正体最初からバレてんの?

 ねえ、神連さん。ねえ、ちょっと、っておい! 目を逸らすな!!



「そもそも貴方は誰ですか?」


 俺が唐突の罵倒に思考停止しているところを、仲嶺に助けてもらった。

 おお、おぉ、一番聞きたいことよ。


「フゥー、フゥー、あなたはクズの保護官だな。私は夜旗薫だ。テレビと全く違うだろうが、これが本当の姿だ。あれは所謂変装。何かと不便で危険な世の中でな。保護法に反対している奴らに狙われないためにも普段はこの姿でいる」


 叫んで疲れたのか、息を整えた後事情を説明した。

 

 変装というか……逆変装だな。

 テレビが変装していて、プライベートが普通とはまた考えたな。


 というかナチュラルにクズ扱いされてるんですけどぉ?


「てか、俺に何か恨みでもあんの? あんたに何もしてないと思うけど?」


 俺が発言した途端、ギョロリ、と夜旗の瞳が俺を捉え再び叫び出す。


「お前は黙れええええええ!!!」


「情緒不安定かよ。ウケる」


「なーにがてぃんてぃんだ、貴様!! 下品なやつめ! そこはおてぃんてぃんだろおおおお!! おをつけろ、おを。それが私は気に入らんのだあああぁぁああ!!」


「え、そこ? キレてた原因そこ? どっちでもよくない? てぃんてぃんの呼び方に貴賤なしだろ」


「あるわ! 神聖なものなのだ、おてぃんてぃんは。ち◯こもち◯ぽもおち◯ぽもペ◯スも陰茎もてぃんてぃんも全て下品!! 世界はおてぃんてぃんで統一すべきなのだ。許せん。まだ愚かな女どもが言うなら許せたが、本物の男! 最も神聖であるべき男がてぃんてぃんだと……? おをつけろやてめえええぇぇ!!!」


「えぇ……今まで生きてきた中で一番の言いがかりなんですけどぉ。なにこいつ怖い。それとして美人が下ネタ叫ぶのはアリだな」


「褒めるな虫酸が走る!」


 ひっでぇ。

 顔を振り乱しながら叫ぶ姿はクールっぽいという最初のイメージを完全に崩し、頭のおかしい同類、というカテゴリーに変換された。


 意見は違えど同類か……。その熱意は本物のようだ。

 

 だが俺とて譲れないものはある。


「この頭でっかちのバカが!!!」


「──っっ!!」


 反論されるとは思わなかったのか、驚きと敵意の視線をもって返される。


「呼び方なんて建前でしかないんだよ!! 本質はそれがてぃんてぃんを指しているということだ! お前が愛しているのは言葉としてのてぃんてぃんなのか!? それとも、実在している下半身の物体なのか! どっちなんだ!」


「くっ……確かに一理ある。だが、呼び方にも価値はある!」


「なに……?」


 苦し紛れではない。

 確かな信念があるようだ。その証拠に夜旗の瞳はギラギラと諦めていない。


「世の中に蔑称というものがある通り、呼び方によって人の受け取り方は様々だ!! なぜかち◯こと言うよりち◯ぽと言った方が興奮するようにだ!」


「くっ、確かにそれはその通りだ。なぜか『こ』より『ぽ』の方がどこかセンシティブな気がする……!」


 一本取られた。素直にそれは認めよう。

 同じ言葉を指しているが呼び方が違う──所謂同義語に感情としてのナニカを抱くのも事実。

 

 夜旗の意見は止まらない。


「そうだ。だからこそ、人に悪印象を抱かぬ陰茎の呼び名はおてぃんてぃんだ。それは譲れない。そして街角インタビューでの結果も出ている」


 お前、街角インタビューまでしたのかよ。

 くそ、どれだけの行動力と情熱だ。敵ながら天晴。


 しかし──俺には負けられない理由があるんだっ!


「──もし、おてぃんてぃんへの言論統制が完了したとて、それは果たしてお前が望む未来へとなりえるのか? 人が言いたい下ネタを叫び、そして笑い合う。それが最良の未来なんじゃねぇのかよ!! お前は自分の意見を通したいだけなのか!? 笑い合うを未来を作りたい、男性も含む全てが笑える社会を作りたいんじゃないのか!!」


「……ッ」


 俺の気勢に夜旗が身動ぎした。

 思うところがあったのか。


 俺はテレビで複数回こいつが話しているところを見たことがある。

 夜旗は男性の保護を訴えていたが、その一方過ごしやすい環境を整え男女が交流できる未来を想像していたようだ。笑い合うために。


 それは世間への建前かと思っていた。

 だが実際に話し、疑心は確信へと変わる。


 こいつは本気で未来を変えようとしていた。

 

 ただそれだけのことだ。


「お前が今やるべきことはなんだ? 俺への憂さ晴らしか?」


「違う、な。……ふっ、私はいつの間にか自己中心的になっていたようだ。それを世間の意見だと勘違いした上でな。だがそれは間違っていた。てぃんてぃんに貴賤なし。その通りだ。……助かったよ黒樹。私はお前を認めよう」


 ふっ、と自嘲げに微笑した夜旗は憑き物が堕ちたようにサッパリと綺麗に見えた。

 

「はっ、お前に認められなくともいずれ自分から全世界に認めさせるわ。俺という存在を知らしめる。……残念だったな。本当はそこにお前をいられたら良いが……」


 俺は胸ポケットからUSBを取り出した。


「こんな不正をしているようではな」


「不正……?」


 夜旗は訝しげにUSBを受け取り、持っていたパソコンへと繋ぎ、中の資料を見た。

 すでにバックアップ済みなため、もしこの場で壊しても証拠隠滅とななりえない。


 しかし、夜旗は顔を強張らせたが徐ろに呟いた。


「これは私の不正ではない……。むしろ、敵である保護法反対派のトップの不正だ」


「なんだって?」


「あぁ、追い詰める方法を探していたが、まさかこんなところで手に入るとはな」


「え、じゃあまじかるおてぃんてぃん教団は?」


「度々、問題になっていた輩か。資料を見るにそれも反対派トップの仕業だな」


 えぇ……マジで?

 じゃあなんのために俺たちここに来たんだよ。


「……じゃあ、俺にこのUSBを届けに来た奴はなぜ嘘をついた? もしくは、ボスに騙されていた……? 違うか。……なあ、夜旗。その反対派トップは危険なやつか?」


 夜旗は神妙に頷いた。


「あぁ。目的のためなら手段を選ばん。そして証拠も残さない……はずだった。そして、何より男を道具に見ている節がある。とてつもない危険思想だよ。権力も強い。私以外では告発も上手くいかないだろう」


「なるほどな。なら、それは任せる。自由に使ってくれ」


「良いのか? 相当な貴重なものだが。礼節を欠かさぬためにもこれの出処はツッコまないでおくが、私にとっては何億もの価値がある」


「俺が持っていたってただのデータだからな。……それに、俺が認めたお前だから渡すんだよ」


 ニヤッと笑うと、夜旗もニヤリと笑って俺と深い握手を交わした。


「今後私が協力すべきことがあれば幾らでも手を貸そう」


「分かった。もしかしたら直近で『──』について頼むかもしれん」


「容易いことだ。──それでは私はこれから奴の不正告発の準備をする」


 会話を終えると夜旗は荷物をまとめ、この場から去ろうとした。


「なあ、夜旗。最後に聞きたいことがあるんだが」


 だが俺は夜旗を引き留めた。

 大事なことを確認するために。


 俺はこれを聞くために来たと言っても過言ではないだろう。


「なんだ?」




「黒猫プロジェクトの想せぃ児くんを廃止にしたのって、お前?」


「想せぃ児くん……? あっ、そうだ、私だ」



 そうか。

 そうだったのか。


 うん、だが折角通じ合えた盟友だしな。

 これから忙しいようだし、これから協力してもらえるみたいだから────






「てめ、資料返せおらあああああああああ!!!!!」


「なぜ!?!?!?」



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第二章、一部終了。

恐らく、これから二日に一度か三日に一度の投稿になります。

たまに元気があれば連続投稿します。

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