第19話 コロンというVtuberの本質
いよいよコロンと会う時間が近づいてきた。
緊張なんてものは前の世界に置いてきたから平常通りなのだけれど、どんな人柄なのだろうと気になっている自分がいる。
「というわけでよろしく、仲嶺」
「何がというわけなのか分からないのですが……」
いきなり呼びつけた仲嶺は、俺の脈絡のない言葉に首を傾げた。
今日は長い髪を二つに分けた、所謂ツインテールの気分らしい。実にロリっ子らしく可愛いな。
「んー……Vtuberって知ってる?」
「Vtuber……ですか? あの、ネット上で顔を出さずに配信するというコンテンツであることしか知りませんが」
「そうそう。その認識でオッケー。で、実は俺、Vtuberなんだよ」
「は?」
仲嶺が『こいつまた何かしやがった』みたいに信じられない者を見る目つきで言った。失礼だな。俺だっていつもふざけたことをしているわけでは……ない? やべぇ、否定できない。
「掻い摘んで説明するとだな────」
それから俺は仲嶺にVtuberになった経緯を所々端折りながら話した。転移云々はもちろん話さない。要らぬ混乱を招くわけにもいかないし、言っても信じないだろうから。
「なるほど……。話は分かりました」
額を押さえて仲嶺は唸った。
「だから護衛してくれると助かるんだけど」
「……ええ、仕事ですので勿論こなしますよ。仕事ですので! ですが、その上で言わせてください。馬鹿なんですか?」
「馬鹿だが」
「そういうことじゃなくて。女を甘く見ていませんか。ケダモノなんですよ。男と見ればすぐに襲いかかってきます。それは、例え保護官が近くにいようと関係ありません」
ロリに説教されてる……。
だけど、その声音は義務的でなくこちらを心配している様子が窺えた。
どうしたんだろう。
「仲嶺、ちょっと変わった?」
以前とは違う。
仲嶺が纏うのはふんわりとした雰囲気だ。
クスリと笑った仲嶺は、その外見に似合わない大人びた表情で言った。
「さあ、どうでしょうね」
☆☆☆
「ここがあのVtuberの居城ッスか。随分良いとこ住んでるんスね」
なかなかご立派なマンションに住んでいる。
私も配信の収益で稼いではいるけど、タワマン暮らしを安定して続けられるほど羽振りが良いわけじゃない。
「黒樹ハルは親が金持ち、っと。恵まれた人間を見ると虫唾が走るッスね」
コツコツ真面目に働いてきた私が馬鹿みたいだ。とは言っても金持ち全般が全て悪いわけではないのだけど、総じて鼻につく人間が多い。
「まー、別に自分が悲劇面したいわけじゃないッスけどねー。逆恨みにも程があるッスから」
そこの分別はついている。
さて、そろそろ行きますか。
「これが年貢の納め時ッスよ。覚悟するッス」
☆☆☆
「え、え、え……え。え。あ、え。ん? 幻覚ッスか? どう見ても男に見えるんスけど」
「だから言っただろ。……てか、この世界美人多すぎ」
何かを言ったようだけど、私の耳には一切の音を通すことはなかった。
切り揃えられた黒髪。切れ長の瞳。突き出た喉仏。少し筋肉質な、私たち女とは圧倒的に違う体つきは、いくら脳が否定しようと黒樹ハルは『男』でしかなかった。
ドクンッ、と心臓が高鳴る。
過去の記憶が証明する。
黒樹ハルは男なのだと。
ドクッ、ドクッ、と張り裂けそうになる心音が思考を邪魔して煩い。
こ、こんな下ネタフリーダムが男……? 私の憧れる男……?
「ちょ、ちょっと整理させてほしいッス」
「とりあえず入れよ。いつまでも入口で突っ立ってられても困るし」
「は、はいッス」
よく考えれば、私今男性の家に入ってるんスよね。本当にどういう状況!?
状況が異常すぎてほぼ思考停止状態だ。
それと同時に、近くに感じる男に心音が鳴り止まない。こんなチョロくないはず。男とというだけで興奮するなんて、数多の女たちと一緒だ。それは私のプライドが許せない。
緊張と興奮を無理やりに抑え込んで、私は黒樹ハルの居城に乗り込んだ。
☆☆☆
「あなたが先に出たら護衛の意味が無いじゃないですか……」
「ごめんって」
仲嶺がお手洗いに行ってる時にインターホンが鳴ったものだから、つい気持ちが先行して出てしまった。
この世界の顔面偏差値がおかしいのか、コロンと思わしき女性はとてつもない美人だった。
腰まである艷やかな茶髪の髪。白いワンピースを着て、大人らしさを演出しているものの、口を開けた時に飛び出た八重歯は少しの子供っぽさが垣間見える。
そして巨乳である。何がって……すごい。
仲嶺はちょっと下衆な思考をしている俺をチラリと見て、次におずおずと後ろに控えるコロンを見て目を細めた。
「男性保護官の仲嶺詩緒里です。怪しい行動をした際には、迷わず取り押さえますのでご理解を」
「は、はい、もちろんッス」
おー、仕事モードの仲嶺だ。結構格好良くて好き。
怯えるコロンだけど、今のところ怪しい動きは無い。まあ、分別ついてそうだし大丈夫……信じたいね。この世界の女性には全体的に前科があるからな。
「さて、と。そんなとこ立ってないで座れよ。お前は何のために来たんだ? 緊張なんかして意味が無いだろ」
「……っ、分かりましたッス」
コロンの瞳に強い光が宿る。
切り替えの速さは、さすが人気配信者と言ったところか。すごい上からだな、俺。ただ性別が他とは違うだけの木っ端Vtuberなのに。今から媚びへつらう? やらないけど。
俺の隣に仲嶺が座り、対面の椅子にコロンが座る。
俺たちの間には微かな緊張感が走っている。
……ものすごい空気ぶっ壊してぇ。
「知ってるか二人とも。『出雲大社』の正式な読み方は、『いづもたいしゃ』ではなく『いづもおおやしろ』なんだぜ」
「「???」」
二人揃ってはてなマークを浮かべた。
よし、空気は壊せた。
「さあ、話をしようか。とは言っても俺が男であることが分かった今、する話なんてこの後の配信だけなんだがな」
「黒樹さんは……怒ってないんスか? 私がしたことはマナー違反みたいなもんス。……本当に男だったのは予想外すぎたッスけど」
「いやぁ、遅かれ早かれ問題になることは明らかだったし、変な暴露系に絡まれるよりも実績のある人が直接申し出てくれた方が助かった」
「お人好しッスね」
コロンは呆れたように小さく笑うが、助かったのは事実なのだ。
粘着系という種類の暴露系がいる。そいつらは、許可を取ることなく人のプライバシーを侵害し、どこまでも付き纏う。家を晒すことも日常茶飯事である。
男である俺にとって自宅がバレるのは一番危ない。それを避けたい俺は、どうせ問題になるならサクッと男であることを証明したいと考えていた。
それが考えから実行に移せたのは、間違いなくコロンのお陰だろう。あんなに真面目で熱い暴露系なんざ他にいない。
「まさか。打算ありきだ。でも、約束は守ってもらうぞ」
「約束?」
おいおい何忘れてんだよ。今回の件で一番重要だろ。
「一動画に一回、必ず例の言葉を叫ぶってな。証拠のスクリーンショットも撮った。言い逃れはさせないぜ」
「あっ」
コロンはサァと顔を青くさせた。
多分、あれは俺が絶対に男ではないと確信していたからこその売り文句だろう。だが、仲良くなって大団円なんてそりゃ問屋が卸さないでしょ。
罪の意識を持って欲しくないってのも理由の一つだけど…………
てぃんてぃん叫ぶってんなら叫ばせるしかねぇ!!
「おいおい、まさか今更取り消さないよなぁ? 俺は自宅っていう最大のプライバシーを差し出したわけだ。なら、それと同等の価値のモノを提出しないと割に合わないよなぁ?」
「くっ、ぬぐっ。分かってるッス! それ以外に差し出せるものは私には無いッス。というか、それも割に合わないと思うんスけど、黒樹さんにとっては重要なんスよね」
「愚問だな。俺にとっての優先事項はあれだ」
ふっふっふ、と笑うと、コロンは悪魔を見る目つきで俺を睨んだ。
あの、俺が悪者みたいになってるけど、戦犯は君なんだよ? なんで被害者面してんだよ。ウケる。
「あの、さっきから例の言葉とおっしゃっていますが、それはなんですか?」
「仲嶺が知る必要はない。というか知ってほしくない。頼むからそこは突っ込まんでくれ」
仲嶺の言葉に被せるように捲し立てると、首を傾げたが渋々頷いた。
俺はいつも心も体もフルオープンだけど、そのポリシーを曲げることがある。
それは、子ども相手に下ネタを話さないことだ。
仲嶺は合法。そう、合法ロリだけれど、如何せん見た目的に犯罪臭が漂うし、仲嶺自体もそういう知識は薄く感じる。
さすがにあかんでしょ!
「……まあ、私の自業自得ッスから、約束は守るッス。でも、せめて回数制限を……」
「良かろう。そうだな……一回だけで良い」
「え、本当ッスか!?」
「その代わり、これからコラボしてほしいんだよ。配信で」
コロンはその言葉に目を見開いて驚いた。
そう、これが俺の本当の目的。
最近、一人でやることに限界を感じてきた。
このままでは、ボキャ貧てぃんてぃんに飽きられ徐々に視聴者が減っていくだろう。
例え男だと分かり話題性があったとて、中身が面白くないと飽きられるのがVtuberの厳しい世界。
その前に新しい風を送りたかった。
ツッコミ役というな……!!
「そ、それは願ったり叶ったりのことなんスけど、本当にそれで良いんスか? いずれ私のチャンネル登録者も簡単に抜くッスけど」
「それじゃ意味が無いんだ。話題性だけで乗り越えられるほどこの世界は甘くないし、自分で掴み取りたいじゃん。そういう人気だとかさ。性別で成り上がろうなんてこっちは願ってない」
静かに目を瞑ったコロンは、パチリと瞬きして笑った。
「……黒樹さんも立派な配信者だったんスね。そういう信念は私も持ってるッス。暴露系だって、いずれ男が界隈に進出したきた時の法整備ッスから」
「そうなのか」
そんな意図があったのか。
確かに今の今までアンチが湧くこともなかったし、前の世界よりも治安が良いように感じていたけど、これはもしかしたらコロンの影響も大なり小なりあったのかもしれない。
知らず知らず誰もが恩恵に与っているわけか。
「一本の芯が無いと、続けて配信はできないッス。自分から変えてやるんだって気概が無いと面白くならないんスよ。そこが分かっている黒樹さんは充分に配信者で。見失っている私の方が未熟だったわけッス」
芯……てぃんてぃんだな、うん。
いずれオープンで誰もが下ネタを話せたら良いな、とは思う。欲望の消費にも繋がるかもしれない。
より良き世界を。大言壮語な夢でも、俺は不可能じゃないと思ってる。それはコロンが身を持って証明してくれたのだから。
「俺は……コロンが覚悟と信念を持って配信していることは充分伝わってきた。配信に対する向き合い方と、暴露する際に、過度に批判が飛び交わないような次善策。未熟なんて言ったら他の配信者に立つ瀬がなくなるだろうさ」
コロンはハッ、として瞠目した。思うところがあるのか。
俺も偉そうなことなんか言えない。でも、誰かが認めているなんて事実は口に出さないと言えないわけで。それを俺が担えたら良いじゃん。
「ふぅ……黒樹さんが人たらしって呼ばれてる理由が何となく分かるッスよ。配信中もその態度でいたらどうッス?」
冗談めかしくニヤッとしたコロンに俺は苦笑して首を横に振った。
「それは却下。あれが素みたいなもんだからな」
「それはキャラの濃い素なようで。……ありがとうございますッス。これで自分もさらなる高みを目指せるッス」
「そうか。でも、あの言葉言ってもらうけどな。そんな良い風出して誤魔化そうたって無駄だぞ」
「チィッ」
おいこら。そんなに言いたくないのかよ。
でも、おてぃんてぃん教徒、一人入信でぇ〜す。
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