第七章 宝物発掘師⑦

 突き付けられた証拠の数々に、三村教授はぐうの音も出なかった。

「脅してやったんだ。三村教授を」

 忍は、どこか淋しそうな顔をしていた。

「家族にしたことを世間にばらされたくなければ、僕に従えと」

「……なら、最初から三村教授は」

「僕の協力者だ」

 無量は息をんだ。萌絵も、絶句した。

 忍は、もうあとわずかになった残照が雲間に赤くにじむ空を眺めながら、遠い目をした。

「間もなく始まる上秦古墳の第三次調査は、剣持昌史が三村にやらせたものだ。出土品を手に入れるのが目的だった。だが彼らには従うな。僕の指示する通りに動け、と……」

「あの発掘は、じゃあ、初めから学術目的なんかじゃなく……」

「井奈波ごときの後継者レースに、蓬萊のあかしを使われたくなかったからね」

 龍禅寺雅信は後継者指名をしないまま、二年前にのういつけつで死んだ。

 後継者は「七剣」の中から選ばれるはずだった。剣持昌史は雅信のお気に入りだったが、席次からすれば下のほうで、指名がないままったのが痛かった。

 後継者レースで勝負を決めるために、剣持昌史は雅信が生前から執着した蓬萊の「神器」に目を付けたのだ。すでに上秦古墳の第一次調査で、使者の墓であるとの見当はつけていた。昌史は第二次調査で止まっていた上秦古墳の発掘を再開するよう、三村に求め、財団からの援助も申し出たのだ。

「あの男に蓬萊の証を渡すわけにはいかなかった。同時に、上秦からの出土品は、沖縄トラフの海底資源評価の一端を担う可能性もあった。これは龍禅寺雅信も認識してたことだ。龍禅寺文書が示唆する内容を詳細に検討するほどに、あの辺りにはとてつもない資源が埋まってることが予測できた。沖縄トラフの開発を率先して進めさせたのも、実は雅信その人だった」

「じゃあ、剣持って人は、それもあって……」

「沖縄トラフの開発は、雅信の夢でもあり、至上命令だったからね。これを成功させることで、名実ともに、龍禅寺の後継者となるつもりだったんだ。……そう簡単に事を運ばせてたまるか。僕は三村教授を利用して、連中のもくろみを妨害することを決意した」

 忍は、文化庁職員の肩書きを利用して、三村の調査が昌史たちに有利に働かないよう、糸を張り巡らせていたのだ。

「それに、僕は表向き、義兄にいさんの部下として、三村教授に指示を出す立場だったからね。まさか僕と三村が結託してるとは思わなかったろう」

「〝にいさん〟……?」

「剣持のことだ。義兄弟ってやつだ。あの人も僕と同じ鳳雛園の出身でね。なぜか気に入られて、気がつけば、固めの杯を交わす羽目になった」

 無量は複雑そうな表情をしている。忍はちよう気味にわらい、

「……義兄弟とは名ばかりの、召使いだ。使いっ走りどころか、奴隷並みだ。人の自尊心をつぶすのを快感みたいに思ってるのか、僕を犬呼ばわりして……。人をさんざんあざわらって劣等感を植えつけて、しまいには自分の判断が誤ってるんじゃないかって思わせるよう仕向けて、人をコントロールしようとする。つきあってるこっちが、頭が変になりそうだった。偏屈でプライドばかり高くて、気に入らないことがあると、僕をせつかんして気晴らしにするような男だ。人を服従させてないと気が済まなくて、優越感だけで自分を支えてる情けない奴だったから、都合の悪いことは全部僕に押しつけた。人間のくずだよ。最低な人間だ」

 無量の胸はふさいだ。こんなにあしざまに人をののしるような人間ではなかった忍に、ここまで言わせるのだ。余程の目に遭ってきたのだろう。

 この十二年間は暗闇だった、とは、そういう意味でもあったのか。

「でもね、無量。僕があいつにだけは……と思うのは、なにも自分がひどい目に遭ってきたせいじゃない」

「せいじゃ、ない……?」

「家族の殺害を発案したのは、あの男だったからだ」

「!」

 無量は息を吞み、萌絵も口を押さえた。

 それは、本当なのか……?

「三村教授は父さんのことで雅信氏に相談したらしい。その始末を請け負ったのが、剣持昌史だった。剣持は、自分の部下を使って、父さんに接近し、父さんたちを……」

 忍は苦しそうにこぶしを震わせ、言葉を吞み込んでしまった。

 無量たちは声もない。

「………。警察には、言ったのか?」

「決め手になる証拠がなかった。三村教授の証言だけじゃ、立証は難しいと分かってたから、今日まで誰にも言わなかった。だが僕には分かってた。昌史が自分の妻の誕生日に贈ったぞうがん細工のペンダント。銀の縁取りは別のものに取り換えられていたけど、あれは父さんが母さんに発掘旅行のみやげで買った真珠象嵌のブローチだった」

「……それじゃあ……」

「放火した家から持ち帰った宝飾品を、自分の愛妻にやるなんて、あんな神経を持てる人間は、剣持昌史くらいしかいない。そうだろう? 小豆原」

 忍の呼びかけにギョッとして振り返ったのは、無量たちのほうだった。いつのまにか墓地の入口に車が並んでいる。気配もなく、彼らの背後にスーツ姿の男がいた。

 剣持昌史の腹心だ。面長の異相、白髪混じりの短いひげと、分厚い胸板。

 不気味な眼光。

「おまえが、僕の家族を殺した実行犯。そして、三村教授を殺害した犯人──そうだね」

 萌絵たちは完全に固まってしまった。

 忍と小豆原は、静かににらみ合った。面長の異相は、威圧感さえたたえている。

 小豆原慎治──。

 夕闇の墓地で、殺人者と名指しされた男は、じっと忍を凝視している。

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