第七章 宝物発掘師③

 やがて辿たどり着いた場所は、そこだけ煙突のように天井が高くなっている。萌絵が追いつくと、無量の前に巨大な緑色の塊がある。怪物がうずくまっているのかと思った。鮮やかな緑色の塊で、高さは人の背丈以上ある。丸いあぶくが密集したような表面は、ベルベットのようでとても柔らかく見えた。

さん?」

「いや。石だ。じやく石。別名マラカイト。……上秦から出たつぼの中にもあった」

「マラカイトって、確か、もっとつるつるした石じゃなかったっけ」

「割って研磨すると光沢が出る。古代エジプトでは、顔料にして眼病予防のアイペイントにしたりした。日本で見つかる孔雀石はフツー、表面を皮膜状に覆う程度で、すごく薄いんだ。けど、これは」

 化け物みたいに巨大な孔雀石だ。

 ハンマーを入れてみた。

「なんて分厚さだ。こんなの、見たことねーぞ」

「でも、こんな緑の石、あの壺の中に入ってたっけ」

「必ずらんどうこうを伴ってるんだ。……こんなふうに」

 無量が更にたがねを使ってハンマーを振るうと、ぱくり、と一部が大きく割れた。分厚い層状になった緑の部分の内側が、見事なあいいろの塊でびっしりと埋め尽くされている。

「これ! これじゃない? 土器の中にあった石!」

「ああ。この藍銅鉱が水を含むと、孔雀石になる。孔雀石は元々、藍銅鉱なんだ」

「これが……『不老石』?」

「……の、一部ってとこだな。じかに触ってみる」

 と無量が右手の軍手を外した。何度見てもドキリとする。まがまがしく笑っているように見えた鬼の顔も、今はどこか神妙そうだ。無量はその掌を岩にあてて、触診する。萌絵もつい息を詰めた。硬さや表面の様子を見ているだけではない。その掌に感じているのは、たぶん萌絵たちには分からない感覚だ。

「どう?」

「似てる。ふたつめ発見だ。藍銅鉱。ガラス質がなく含有バランスもすごく似通ってる。上秦で出た石も、一度出た後はこんなふうに人懐こかったし、人肌っぽいぬくもりがあるくせに、高原の風みたいに、内側から、しゅわしゅわ来るカンジとかも……」

 石が人懐こいとは、萌絵には理解しがたいコメントだが、こと触感に関しては、無量だけが知りうる特徴らしい。

「見つかったのカ?」

 チャンが片言で問いかけてきた。

「まぁ、とりあえずは」

「ノコリは」

「まだ探してる。いいから話しかけんな。気が散る」

 無量は五感をフル回転させて、辺りを見て回る。右手の掌で石を触診しながら、色の違いや感触を確かめ、時折、コンコン、とハンマーの底で軽くたたきつつ、また奥に進む。足元に落ちている石も、時折砕いては観察する。集中してしまった無量には、チャンも萌絵も邪魔できない。ハンマー音に耳を澄ましながら、その奥にある、白っぽい岩壁の前で止まった。

 まるで巨大な滝が時を止めたかのような、不思議な姿だ。

 鏨をあてて砕き始めた。

 ブロック状になって割れた石を手に取り、さらにハンマーで割っていく。すると、突然破断面に、目にもまぶしい鮮やかな青色の光沢塊が現れた。

「これ!」

 と萌絵が叫び、無量も「あった……っ」と思わず声を発した。

「青鉛鉱と水亜鉛銅鉱の繊維状結晶。壺に入ってた、三つ目だ」

 白いぶどう状のりよう亜鉛鉱の上に、空色をした霜柱状のものがたくさんついている。周りにはガラス光沢のある明るい青色のメタリック粒がまぶされている。青鉛鉱と水亜鉛銅鉱だ。銅鉱床の二次鉱物で、銅と鉛、亜鉛の硫化物だ。

「同じ……。これ、上秦から出た石と同じでしょ? そうでしょ?」

「ああ。この針状結晶のでかさも……。そっくりだ。同じ特徴をもってる」

 まさか、奈良から遠く離れた絶海の孤島で、古墳時代の石と全く同じものを見るとは。

「すごい。やっぱり、あの三種類の石はここから来たの……?」

「たぶん。この島が『不老石』の産出地の可能性は高い。……もちろん、硫化物の酸化帯とかは出る鉱物の傾向が似るから、ちゃんと成分分析するまでは、絶対こことまでは……。待って。あそこに何かある」

 無量が斜め上にある奇妙な洞穴を見つけた。い登ると、ちょうど人が団らんできそうなスペースになっていて、奥に並んでいる十から二十のしようにゆうせきが、全てよく似た奇妙な形をしている。

「不思議。なんか壺みたいじゃない?」

 しゃがみこんだ萌絵の横で、無量が神妙な顔になった。

「壺みたい、じゃない。壺だ」

「え? どういうこと」

「本物の壺。たぶん大昔の人間が置いてった。壺に石灰水が落ちると、表面が石灰で覆われて地面と一体化してしまう。大昔、人間が住んでた鍾乳洞なんかでたまに見かける」

「てことは、ここに昔、人が入ってたってこと?」

「………。よく見ると、壁の感じが不自然だ。これ採掘したあとだ」

 今は石灰に覆われて、ずいぶん滑らかになっており、はっきりとしたのみの痕までは見られないが……。

「それでも残ってる。見ろ。ここ」

 無量がライトを斜めに傾けて、壁を照らした。すると、その一角だけ、奇妙なくぼみが続いている。どこかで見た覚えがあると萌絵は思った。……そうだ。サビチ洞だ。

 忍が見せてくれた「琉球古代文字」の岩刻痕だ。

「古代文字だよ……、西原くん。あのはくだまや鏡に刻まれてた古代文字だよ、これ!」

「マジか……」

 この島は、古代人が採掘をしていた場所なのだ。その鍾乳石の壺と古代文字が証拠だ。

 さすがの無量もぼうぜんと岩刻文字を見つめている。

「太古の鉱山……。じゃあ、あの上秦古墳の石は、ここから……」

「ここが上秦の石の、ふるさと」

 萌絵は鳥肌が立った。興奮のあまり、気が遠くなりそうだった。こんな大海原に囲まれた小さな孤島で、千八百年も前に、古代人が掘り出した石は、はるばる海を越えて、三輪山のふもとの地まで運ばれた。そこで眠りについていた石を、千八百年の歳月を経て、無量が掘り出したのだ。

 とてつもないことだと萌絵には感じられた。

「すごい、すごい大発見だよ! 西原くん! 君が見つけたものは……!」

「あとひとつはどうした」

 チャンは、まるで無感動だ。水を差されてイラッとする萌絵の横で、無量は淡々とハンマーを振るいながら、

「もうみつかったよ」

「なに」

「だから、もう見つかったっつの」

「ドコだ」

「最後のひとつ、おう銅鉱は、孔雀石のもとになる鉱石。黄銅鉱が酸化したとこにできる二次鉱物が、藍銅鉱と孔雀石。黄銅鉱が風化したり水にれたりして、化ける」

 つまり、黄銅鉱と藍銅鉱と孔雀石は、化学反応によって性質が変わったもので、ひとつながりの鉱石なのだ。

「探すまでもなく、孔雀石のあるところには必ず黄銅鉱があるんだよ。藍銅鉱の成分バランスが上秦のと合致すれば、黄銅鉱もおのずと合致する。おわかり?」

 あとは専門家にでも聞け、と突き放すと、萌絵に通訳されたチャンは、今度は、やれデジカメで撮れ、やれ採取しろと口うるさく強要してきた。無量にすれば、言われるまでもない。サンプルは、緩衝材で丁重にくるみ、チャンのリュックに収まった。

「これでお使いは済んだよな。もう帰っていい?」

「……まだだ。外で確認してからだ」

 三人は、元来た道を引き返し始めた。洞内は湿度が高いので、濡れた服はまるで乾かず、体は濡れっぱなしだ。今は興奮しているので耐えられるが、もたもたしていると体に影響がでかねない。再び地底湖のあるところまで戻ってきた。

「ひとりで渡れるか」

「がんばる」

 萌絵は覚悟を決めて、地底湖の水中に身を投げ出した。萌絵がどうにか泳ぎだしたのを見届けて、無量も水に入った。そして泳ぎ始めた、そのときだ。

 突然、チャンが無量の体を後ろから抱え込み、その頭を力ずくで水中へと押し込んだのだ。驚いた無量は激しく抵抗した。が、チャンの剛腕は死にものぐるいの抵抗も封じ込んでしまう。暴れる水音に気づいて、萌絵が振り返った。

「西原くん!」

 気づいた萌絵がすぐに引き返してきて、チャンの腕をつかんだが、今度は萌絵まで沈められてしまいそうになる。二人がかりでチャンの暴挙に抵抗し、どうにか逃れた無量は岸にたどり着いたが、

「永倉……!」

 萌絵が沈められている。無量は再びチャンに飛びかかった。萌絵はおぼれる寸前だ。無量は、手にくくりつけていたハンマーを握り直し、ヘルメットをかぶったチャンの頭めがけて、ハンマーを思い切り振り下ろした。

 チャンは頭をしたたか殴られて、派手に飛沫しぶきをあげて水際に倒れ込んだ。

「おい、永倉……! しっかりしろ、永倉!」

 無量に揺さぶられて、萌絵は激しくき込んだ。どうにか息はできている。

 そんな無量の背後から、頭から血を流したチャンが猛然と襲いかかってきた。ヘルメットは陥没してれつが入っている。二人は激しいみ合いになり、無量は力で勝るチャンに頭を摑まれ、何度も岩に頭を打ち付けられてしまう。

「西原くん……!」

 萌絵は慌てて周りを見回した。無量のリュックが沈んでいる。急いで引き揚げ、中をあさった。とつに摑んだのはたがねだ。チャンのかんめがけて、ゴルフスイングの要領で思い切り振りきった。チャンは悲鳴をあげて、前のめりにもんぜつしてしまう。

「西原くん、しっかりして!」

 激しく頭を打ち付けられて、軽いのうしんとうを起こしている。ヘルメットをかぶっていたので、致命傷にはならなかったが、まだクラクラしている。

「こいつ俺たちのこと初めから消す気だったらしい」

「……うそでしょ……」

「俺に『不老石』見つけさせて、そのまま口封じするつもりだったんだろ。今のうちに、急げ」

 うずくまって悶絶中のチャンをおいて、二人は急いで地底湖を泳ぎきり、鍾乳洞の出口を目指した。濡れて重くなった服が、体に張りついて、思うように動けない。体力を奪われながらも、死にものぐるいで足場の悪い中を進む。蟻の巣のように複雑に枝分かれした洞内も、無量は迷うことはなかった。もたもたしているとチャンに追いつかれてしまう焦りもあった。

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