第七章 宝物発掘師①

 船のエンジンが止まったのは、夜中の十二時を過ぎた頃だった。

 窓から外を見ると、月の光に照らされた島影がすぐそこにあった。島と言ってもさほど大きくはなく、人家の明かりも岸壁らしきものも見えない。無人島のようだった。

「ここは……」

 無量たちはデッキに呼ばれた。目の前には岩山がそびえ立つ孤島がある。やりのようにとがった岩山の黒々としたシルエットは、見る者を威圧するかのようだ。萌絵も不安そうに無量のそばにくっついている。

「何なの。ここ」

「分からない。ただ石灰岩の匂いがする」

 与那国島と同じだ。この辺りはさん由来の石灰岩質が多く分布しているようだ。

 マツダが部下を引き連れて告げた。

「ミスター・サイバラ。君にはここで働いてもらう」

「………。こんなところで発掘を?」

 見たところ、ろくに平らな場所もない。荒々しいがけと急斜面ばかりで、見るからに険しそうな島だった。無量は露骨にげんな顔をして、

「何を発掘させるつもりだ。こんなところに恐竜の化石が埋まってるとでも?」

「君に探し出して欲しいのは、恐竜じゃない。鉱石だ。かみはた古墳で掘り当てた、鉱石」

 無量も萌絵も息をみ、思わず顔を見合わせた。画文帯神獣鏡と共に出土した、あの三つの鉱石か。なぜ、マツダたちがそのことを知っているのか。

「君は遺物や化石だけでなく、鉱石発掘に関してもスペシャリストと聞いてます。あれと同じ石がこの島にあるかどうか、くまなく見て欲しい。その『鬼の手オーガ・ハンド』で、カミハタから出たのと同じ鉱石を探し当てて欲しい」

「………。見つけられなかったら?」

「なければ、次の島に行く。見つけるまで、続ける。何日でも何ヶ月でも。いい加減な仕事はしない約束だよ、ミスター『鬼の手オーガ・ハンド』。カミハタの石の成分分析結果は、我々の手にも入ってる。比べれば、本物かどうか一発で分かる」

 無量はあからさまに不審そうな顔をしてみせた。上秦から出た硫化鉱物の件は、まだプレス発表もしていない。そんな出土品の分析結果を、なぜこの男たちが手に入れられた?

 やはり、忍が関わっている……ということか。

「ずいぶん高く買われたもんだな。俺ひとりに頼りきりなんて。当りがついてるなら、あちこち試料採取して同定すりゃいいだけの話だろ」

「この島は少々面倒でね。なかなか我々がおおっぴらに人を送り込んで調査……というわけにいかないわけだ。君に直接見てもらうのが一番効率もいい。何せ、君は例の石をその目で見て触れた張本人だからね」

 土器に収まっていた三種類の鉱石。忍はまとめて「不老石」と呼んでいた。確かに実物を見たのは、無量と忍と、後はせいぜい調査員や分析担当者、保存担当者ぐらいだ。

「……だから俺を呼んだってわけか」

「お察しの通り」

「おまえらに石のことを教えたのは、相良忍か?」

 マツダは薄く笑うだけで答えない。無量はまゆをつりあげて右手を強く握りしめた。

「……いいだろう。但し、明るくなってからだ」

 では夜明けと共に作業開始ということで、と告げてマツダは船室に戻っていった。萌絵は不安そうに、目の前にそびえ立つ岩山を見つめている。少々波が高くなってきたのか、沖にとうびようした船は不快な揺れにみまわれていた。海風が強く、時折、島のほうからボーッと汽笛のような風音が聞こえてくる。

「ここ一体どこなんだろう」

「船の進んだ方向と時間からすると、尖閣あたり」

「せ、せんかく……って、あの?」

「仮にここが尖閣諸島のどれかだったら、無許可の上陸は日本政府に禁じられてる。面倒ってのはそういう意味かもな。運良く海保の巡視船にでも見つけてもらえりゃいいが。……連中どういうつもりだ。例の石だよな。『不老石』とかゆー」

 どうやら、井奈波の連中が欲しがる「うみすい」は、眼中にないようだ。

 まさか「ほうらいの不老不死薬」を本気にしているのではあるまいな、と無量は思った。始皇帝も求めた薬だ。龍禅寺雅信も。

「不老不死の薬なんて……。本当に信じてるのかな」

「大昔の中国にはれんたん術ってのがあって、不老不死の仙薬を本気で創ろうとしてたそうだ。よく聞くのはしんしやを使ったもの」

「辰砂?」

「水銀のこと。始皇帝はそいつを吞まされて死んだって話。蓬萊製なら本物だなんて信じてるとしたら、おめでたいよな。どうせ『吞めば死体が腐らない』とか、そんなレベルだろ」

「でも龍禅寺雅信って人は本気にしてたみたいだよ。製薬会社から売り出す気まんまんだったとか」

「本物だったら今頃、卑弥呼は死んでない。運良く見つけたところで吞めば鉱毒死するのがオチだろうが、見つけないと自由にしてもらえないんだから、やるしかねーよな」

 無量は船室に戻ると簡易ベッドに転がった。仮眠をとって(こんな状況で寝られる無量の肝っ玉に萌絵は驚くよりあきれたが)明朝の発掘作業に備えた。

 明るくなってから島を見ると、夜闇で見た印象よりずっと小さい。島というより、巨大な岩塊が海から顔をのぞかせている、という規模だ。岩肌を薄く緑が覆い、朝日を浴びると、島全体が金色に燃え上がるようだ。

 起床と共に出された朝食を、無量はしっかり腹に収めた。

「装備は一式揃えておきました。ミスター・サイバラ」

 目の前に並べられたのは、発掘道具とロック・クライミングやスキューバ・ダイビングの装備だ。好きなだけ使えということらしい。

「海の底まで見ろってゆーのか。人使いの荒いヤツらだな」

 憎まれ口を利いて、上陸用のゴムボートに乗り込んだ。マツダが萌絵を船に残すと言い出したので、さすがに不安になったか、すかさず無量が、

「そいつは俺の助手だ。一緒に連れていく。……ほら、急いで」

「さ、西原くん」

 萌絵は助手顔でそそくさと乗り込んだ。船に残されて人質扱いされるのだけは勘弁だ。それに、こんな船内で無量の心配をしてもんもんとするより、どんなに危険な目に遭っても、そばにさえいられれば、彼の力になれる。どれほどもいい。

 そんな無量と萌絵には、しっかりと見張りがついた。分厚い胸板の屈強な大男は、石垣島で萌絵をさらった男のひとりだ。マツダはその男を「チャン」と呼んで「御客人から目を離すなよ」というような意味の中国語をしやべった。

 狭い浜辺に上陸した無量は、一通りの装備を身につけた。あいにく自分の道具は全部、亀石のもとに置いてきた。まさかこんな大海原の真ん中にある絶海の孤島で発掘作業をする羽目になるとは、夢にも思わなかったからだ。

 その無量が、右手の手袋を外したのを見て、萌絵は驚いた。彼が外してみせたのは、萌絵の知る限り、上秦での発掘初日だけだ。それ以外は手袋を外したところを一度も見ていない。

「い、いいの? 西原くん」

「ああ。出し惜しみしてる場合じゃねーし」

 引きつれた皮膚が、確かに「鬼の顔」に見える。「笑う鬼の顔」だ。これが本気を出すというシグナルなのか。

 作業用の軍手をはめ直し、ヘルメットをかぶりゴーグルを装着して、準備を整えた無量は、まずは岩山の露頭部分をくまなく観察するところから始めた。

「この島の地図と地質図はないのか?」

 見張りのチャンは、むっつりと黙っている。その前に日本語が通じているかも怪しい。仕方なく、萌絵が通訳して問いかけると、そんなものはない、と突っぱねられた。

「地図くらい用意しとけよ……」

「大丈夫?」

「ああ。落石すると危ないから、ちゃんとヘルメットかぶっとけよ」

 無量は岩山のほうへと歩き出した。与那国島と似て、背の高い樹木はあまり見受けられない。岩場でも根のつきやすいマツ科の低木がへばりつくように生い茂るのみだ。時折、ハンマーで岩を砕いては含まれている鉱石を確認する。「どう?」と萌絵が覗き込むと、砕けた欠片かけらを鼻先につきつけてきた。

「ほとんどかいしよくしてるが、元々はたいせきした石灰岩で覆われてたみたいだ。この砂糖みたいな結晶、じゆうしようせき。バリウムのもと」

「バリウム……って健康診断の時に飲む、あれ?」

「ああ。海蝕作用で、堆積岩の下にあったのがずいぶん顔覗かせてる。結構、焼けがあるし」

「〝焼け〟……?」

「この赤褐色でボコボコした岩肌のこと。硫化鉱物が空気に触れて、適度に湿り気があると、大体こういう色になる。かさぶたみたいなもんで、下に硫化物の鉱床がある証拠なんだ」

 無量は岩肌を丹念に仰ぎ見て歩き、ここはというところでハンマーを振るう。やり方を見ていて萌絵も初めて知ったのだが、よく標本などで見かける鉱物結晶のたぐいは、そのまま地表にあるものではなく、岩や石を割ってみないと出てこないものらしい。

 淡緑色の岩肌で無量が採取したのは、やや白濁した淡い青緑色の鉱石だ。ぶどう粒を固めた寒天のような色合いで、ところどころ金粉をまぶしたような光沢がある。

「あった。りよう亜鉛鉱。これのもとになるせん亜鉛鉱は、精錬の途中でインジウムが作れる。ケータイなんかで使われる」

「あれでしょ? いまはやりのレアメタルとか」

「白い部分はせきえい。きれいなあいいろの部分が、たぶんどうらん。どっちも硫化鉱物」

「これが『不老石』のもと?」

「いや。これじゃない。でも、この辺りにあってもおかしくない」

 無量は辺りの岩肌を見回した。

「……驚いたな。結構な規模だ。まるで島ひとつが鉱山だな。大昔の熱水鉱床か……」

 海底熱水鉱床の噴出孔は、チムニー(煙突)と呼ばれて、岩塊が小山状に育つ特徴がある。

 その形状や大きさは様々で、小さなチムニーが針山のようにたくさん育つ例もあれば、深海で六十メートルもの小山(マウンド)を形づくることもある。ほとんどは崩れ、鉱物も海底に沈殿するが、海水に触れた状態では酸化して海水中に溶解してしまうため、堆積物か岩石に固定されないと、大きな鉱床には育たない。

 この島ははるか太古に、それらの条件が整って生まれた鉱床らしい。しかもそれが、何らかの理由で、海面上にたまたま顔を出したな場所だと考えられる。

「……沖縄トラフの海丘や陥没構造なんかは火山活動によるものだし、このへんは鉱床が作られやすい環境に恵まれてたのかもしれない」

 鉱石を握る無量の手を見て、萌絵は「無量には、触れるだけでその物質の本質がつかめる力がある」という亀石の言葉を不意に思い出した。本当なら、無量が今、そのてのひらで感じているものは、何か自分たちには計り知れない感覚ということになる。

 無量は右側の岩山を見つめ、手書きの地図に何か書き込みながら、方位磁石とにらみ合っていたが、やがて「こっちだ」と歩き出した。

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