第七章 宝物発掘師②
*
日が高くなっても、無量の鉱石探しは続いている。遺跡発掘と同じく根気のいる作業だ。萌絵も後に続き、見張りの男も黙々とついてくる。そんな感じで、気がつけば、すでに三時間が経過していた。
「西原くん、ちょっと休まない? さすがに
「休みたいなら好きに休め。先に行く」
「さ、さいばらくん」
無量は一度熱中すると止まらない性格だったのだ。他人から強制的にやらされているとは言え、
萌絵は専門家ではないから、無量が何をどう見て、鉱石を判断しているかは分からない。でも見ているうちに分かってきたことがある。
彼は、不思議な力を持つから優秀なわけではない。たぶん、若いながらも場数をこなす中で、蓄えてきた経験と知識……そういうものが一体となって、彼の発掘勘を育てたのに違いない。それが証拠に、無量の仕事ぶりは決して派手ではない。方位磁石とルーペを手に、丹念に岩盤を観察し、地道にメモへ書き込んでは、また丹念に見、何度も見、時々ハンマーを振るう。
石灰を含んだ水の一滴一滴が、やがて
そんなことを考えながら、後を追っていたら、行く手にいる無量が岩陰にしゃがみこんでいる。これ、と差し出したのは、緑色の塊だ。
「見覚えない?」
「これ……。緑の石。
「ああ。転がってた。海から来たのか、埋もれてたのかは分からない」
「ここが産地!?」
「そこまでは、なんとも」
興奮する萌絵の横で、無量はしきりに岩壁の底を覗き込み始めた。
「どうしたの?」
「ここの穴……。風が来てる」
見ると、岩の底に細長く穴が開いていて、そこからひんやりと冷たい風が吹き出していた。風穴だ。どこかに
「え? 入れるの?」
「ああ。奥に空間が続いてる。ちょっと見てくる」
言うやいなや、無量はザイルを体に巻き付けて、近くの岩にくくりつける。
「大丈夫!?」
問題ない、と穴の中で無量の声が響いた。
「中は広くなってる。どうやら鍾乳洞みたいだ」
「鍾乳洞? こんなとこに?」
「ああ。入口を降りれば、あとはそんなに険しくない。もう少し進んでみる」
「ま、待って……私も!」
「おまえはそこで待ってろ」
すると、萌絵を差し置いて見張り役のチャンが、無量の後を追って、穴に潜り込んだ。無量より
入口は急
「ぎゃ! ちょ……足が、足が届かない! 助けて」
「おい……」
無量が引き返してきて、補助してくれた。が、
「来んなって言ってんのに」
「一応助手ですから。……それより、ここ」
ああ、と無量がヘッドランプで中を照らしあげた。見事な鍾乳洞だ。サビチ洞ほど大きくはなく、場所によっては身をかがめないと天井に頭がぶつかりそうだが、ライトで照らさなければ何も見えない暗闇からは、奥行きを感じる。中はひんやりしているが、湿度が高い。ごつごつとした岩肌からは、のこぎりの歯のような石柱がカーテンのように垂れ下がっている。「少し狭いぞ。気をつけろ」と告げて無量は先へ進んだ。監視役のチャンも律儀についてくる。狭いところが苦手な萌絵は
無量は
「大丈夫? 戻れなくなるんじゃない?」
「平気。まだ行ける」
洞穴は徐々に下っている。足場も悪く、
「どうしたの」
慌てて萌絵が覗き込むと、無量は「これは……」と言ったきり、絶句してしまった。萌絵は急いで自分も亀裂の向こうへと体を進ませた。そして息を
「これ……なに……?」
それは不思議な空間だった。ライトをあてた岩肌に
無量が池に指を浸し、こすり合わせ、軽く
無量が壁の一角にハンマーを入れると、中が大きな空洞になっていて、細長い水晶棒の群れで埋め尽くされている。水晶に埋もれるようにして、サイコロ形をした金属光沢のある黒い鉱石が、そこここに顔を覗かせている。あまりの美しさに萌絵も
「なにこれ。水晶の森みたい……」
「これは晶洞。さっきの
「こっちのは? これ金じゃない? これ金だよねえ!?」
萌絵が興奮して指さしたのは、黒いサイコロの隣で、見事な黄金色に輝いているメタリック・サイコロだ。
「やったー! 金ゲットー!」
「金じゃない。それは
「愚者……」
「ここが境目か。やっぱり熱水型の塊状硫化物鉱床ってとこか……。さすがに濃度が高いな。ここまで濃いのは見たことない。しかし、なんて規模だ」
これが自然の造形物なのだ。神秘的な光景に心を奪われて、萌絵がぼんやりしていると、無量がしきりに右手をさすっている。
「大丈夫? 痛いの?」
「手が騒ぐ……。上秦の時と同じだ。あの時と同じ……いや、もっと強い」
指先どころか、肩までびりびり
無量は迷わず、池に足を踏み入れた。そして
するとチャンも後を追って泳ぎ始めた。萌絵は一瞬、迷ったが、ええいままよ、と上着を脱いで頭に巻くと、潔く水に入った。呼んでも無量は応答しない。ずぶ濡れのまま、何かに取り
壁に輝く鉱石が幾千の星のようだ。闇の中で発光する石たちは、得も言われぬ美しさで、萌絵を圧倒する。いくつかの分かれ道にも、無量は迷わなかった。音もない地底で、無量だけが、音にならない騒ぎの音源を聞いているかのようだ。
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