第七章 宝物発掘師⑤

    *


 無量と萌絵はこうして無事、海上保安官に「保護」された。

 助けてくれたモーターボートは、駆けつけた巡視艇の搭載艇だったらしい。すでに「不審船」の近くには海上保安庁の巡視艇がいて、その後、乗員たちは皆、身柄を拘束された。どうやら、無量たちが連れ去られたと知った誰かが「一一八番通報」(海における一一〇番のようなものだ)してくれたらしい。

 駆けつけた巡視艇によって、マツダたち「誘拐犯」は取り押さえられた。怪我を負わされた(正当防衛だ)チャンもすでに自力でどうくつから脱出していたが、あえなくお縄となってしまった。

 無量たちは、石垣島の保安署へと引き返す船内で、保安官から連れ去り騒動のてんまつかれ、有り体に答えたが、上秦の出土品と絡む部分についてはぼやけた答えしか返さなかった。

 鶴谷と再会できたのは、その日の夕方だった。

 場所は与那国島だ。

「無事だったか、無量! 永倉さん……!」

 鶴谷は与那国島に来ていた。漁協の人々と一緒に捜索してくれていたらしい。無量たちは海上保安庁のヘリに同乗させてもらい、与那国島での再会とあいなった。

「心配かけてすみませんでした」

「怪我もないみたいだな。亀石カメさんにはこちらから無事を伝えておいたが、電話を入れてやってくれ。声を聞くまで安心できないだろうから」

「通報してくれたのは、鶴谷さんだったんですか?」

「いや。私じゃない。相良忍だ」

 無量と萌絵は、同時に「えっ」と声をあげた。

「それ、どういうことですか」

 忍はマツダたちとつながっていたはずだ。グルだったんじゃないのか。

 だが通報したのは、確かに忍だった。巡視艇があんなに早く無量たちを見つけることができたのも、忍の情報提供があったおかげだったのだ。鶴谷と一緒に与那国まで追いかけてきてくれた、と聞いて、無量はがくぜんとした。

「忍が、通報……」

「サビチ洞で彼が暴漢に襲われたのは、やはり自作自演だったらしい。永倉さんを連れ去らせたのは、自分を被害者にして、義兄あにである剣持昌史の疑惑の目をらすため。彼は情報リークを疑われて身内から監視されていたようだ。段取りでは、永倉さんをそのまま東京に送り返す手はずだったが、指示されたマツダなる連中の意図は、別のところにあったようだ」

「忍がそう言ってたんですか」

「口振りからすると、そういうことのようだ」

「でも、マツダたちは忍と仲間だったはず……。通報したんですか。仲間が海保に捕まるって分かってて、通報したと……?」

 それはマツダたちからみれば、立派な裏切り行為ではないのか。

 無量は思わず鶴谷の肩を摑み、

「忍はどこですか。まだこの島にいるんですか」

「それが……。無量たちの無事を聞いた後、姿をくらました。少し目を離してる間に」

「いなくなった?」

「こんなものが残されてた。お前宛だ」

 と鶴谷が渡したのは、メモ用紙に走り書きされたメッセージだ。


〝無量へ

 巻き込んで、すまなかった。 忍〟


「身を隠さなければならない理由があるということかもしれない。自分のすることには目をつぶってくれ、と彼は言ってた。思ってる以上にヤバい橋を渡っているのかも」

 無量はそうはくになった。

 ──これはふくしゆうだ。

 忍は龍禅寺への……井奈波への復讐を口にしていた。

 それがライバル企業への寝返りという意味だったとしたら。

 その忍は、マツダたちと繫がっていた。バックには沖縄トラフの資源開発をもくむ中国系企業がいる。が、ジオ社側は忍を全面的に信じていたわけではなかったようだ。つかまされた情報がガセでないかを疑い、無量を使って尖閣付近の鉱床を調べさせたのだろう(マツダのやり方は、ずいぶん乱暴だったが……)。そんな無量たちを助けるために通報して、忍の立場が悪くなったとも充分考えられる。あんなラフな手を使う連中だ。通報者が忍とばれたら、どんな報復をされるか分からない。

 地元の漁労長だという年配男性はこう答えた。

「フェリーは午前中に一本しかないし、今日は飛行機も夕方便の出る日じゃないから、午後まで島にいたんなら、まだいるはずだね。いま、漁協の連中が港のほうも訊いて回ってるが……、まあ、このとおりの狭い島だから、よそもんを見かければ、すぐに伝わるはずだけどね」

「忍を捜さなきゃ」

 無量は休む間もなく、言い出した。

「相良忍という男を捜してください。船で離れたんでないなら、まだこの島にいるはずです」


    *


 もう辺りは街灯がともりだす時間だったが、無量は島民たちの情報を集めながら、忍の行方を捜して島内を走り回っていた。だが、忍を見たという声はなかなか聞こえてこない。携帯も電源を切っているようで、何度も留守電にメッセージを入れてメールも送ったが、返信はない。

 無量は胸騒ぎがしてならなかった。

 自分のために、忍は、何か危険な立場に置かれてしまったかもしれない。

 狭い島の中で、忍ひとり見つけだせないのがもどかしい。幾重もの地層から、遺物や化石を見つけだす『鬼の手オーガ・ハンド』も、今は役に立っているようには思えない。

 港に戻ってきた無量を、漁協の事務所で情報集めをしていた鶴谷が待っていた。

「無量、ニュースを見たか」

「ニュース? 何かあったんですか」

「ジオティック・マテリアル社が、井奈波にTOB(株式公開買い付け)を仕掛けてきた」

「それ、確か井奈波のライバル社とかいう中国系の」

「ああ。井奈波マテリアルが二年前に傘下におさめたにい鉱業の株式を、ジオ社が買収した」

 新実は海外のレアメタル買い付けで国内二位の企業だ。南米やアフリカのリチウム塩田やレアアース鉱山と取引がある。井奈波が株式の四十五%を握っていたが、二番手である個人大株主と三番手の投資会社がジオ社へ売却したというのだ。

「両者合わせて三十八%、すでに井奈波に迫る勢いだ。公開買い付けの額も、一株あたり二千六百円。いまの株価の三割も上乗せしてきた」

「乗っ取るってことですか。そのライバル社が」

「ジオ社が何らかの便宜をちらつかせたんだろう。井奈波は今頃、泡を食ってるはずだ。ゆくゆくは新実を完全子会社化して井奈波のレアメタル事業の主力とするはずだった。新実を傘下に収めるのに、多額のコストをかけてるし、厳しい条件を押しつけられてエライ買い物になったと聞いている。痛いなんてもんじゃないぞ。下手すれば井奈波マテリアルの屋台骨が大きく傾く」

「なんで、突然……」

「わからん。だが井奈波も黙って奪われるわけにはいかんだろうから受けて立つだろう。明日あしたは大騒ぎになるぞ。……ん? 〝明日〟?」

「なんですか」

「……そういえば、相良忍がここに来る前、妙なことを口にした。〝明日になれば、あの人は嫌でも東京に戻る羽目になる〟と」

 あの人とは、剣持昌史のことだ。「明日」とは「今日」のことだったが、発表されたのは、まさに今日の午前中だ。

「まさか、相良忍はジオ社が今日、TOBを仕掛けることを知っていた? ではやはり」

「やっぱり、忍はライバル会社と」

 ──復讐だ。

 無量の耳の内に忍の声が聞こえた。

 ──もう後戻りはできない。

 そのときだ。無量の携帯に着信があった。漁労長と一緒に捜しに出ていた萌絵からだ。「いたか?」とたずねると、萌絵は浮かない返事をした。

『相良さんはまだ見つかってないんだけど、祖納の港に井奈波の人たちが来てる』

「井奈波の……?」

『うん。あれ、私を石垣に連れてきた小豆あずきばらって人だよ。フェリーターミナルで見張ってるみたい。空港の前にも怪しい人たちが見張ってた。そっちは井奈波の人かどうか分からないけど、漁労長さんは全員よそもんだって。相良さんを捜してるのかも』

 小豆原は、石垣島から姿を消した忍が、与那国に飛んだことを、社用機のパイロットから聞きつけたのだろう。鶴谷が様子を察して、

「港も空港も押さえられてちゃ、袋のねずみだぞ」

 忍を拘束するつもりに違いない。

 無量は唇をみ、萌絵に言った。

「忍を、空港にもフェリー乗り場にも近づけたら駄目だ。なんとかして、その前に見つける。ホテルとか民宿にはいないか」

『民宿には全部あたったけど、それらしき人はいないって。ホテルは一軒だけあるけど、井奈波の人がやっぱり見張ってる。泊まってたらバレると思う』

「忍のやつ、いったいどこに……」

 この島のどこかにはいるはずなのだ。

 この島……与那国島……与那国?

 はっと無量は気がついた。

「……そうか。ここは与那国島」

 ひらめきを得たように目を見開くと、そばにいた漁協の人間に訊ねた。

「カヤマという地名かみように、何か覚えはありませんか」

「カヤマ?」

「海が見える家だそうです。それと、お墓。亀に似た形のお墓はありますか」

「ああ。あるよ。うらのことかな。かめこうばかっていう」

「亀甲墓」

「この辺り独特のお墓なんだ。それのことだと思うけど」

 どうした、無量? と鶴谷が問いかける。無量は確信を持った様子で、

「忍の祖父は与那国島の出身です。手がかりになるところを捜してみます」

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