第六章 蓬萊の海へ④
*
同じ頃、無量を乗せた飛行機は、経由地である那覇空港を飛び立った。
萌絵の身柄を預かった「アラキ」と名乗る男の指示に従って、無量が飛ぶ先は、石垣空港だ。男の要求は、萌絵と〈上秦
無量のリュックには〈上秦琥珀〉がある。
亀石は無量一人で行かせることを危ぶみ、同行を申し出たが、即座に鶴谷が、
──だめだ。そんな怪我人がついていったところで、足手まといになる。私が行く。
と手を挙げた。社会派でならしたジャーナリストでもある鶴谷は、リスクのある場面での立ち居振る舞いも心得ている。亀石は渋々許可した。
──だが連絡は密にしろ。何かあったときは、すぐに警察に通報するからな。
「永倉さんを連れ去った人間のあたりはついているのか。無量」
隣の席から鶴谷が問いかけた。
無量は、顔を
「……連中は〈上秦琥珀〉を要求してきた。こないだ俺を襲った連中と無関係じゃない」
「相良忍とは」
「………。分からない」
無関係であって欲しい。忍は〈上秦琥珀〉を「捨ててもいい」と言ったくらいだ。萌絵の誘拐に関わっているとは思えないが──。
「そうだ、無量。今朝の経済新聞に、井奈波マテリアルが進めている
先島諸島と聞いて、無量が反応した。これから向かう石垣島もそのひとつだ。機内備え付けの新聞を受け取った。
「与那国沖の鉱区申請を正式に出したらしい。すでに井奈波は独自に開発した採鉱システムの実証段階に入っている。これが成功すれば、本格的な熱水鉱床の採掘が、世界に先駆けて始まることになる」
「与那国沖、ですか」
「ああ。元々、沖縄トラフの熱水鉱床は、先島近海では
無量は記事を睨んだまま、頭の中でパズルを組み合わせるように考え込んでいる。
「与那国島にはすでに採掘プラントの建設が決まりつつあるそうだ。八重山出身の県議会議員がその招致に力を入れていたとも聞く。深海採掘が本格的に稼働できれば、新産業に発展する可能性も高くなる。漁業や農業や観光の他には、これという産業のない
海に大きな鉱山ができるようなものだ。
鉱業という新たな産業の目玉ができれば、働き口も増え、島全体が潤う。
「今は若い働き手が減る一方だから、島の住民にとっても、歓迎すべき話ではあるかもしれないが」
「……でも、この近海の熱水鉱床にはアンチモンなんかの有毒物質も含まれてるはずです。余程慎重に採掘しないと、鉱毒で海が汚れる。採掘で自然環境を壊すようじゃ、下の下だ」
「ああ、そうだな。だが問題は、もうひとつある」
機内サービスの
「深海採掘技術で、日本に先駆けて、中国が実証実験を成功させていることだ」
「中国が?」
「ああ。ある筋からの情報で、まだ公にはされていないが、海底鉱床をめぐって水面下で活発に動いている。日本近海や南シナ海で領有権を巡って強硬な姿勢を取り始めたのも、実は海底鉱床の採掘権が目的ではないかと言われてる」
無量は険しい顔になった。
「中国の採掘技術が、すでに実用レベルに達してるってことですか」
「例の
「聞いたことあります。国内だけでなく、海外にも手を伸ばしている話は」
「中でも、銅生産の最大手・
「でも、それが井奈波マテリアルとどう関係が」
「例の尖閣問題だ。井奈波が鉱区申請している海域が、中国の主張する領海と接近している」
尖閣諸島の帰属を巡って、日本と中国が対立している、あの問題のことだ。
与那国島から尖閣諸島は、目と鼻の先と言える。
「しかも、同じ鉱区を狙う企業が他にもあるらしい。それが」
「その
「が、出資するジオティック・マテリアル社。本社はシンガポールにある。それに関連して、これはあくまで噂だが、鉱区申請の際、井奈波からジオ社側への情報
「………。そんなごたいそうな企業が、なんで、派遣事務所の一職員を連れ去ったりするんです」
無量の抑えた声音には、憤りが
もちろん、まだ井奈波の仕業と決まったわけではない。だが無量は、頭の中にあるパズルの、空白にはまるピースの形を、おぼろげに描きつつある。
「出土品の意味を考えるのは、俺達の仕事じゃないから、別に誰が何をどう騒ごうと、俺には興味ない。だけど、そのために関係ない人間を巻き込むのはゆるせない」
「それに相良忍が絡んでいるとしたら……?」
どきり、として無量は鶴谷を見た。
鶴谷も真剣な顔をしている。
「
「………。とにかく永倉を連れ戻します。それさえできれば、あいつのことは……」
機内アナウンスが着陸の近いことを
雲の隙間から、美しい
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