第17話 女たちの思惑

 私は悪と男を騙る奴が大嫌い。


 比率は1:9ッス。


 あり得ないだの何だの騒がれてるけど、私はいずれSNS、yoitubeにも男が現れるんじゃないかと思ってる。

 だって、ネットで暇潰ししないなんてあり得ない。世間一般常識として、男は手芸に励む。そんなの暇潰しになるの? 霞でも食って生きてる?? 仙人??


 だから私は、男が現れるその日まで男を騙るゴミと、治安のために悪者を成敗する。

 本当は男を騙るゴミ全てを一掃したいところだけど、さすがに悪いことをしていないのに裁けない。だから、粗という粗を探すわけだけど。


「はぁ〜、なかなか痛い情報が見つからないッスねぇ〜」


 私はつい最近台頭してきた黒樹ハルという男を騙るクソゴミVtuberについて情報を集めていた。

 私がロックオンするのは充分な情報を集めてから。でも、黒樹ハルの過去は完全なブラックボックスに包まれていて隙の一つもありはしない。


「色んな人に聞き込みしても、ここまでなんの進展もないってことは、やっぱりネットに露出するのは今回が初めてってことッスね」


 また厄介な。

 

 確かに黒樹ハルの声は男と見間違うほど低く、喋り方も現代の女性とはそぐわない。

 男と言える要素はあるにはある。


 だけど!!!


「男はあんな下ネタは言わないッス!! てぃ、てぃ……とにかく言わないッス!! もっと清純であるはずなんス!」


 高圧的に女性と接する男だけど、きっと常日頃からそんな態度ではないはず。

 ネットではその素を見せてくれるはず!



 いつだって蘇るのは、幼い頃に見た男の姿。


 私はあの時に初めて男という存在を認識し、憧れた。

 

「待ってるッスよ、黒樹ハル。お前の悪事は私が暴くッス」


 


☆☆☆





「何も見つからないッス……」



 最終手段に出るしかない。




☆☆☆



「配信以外やることがないな……」


 ゲームをやってみても、誰かの反応が無いと寂しく感じる。くそ、下僕どもに感情を握られていると思うと癪だな。

 まあ、前の世界の時も大学行ってバイト行って飲みに行くだけだったし、人と関わるのが趣味と言っても良い。


 ちげぇわ、趣味はてぃんてぃんだった。いや、趣味というか人生そのもの? 俺のバイブル? ……まあ、大切ななにかだな。


「てぃーんてぃんてぃん、てぃんてぃんてぃん♪」


 やけに頭に残るな、このメロディー。本当にあの開発者さんは何者なんだ……。

 ちょっと怖いけど、保護官同伴なら会いたい。どんな思考回路してんのか会って確かめたい。


「Tnitterでエゴサでもすっかなぁ」


 最近エゴサしても下僕ら皆てぃんてぃんしか言わねぇからな。良いことなんだけど、まともな感想がひとつも無い。まったく、そんなにてぃんてぃんが好きなのか。


 俺もしゅき!!!(情緒)


「ん? DM来てる。例のポロ……コロンじゃん」


 ちょうどTnitterを開いたタイミングでDMが届く。お相手は驚くことに例の暴露系Vtuberさんだが、いったい何の用なのか。



『はじめましてッス。昨日はいきなりお邪魔してすみませんッス』

『多分黒樹さん側のリスナーから説明があったと思うんスけど、私は所謂暴露系というやつで』

『黒樹さんの男性説を否定したいと思ってるッス』

『でも、なかなか情報を隠すのがお上手なようで、まったく否定する材料が見つからないんス』

『だから、直接お会いしてみませんか?』

『その方が黒樹さんの誤解が解けてリスナーも黒樹さんも双方得すると思うんスけど』 


「なるほど」


 直訳すれば会って話そうぜ。お前が本当に男ってんなら逃げねぇよなぁ? あん?


 ってことだ。


「でも、これ俺に得ないじゃん」


 俺は別に必ず男ということを明かしたいわけじゃない。体裁上、偽るのは嫌だから言葉では男と言い続けている。だけど、それは是が非でも男ということを認めさせたいんじゃない。

 そうならそうで、他に方法があるからな。


 企業勢でもあるまいし、リアル情報の写真を出せば良い。もうキャラなんてあってないようなもんだ。さすがにてぃんてぃんはアウトだし、見せつける趣味は無いから他の証拠を提示すれば良い。


「うーん、頭悪そうな感じはしないし、コロンも分かってるとは思うんだけどなぁ……」


 なんか執念を感じる。

 文面から……そう、怨念だとか恨みが詰まってる気がするんだが、俺、何かした?


 とにかく返信するか。


『苦肉の策って感じ?』


 すぐに返事が返ってくる。


『まー、そうッスね。普段はこんな行動は取らないんスけど、ちょっと私にも譲れない部分ってものがあるんスよ』


『なるほど? でも、会って俺にメリットないけど、そこんところはどうよ』



 ここの返信が分かれ目か。





「……ぷっ、ぶはははははっっ!!!!! これは良い!! 気に入った!! 会うか!!!」













『私って下ネタ嫌いって公言してるんスよ。もし、黒樹さんが男だったら、おてぃんてぃん教徒になってもいいスよ。一動画に一回、必ず例の言葉を叫ぶッス』








☆☆☆



Side 開発者



「ふふ、ふふふふふ。私はハル様の役に立ってる……。ゲーム制作、ハル様MAD。嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」


 私的にはそろそろ会ってくれても良いんじゃないかと思ってる。下心ありきでハル様を応援してるわけじゃないけど……まあ、女だし、という気持ちは確かにある。


 でも、私はハル様を目前にしても暴走することはない。そんなことすればもう二度と会えなくなる。そんな機会を棒に振るわけにはいかないのだ。


「そう。ハル様と何度も逢瀬を重ねることで絆を積み重ねていき、最終的には……ふひっ」


「あんたさ、すごくキモい顔してるよ」


「あ、沙也加のこと忘れてた」


「人を呼び出しておいて忘れるとは良い度胸ね……!」


「痛い痛い痛いっ!! ごめんって」


 無駄に怪力なパワーでアイアンクローを食らった私は、仰け反りながら謝罪する。


 そうだった。

 私は今、何となく一人でいるとずっと妄想の世界に没頭しそうになるから、親友の神連沙也加を呼んでいた。ストッパー役よろしく。


「正直、ここに来たくないのよね……。嫌なこと思い出すから」


「そういえば、前に来た時、すっごい顔青かったよね。何があったかは言えない?」


 沙也加は腕組みをして、うーん……と数秒悩むと、首を横に振った。


「あんただから無理ね。もしもがあった時に巻き込んじゃうもの」


「本当に何があったのさ……」


 なんか不穏な空気を感じる。この親友はいったい何をしてがしたんだろう。

 中学生からの付き合いだけど、この沙也加というゴリラ人間は問題ばっかり起こしていた。


 先生に理不尽な叱責をされた時なんか、キレにキレてジャーマンスープレックスで仕留めたり、高校生の時に、カツアゲにあってキレて不良の顔面がボッコボコに腫れ上がるまでぶん殴ってた。


 基本は良い奴なんだけど、何かあった時に歯止めが効かなくなるというか……大学違うから心配なんだけど。


「私としてはあんたの方が心配よ。一つのことに入れ込むと、際限なくなるまで集中しちゃうんだから」


「そうなの?」


 確かに好きになったものはとことん好きになる性格だけど、沙也加のニュアンス的に悪い方に捉えている。そんなに集中するのかな。


「そうなの、って。さっきのあんたの表情みたいによ。また何か見つけたんでしょ」


「まあね。今度の私はアクティブだよ!」


「はいはい。私は聞かないからね。話長いんだから」


「えー、ちょっとは聞いてくれてもいいじゃん」


 ハル様についてなら何日でも語れる自信があるよ。

 ただし会話の九割はてぃんてぃんになると思うけど。


「嫌よ。私だってレポート書いたり忙しいのよ。あんたの話に付き合ったら簡単に1日が終わるわよ」


「ふっ、寝かさないぜ!!」


「物理的にね」


 あら。ハル様仕込みの口説きが効かない。

 なんか、沙也加もこの間までずっと、男、男と騒いでたのに最近の会話でまったくその話がない。


 まさか運良く男と出会えた……?

 

 無いか。そうだったら真っ先に自慢してくるもん。


 ハル様と出会う前だったら羨ましがってたかもしれないけど、今は普通の男なんて興味ないなぁ。

 正直、ハル様よりいい男なんているの? いないでしょ。


 そう。だから私はいつかハル様に会って──


「ぐへ、ぐへへへ」


「トリップすんな!!」


「おてぃんてぃん!!」


「は?」


 あ、ぶっ叩かれたことで洗脳効果が……。


「何でもないよ」


「今明らかに……ごめんね、私が頭ぶっ叩きすぎたせいで壊れたのね」


「人を機械みたいに言わないでもらえる?」


「そっか、叩いたら直るか」


「機械みたいに言わんといて」


 はぁー、沙也加と話していたら段々思考がまとまってきた。

 ハル様に会うことは決定事項なんだけど、このまま会ったら緊張で会話にならないよね。それは本意じゃないしなぁ。



「そうだ。ハル様に会った時の第一声はにしよう」


「またトリップしてるし……」


 やれやれと言わんばかりに頬杖を突いて呆れている沙也加の声は、私には届かなかった。







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