第四章 龍の子供たち①
救急病院には間もなく到着した。
無量たちが駆けつけた時、亀石は、ちょうど検査中ですぐには容態を確認できなかったが、一時間ほどして医師から説明があった。
警察の話では、亀石の運転する車は、道路脇のコンクリート塀に正面衝突したらしい。カーブでハンドル操作を誤った。夜間で人通りもなく、おかげで巻き込まれた通行人こそいなかったが、車は前部が大破して、亀石は
そんな大事故だったにも
「よっ。来たのか」
と情けないような顔で手を挙げる。意識もしっかりしている。廃車にするほどの事故だったのに奇跡的としか言いようがない。萌絵は大泣きだ。
「もう、どんだけ驚かせたら気が済むんですか! 今度は所長のお葬式に出ることになるんじゃないかって、死ぬほど心配したんですから!」
「大丈夫すか。亀石サン」
「二人とも悪かったな。まあ、このザマだが足以外はぴんぴんしてる」
一体なにがあったのか。亀石は深く肩で息を吐き、状況を説明した。単独事故には間違いないが、亀石の車に危険運転を仕掛けてきた別の車がいたのだという。
「危険運転……?」
「ああ。最初は後ろからどつかれて、なんだと思った途端、いきなり追い越しかけられて目の前で蛇行運転すんじゃねーか。避けようとしてカーブでハンドル切りすぎて、どかーんよ。ったく、たちの悪い奴に絡まれちまった。人をからかうにも程がある」
「その車、どんな車でしたか」
「黒のワンボックスだ。しかもナンバー隠してやがった」
周到だ。亀石が相手の気に障る運転をしたというならともかく、心当たりは全くない。その車は突然、後ろから現れてちょっかいを出してきたという。それを聞いて萌絵と無量は急に黙りこんだ。
「何だよ。二人とも神妙な顔して」
「それ、本当に偶然ですか」
無量が慎重に問うと、萌絵も同じ表情をしている。どういうことだ、と亀石が訊くと、
「初めから亀石サンと分かってて狙ったんじゃないんすか」
「俺と分かって、だと……?」
「厳密には〝三村教授が所長に遺言残した、と分かって〟です。私たちが
三村のことと無関係だとは、無量と萌絵には思えなかったのだ。亀石も
「誰かが俺に『手を引け』って警告してる……?」
「例の
「犯人か?」
「分かりません。でも」
「フン。おもしれーじゃねーか」
「所長! もうやめましょう。警察に任せましょう! 相手は人を殺してるんですよ。一人殺したら二人も三人も一緒だ、みたいに思ってるかも」
「いや、捨て鉢な感じじゃねえな。なんか
亀石は手を引く気はさらさらないらしい。萌絵は心配で仕方なかったが、亀石は横から妨害されると
「犯人が知ったとして、どこでだ? 三村さんの奥さんが
「龍禅寺っつー人んところじゃないすか」
「なに。あの人のいいおっさんが刺客仕掛けたっつーのか。そんな人にゃ見えなかったぞ」
「本人でなくても周りに事件の関係者がいたかもしれません」
亀石は神妙な顔になってしまった。ちょっとヤバイところに首を突っ込んだのかも知れないとの思いがよぎった。だが、亀石は懲りず、
「おかげで絞り込めたじゃないか。龍禅寺の関係者が怪しいって手がかりが。警察の捜査がどこまで進んでるかはしらんが、率先して犯人のほうから絡んできてくれれば、顔も見えやすいってもんだ」
「ちょっと何言ってるんですか。警察にも言ったほうが」
「とりあえずデジカメ渡しとくわ。ほい」
「カバン、無事だったんですか」
「詰めの甘い連中だよな。どうせならカバンごと持ってきゃいーのに。龍禅寺文書、解読すっから画像データ何かに焼いといてくれ。あと
とカードキーを渡される。これだけ元気があれば心配ないが、たまにブレーキが利かなくなる男だから要注意だ。お互い身辺には用心するよう
帰りのタクシーの中で、萌絵はすっかり力が抜けてしまっている。どっと疲れて言葉もない。無量も黙り込んでいたが、しばらくして、くぐもった声で打ち明けた。
「今日、現場に忍が来たんだ」
「えっ」
「午後からずっと現場にいた。まるで何かが出るのを待ってるみたいに」
あれだけ強く忍の関与を否定していたのに、亀石があんなことになったので、弱気になったのか。無量は一人では抱えきれなくなったというように
「画文帯神獣鏡と変な石が出たのを見て、いやに喜んでた。『蓬萊の海翡翠』が出た時の三村サンと反応が似てた。それに」
無量は昼間、忍と話した時、うっかり口を滑らせて、三村が亀石に遺言を残していたことを、不用意にも忍に漏らしてしまっているのだ。
まさか、亀石を事故らせたのは、忍なのではあるまいか。
不安は募るばかりだ。
そういえば、あの夜、居酒屋で、無量たちはたまたま忍に「蓬萊の海翡翠」がセンターではなく神華大学に運ばれたことも教えている。
犯人の目的が「海翡翠」を盗むことで、盗んだ現場を偶然、三村が目撃して、とばっちりのように殺されたのだとしたら……。そこに忍が関わっているのだとしたら。
「
無量は寡黙になってしまう。違和感は、数えだしたらきりがない。
出土した画文帯を、異様に興奮しながら喜んだ忍を見て「この男は、誰だ」と思った。栗色の
彼は
真の目的は何だったのか。
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