第七章 宝物発掘師②

    *


 日が高くなっても、無量の鉱石探しは続いている。遺跡発掘と同じく根気のいる作業だ。萌絵も後に続き、見張りの男も黙々とついてくる。そんな感じで、気がつけば、すでに三時間が経過していた。

「西原くん、ちょっと休まない? さすがにのどからから……」

「休みたいなら好きに休め。先に行く」

「さ、さいばらくん」

 無量は一度熱中すると止まらない性格だったのだ。他人から強制的にやらされているとは言え、いつたんのめりこむと周りが見えなくなる。萌絵は慌ててペットボトルの水を飲むと、すぐに無量の後を追った。冬とは言っても、ここは亜熱帯だ。陽射しが出てくれば汗がにじむ。ろくに日陰もないから、きついこと、このうえない。

 萌絵は専門家ではないから、無量が何をどう見て、鉱石を判断しているかは分からない。でも見ているうちに分かってきたことがある。

 彼は、不思議な力を持つから優秀なわけではない。たぶん、若いながらも場数をこなす中で、蓄えてきた経験と知識……そういうものが一体となって、彼の発掘勘を育てたのに違いない。それが証拠に、無量の仕事ぶりは決して派手ではない。方位磁石とルーペを手に、丹念に岩盤を観察し、地道にメモへ書き込んでは、また丹念に見、何度も見、時々ハンマーを振るう。

 石灰を含んだ水の一滴一滴が、やがてしようにゆうせきを育てるように、彼を「サイバラムリョウ」たらしめているのは、彼自身が重ねてきた努力の賜物なのだ。

 そんなことを考えながら、後を追っていたら、行く手にいる無量が岩陰にしゃがみこんでいる。これ、と差し出したのは、緑色の塊だ。

「見覚えない?」

「これ……。緑の石。はく? 緑色琥珀?」

「ああ。転がってた。海から来たのか、埋もれてたのかは分からない」

「ここが産地!?」

「そこまでは、なんとも」

 興奮する萌絵の横で、無量はしきりに岩壁の底を覗き込み始めた。

「どうしたの?」

「ここの穴……。風が来てる」

 見ると、岩の底に細長く穴が開いていて、そこからひんやりと冷たい風が吹き出していた。風穴だ。どこかにつながっている証拠だった。無量はライトで穴の内部を照らしながら、のぞき込んでいたが、やがて「入ってみる」と言い出した。

「え? 入れるの?」

「ああ。奥に空間が続いてる。ちょっと見てくる」

 言うやいなや、無量はザイルを体に巻き付けて、近くの岩にくくりつける。はらいになって足先から穴に体を潜り込ませた。穴は人ひとり入るのもやっとくらいの狭さだったが、細身の無量には苦ではなかったようだ。するすると頭の先まで潜り込んで、すぐに見えなくなってしまった。萌絵は慌てて覗き込み、

「大丈夫!?」

 問題ない、と穴の中で無量の声が響いた。

「中は広くなってる。どうやら鍾乳洞みたいだ」

「鍾乳洞? こんなとこに?」

「ああ。入口を降りれば、あとはそんなに険しくない。もう少し進んでみる」

「ま、待って……私も!」

「おまえはそこで待ってろ」

 すると、萌絵を差し置いて見張り役のチャンが、無量の後を追って、穴に潜り込んだ。無量よりずうたいがでかいので、身を押し込むのに苦労していたが、入口から想像するよりも内部は存外広いらしく、気がつくと、その姿は穴の中に消えていた。こうなると、今度は、あの乱暴な監視役の男に無量が何をされるかと、そっちのほうが気がかりだ。萌絵は意を決して、自分も穴の中に潜り込んだ。

 入口は急こうばいになっていて、萌絵はいきなり足場を見失ってしまった。

「ぎゃ! ちょ……足が、足が届かない! 助けて」

「おい……」

 無量が引き返してきて、補助してくれた。が、あきれている。

「来んなって言ってんのに」

「一応助手ですから。……それより、ここ」

 ああ、と無量がヘッドランプで中を照らしあげた。見事な鍾乳洞だ。サビチ洞ほど大きくはなく、場所によっては身をかがめないと天井に頭がぶつかりそうだが、ライトで照らさなければ何も見えない暗闇からは、奥行きを感じる。中はひんやりしているが、湿度が高い。ごつごつとした岩肌からは、のこぎりの歯のような石柱がカーテンのように垂れ下がっている。「少し狭いぞ。気をつけろ」と告げて無量は先へ進んだ。監視役のチャンも律儀についてくる。狭いところが苦手な萌絵はせんせんきようきようだ。

 無量はものじしない。洞穴探検はお手の物なのか、体ひとつ入るのがやっと、という狭い穴にも果敢に入っていく。風が通るということは、どこかで外と繫がっているということだが、どこまで続いているのか。

「大丈夫? 戻れなくなるんじゃない?」

「平気。まだ行ける」

 洞穴は徐々に下っている。足場も悪く、れていて滑りやすい。萌絵はヒールを履いてなくてラッキーだ。現場通い用のラフなかつこうにぺたんこブーツだったのがよかった。無量はその先にある何かをぎ取っているようだ。どんどん進んでいく。またひとつ、れつのような隙間をくぐり抜けた無量は「あっ」と小さく悲鳴のような声をあげた。

「どうしたの」

 慌てて萌絵が覗き込むと、無量は「これは……」と言ったきり、絶句してしまった。萌絵は急いで自分も亀裂の向こうへと体を進ませた。そして息をんだ。

「これ……なに……?」

 それは不思議な空間だった。ライトをあてた岩肌ににじいろの星のようなものが無数に輝いている。青と紫が入り交じった不思議な輝きだ。高い湿気のため、辺りはうっすらもやに滲み、しばし目的も忘れて見とれるほど幻想的な光景だった。その先は地底湖のようになっている。あおい水をたたえた、美しい洞穴池だ。

 無量が池に指を浸し、こすり合わせ、軽くめてみた。塩辛くない。少しぬるっとしている。海水ではない。石灰水だ。石灰層からみてきてたまったものらしい。

 無量が壁の一角にハンマーを入れると、中が大きな空洞になっていて、細長い水晶棒の群れで埋め尽くされている。水晶に埋もれるようにして、サイコロ形をした金属光沢のある黒い鉱石が、そこここに顔を覗かせている。あまりの美しさに萌絵もためいきをついてしまった。

「なにこれ。水晶の森みたい……」

「これは晶洞。さっきのせん亜鉛鉱と石英が育って、大きな結晶になったやつ。晶洞自体は珍しくはないけど、結晶のデカさがハンパないな」

「こっちのは? これ金じゃない? これ金だよねえ!?」

 萌絵が興奮して指さしたのは、黒いサイコロの隣で、見事な黄金色に輝いているメタリック・サイコロだ。

「やったー! 金ゲットー!」

「金じゃない。それはおうてつこう。よく間違うヤツがいるから『愚者の金』って言われてる」

「愚者……」

「ここが境目か。やっぱり熱水型の塊状硫化物鉱床ってとこか……。さすがに濃度が高いな。ここまで濃いのは見たことない。しかし、なんて規模だ」

 これが自然の造形物なのだ。神秘的な光景に心を奪われて、萌絵がぼんやりしていると、無量がしきりに右手をさすっている。

「大丈夫? 痛いの?」

「手が騒ぐ……。上秦の時と同じだ。あの時と同じ……いや、もっと強い」

 指先どころか、肩までびりびりしびれている。脳の奥までえてきて、何か変に鋭敏になっているのが、自分でも分かる。石の声がにぎやかで騒がしいせいだ。右手が叫んでいるのだ。コンサート会場の真ん中にでもいるようで、勝手に気分がこうようして体まで熱くなる。右手の興奮を抑えるのがつらい。あの地底湖の向こう側だ。騒々しさの中心はこの先にある。しかし、橋もないから渡れない。

 無量は迷わず、池に足を踏み入れた。そしてひざまでかり、胸まで水に浸かると、服を着たまま立ち泳ぎで前に進み始める。

 するとチャンも後を追って泳ぎ始めた。萌絵は一瞬、迷ったが、ええいままよ、と上着を脱いで頭に巻くと、潔く水に入った。呼んでも無量は応答しない。ずぶ濡れのまま、何かに取りかれたみたいに地底のさらに深くへと進んでいく。

 壁に輝く鉱石が幾千の星のようだ。闇の中で発光する石たちは、得も言われぬ美しさで、萌絵を圧倒する。いくつかの分かれ道にも、無量は迷わなかった。音もない地底で、無量だけが、音にならない騒ぎの音源を聞いているかのようだ。

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