第七章 宝物発掘師⑥

    *


 漁労長の運転するワンボックス・カーで無量と合流した萌絵は、島の南側へと向かう途中で、無量から経緯を聞き出した。

「……思い出したんだ。昔、忍は夏休みになると、よく家族で与那国島に来てた」

「ここに?」

「ああ。忍んちは、じいちゃんの代に与那国島から沖縄本島に移ったとかで、先祖の墓は今も与那国島にあるって言ってた」

 与那国島にあるという海底遺跡を、無量が知ったのも、忍の父親から聞いたのが最初だった。元々、地元の漁師などの間では、人工物ではと言われていたとかで、忍の父親・相良悦史が琉球古代文字に興味を持ったのも、その海底遺跡の岩刻文字の影響だったらしい。

「忍の家族がどこに納骨されたとか、とうとう聞かないままだったけど、もしかしたら……」

 車が着いたのは、がわという集落だった。

 島の南側は、外洋に面していて、吹きつける風が強い。漁労長に案内されて赴いた家は、すでに廃屋となっていた。

「去年まで、ばーちゃんがここに一人で住んでたんだけど、亡くなってねえ。息子さんたちは、石垣に住んでるんで、ここも住む人がいなくなったんだよ」

 雨戸が閉まったままの家は、玄関先も雑草が伸び放題になっている。表札には「鹿」とある。忍の祖父の姉がいた家だった。

「このうちは、代々、この近くの御嶽ウガンに属するカーブ……まあ、巫女みこさんの家系でね。島のマチリ(祭り)の時は必ず取り仕切って、島を練り歩いたりしたもんだが、今じゃ司の家も、よそに移住したり高齢だったりで、人も減ってね……」

 蜘蛛くもの巣が張った玄関灯を見やって、漁労長はさびしそうに言った。

「鹿屋間のばーちゃんは、力のある人だったらしくて、皆に尊敬されてたそうだよ」

「……聞いたことがある。〝かやまのおばあちゃん〟。死んだ人の魂が見えるって……。島にはお坊さんがいなくて、神様をまつるのは女の人なんだって」

 幼い頃、忍が誇らしげに言っていた。

 与那国に行くたびに、そのおばあちゃんちでおいしいものを食べた、と。

 その〝かやまのおばあちゃん〟から神様に仕える人にならないかと誘われた、と。

 不意に忍の幼い頃の記憶に触れた気がして、無量は胸がうずいた。今は真っ暗で、屋根にも草が生えている廃屋に、かつて家族があふれていた頃の団らんの明かりが見えた気がして、切ない気分になった。

 今は、人の気配もない。

 だが、無量には分かった。忍はきっとここを訪れた。

 懐かしい思い出を辿たどるように。


    *


 車が浦野地区についたのは、もう辺りに深い夕闇が迫る頃だった。

 海が見渡せる墓地には、石積みのびようが並んでいる。屋根の形が亀の甲羅を思わせる。亀甲墓と呼ばれる琉球独特の墓だ。墓前には、低い石垣で囲われた小さな庭がある。墓はどれも中に人が入れるほど広く、中央に扉があり、奥行きもある。特徴のある形は子宮をかたどったと言い、死者の母胎回帰を連想させる造りだ。

 海に面した丘には、風が吹いている。

 一部の墓には、たくさんの色とりどりののぼりばたが立てられ、風に泳いでいる。

 無量はその不思議な墓の形を見て、なぜだか、上秦古墳を思い出していた。

 がけの向こうは、暗い海が広がる。藍色に沈んでいく空は厚い雲に数筋、朱を流したようで、胸に迫るようなせきりよう感を漂わせていた。

 無量は夕闇の墓地に人影を見つけた。

 古い亀甲墓の前にたたずむ男がいる。

「……やっぱり、ここだったんだな。忍」

 声をかけると、振り返った忍は、無量の姿を認めて、薄闇の中で微笑んだようだった。

「どうして、ここだって分かった?」

「おまえ、ガキの頃、よく話してた。亀の形した墓のこと……。かまくらみたいに大きくて、人が入れるほど広いって。噓だ、そんなお墓あるわけないって俺が言ったもんだから、口げんかになった」

「………」

「俺は、昨日のことみたいに覚えてる」

 すると、風に吹かれながら、忍は目を伏せた。

「無事でよかった。無量。すまなかった。本当に」

「……みつけたよ」

「え?」

「上秦の石の採掘地、確認した。間違いない。あれはこの海から出た石だ。どうくつの壁に、古代文字が彫られてた」

 忍は一瞬、目をみはってから、表情を和らげた。

「さすがだ。宝物トレジヤー・発掘師デイガー。おまえは本物だったね」

「その墓……。もしかして、親父さんたちの?」

 忍はこくりとうなずいた。

 陶芸の窯にも似た石室めいた大きな墓は、墓というより石廟に近い。

「……与那国の古い風習では、亡くなった人のなきがらは火葬せずに、この扉の奥に安置される。そして七年後、扉を開いて、親族みんなで、その骨を洗ってあげるんだ。子供の頃、祖父の洗骨に立ち会ったことがある。みんなで祖父の思い出話をしながら、骨を大切にひとつひとつ洗うんだ。皆、あいあいとしていて、生まれて初めて見た人の骨も、不思議に怖いとは思わなかった。胸が温かかった」

 風が吹く墓地の向こうから、かすかに波の音が聞こえてくる。

 死にゆく太陽がのこした情念を思わせる、わずかに残照を帯びた暗い雲が、海原の向こうに広がる。

 忍がたむけたものだろうか。墓前には、新聞紙にくるまれた小さな花束があった。

「両親と妹の亡骸は、損傷が激しくて結局、検死の後、火葬されて、ここに埋葬された。祖父の時のように、みんなで思い出話をしながら、骨を洗ってやることもできなかった……」

「あの火事は……やっぱり──」

「妹の遺体から、微量の睡眠薬の成分が出てきて、三人とも逃げようとしたこんせきもないから、心中じゃないかって警察には言われた。でも違う。何者かに睡眠薬を盛られたんだ。あれは放火だ。実行犯は捕まってない。だが指示した人間は分かる」

 厳しい口調になって、忍は言った。

「三村教授は、父の論文を金で買うと持ちかけた。琉球古代文字の研究も、蓬萊説も。学説ごと買い取るとあの男は申し出た。父はもちろん断った。どころか父の学説を自分のもののように発表した教授を責めた。自分の学説からの引用があったと公表するようにと求めたんだ。そんな父の存在がすでに自分のキャリアを汚すと考えたんだろう。あの男は、ついに……」

 そこまで言って、忍は口をつぐんだ。先の言葉は、口にせずとも察せられた。無量は痛ましいような顔つきになり、

「なら、やっぱり指示したのは……」

「教授本人の口から聞き出したから、間違いない。まあ、ずいぶん手荒な方法ではあったけどね……。僕が三村教授と父の関係を知ったのは、龍禅寺に引き取られてからのことだった。たまたま雅信の書斎で、あの写真を見つけたのが、きっかけだ」

 なぜ、父の撮った海底遺跡の写真が雅信のもとにあるのか。

 なぜ、父が雅信たちの写真に名を残しているのか。

 疑問に思った忍は、長年かけてひそかに調べあげたのだ。

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