第三章 正倉院と緑の琥珀⑦

    *


 興奮に沸いた現場で、無量だけがもやもやとし続けていた。

 出土遺物はその後、全てセンターに運ばれ、あとは調査員に任せることになった。無量は始末書を書かされた。実測もできていない、取り上げたばかりの遺物を無断で「破壊」したのだから無理もない。調査員からはこっぴどく叱られた。鉱石採集の手順で、思わず手が出たのだ、とは我ながらガッカリする言い訳だった。

 ホテルに戻ったのは夜九時近かった。無量からのメールを受けて、萌絵がわざわざロビーで待っていた。

「お疲れ様。さっき徳永所長から連絡があったよ。また鏡が出たんだってね!」

 萌絵も、つい先程岐阜から戻ってきたところだ。だが、無量は相変わらず喜んでいる気配はない。ひどく疲れている。

うれしくないの?」

「……なんか、もやもやする。亀石サンは?」

「うん。教授の奥さんとこに報告行って、今頃はもうホテルに戻ってるはず。西原くん、ごはん食べた? まだなら一緒に」

「駅前でってきた。それより何か分かったか」

 萌絵は龍禅寺為夫とのやりとりを有り体に話した。龍禅寺雅信と三村の親交、龍禅寺文書から竜宮伝説のこと、三村の遺品のはく玉がどうやら織田信長絡みで正倉院から持ち出された物であるらしいこと。だが、例の写真に触れたところでまた口が重くなった。

 撮影者の名前だ。「E・SAGARA」。

 無量は黙ってしまった。そして、ますます気が重くなったのか、ソファに腰掛けてうなだれてしまった。萌絵が顔をのぞき込んで「知ってるの?」と問うと、無量が観念したように口を開いた。

「忍の親父さんは、アマチュアの考古学者だった」

 驚いた萌絵が目を丸くした。

「アマチュアだったけど、地元の考古学会に入って、たまに論文なんかも寄せてたらしい。何の研究をしてたかは知らないけど、うちの祖父じーさんと一緒に発掘に行ったりもしてた」

「そういえば、西原くんのおじいさんも考古学者だったんだよね」

 途端に無量が「誰に聞いた」とものすごい勢いでにらみつけてきた。萌絵が驚いて「相良さんから」と答えると、それでは致し方ない、と再びうなだれた。

「忍の親父さんの名前は、そう、えつ……。相良悦史」

 そう。「エツシ」だから「E」。撮影者と同じイニシャルだ。

 萌絵はますます息をんだ。

「相良さんのお父さんは、いま何を?」

「亡くなった」

 と無量は答えた。

「十二年前に、家の火事で。その時におふくろさんと妹も亡くなってる。忍が中学にあがる前のことだ」

 自宅は全焼。焼け跡から家族三人の遺体が見つかった。出火原因は不明。

 萌絵は居酒屋での二人の会話を思い出した。無量が気遣うわけだ。忍の家族は全員焼死していた。一人生き残った忍はその後、しんせきに引き取られたという。

「そんなことがあったなんて……」

「忍はたまたまリトルリーグの合宿で家にいなくて助かった。葬式の時も、忍のやつ、もう魂が抜けたみたいになってて、とても声かけられなかった」

 焼け跡にくすぶる煙の匂いも、無量は覚えている。焼け焦げた黒い柱は、それから何日も、無惨な姿をさらしていた。炎の熱で溶けて原形をとどめなくなった玩具おもちやが、ざんがいの中に落ちていた。妹のお気に入りでよく遊んでいたやつだ。今もまぶたに焼き付いている。

「なんなんだ。三村サンは、忍の親父さんと面識があったってことかよ……」

 そんな間柄だったとは、忍は一言も言っていなかったが……。

「………。忍の奴、なんか知ってる。直接くか」

「ちょ、うかつに訊いちゃダメだよ。だって、もしかしたら犯人かも……」

「忍は人殺しなんかじゃない」

 無量はムキになり、目に力をこめて、

「人殺しなんかできる人間じゃない。どんなことがあったにしても、あいつは!」

「………ねえ。その火事って、何が原因だったのかな」

 出火原因なんて俺に分かるわけ……と答えかけて、無量はハッとした。

 ──違うよ。犯人は無量のおじいさんなんかじゃない。

 あの火事が放火だったことを、忍は言外に認めていた。無量の祖父でないと断言できるからには、犯人が誰なのか、あたりがついているのではないか。

 何者かに放火されて焼死した忍の父親。何者かに刺殺された三村教授。

 その二人をつないでいるかも知れない古い写真。


 〝サビチにて〟


 無量の中で、ある疑問が頭をもたげた。そもそも忍が上秦古墳に現れたのは、本当に自分が参加していたから? それだけ? 無量がいたというのは口実で、本当は、別の目的があったんじゃ……。

 ──これはいい。ははは、こいつは凄いものを出したぞ、無量!

 ──おまえなら必ずやってくれると信じてたよ、無量!

 突然、ふらりと立ち上がった無量を見て、萌絵が慌てた。

「ちょ、西原くん、大丈夫……? 顔色悪いよ」

「疲れた。今日はもう休む」

 体を引きずるようにして、エレベーターの方に歩いていく。慌てて萌絵も後を追いかけようとした、その時だった。

 萌絵の携帯電話が鳴りだした。すぐに出ると、電話の相手は警察だった。エレベーターの扉が開き、無量が乗り込もうとした時、「え!」と萌絵の声が跳ね上がった。

「所長の車が事故……!?」

 無量が思わず振り返った。

「病院に運ばれた!? は、はい! 県立奈良中央病院……分かりました。すぐに!」

 電話を切った時には、すぐ間近に無量がいる。萌絵は泣きそうな顔で、

「西原くん!」

「タクシー呼ぶより駅前に行ったほうが早い。とにかく行こう!」

 二人は走り出した。

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