第二章 相良忍②

 やがて話題は上秦での発掘に移っていった。

「邪馬台国か。確かにまきむく遺跡は筆頭候補だしね。本当は箸墓が調査できればいいんだけど」

「卑弥呼の墓とか言われてる古墳ですよね。駄目なんですか?」

「あそこは陵墓指定されてて宮内庁の管轄だから、発掘は禁じられてるんだ。まあ、何か出るとしたら、あそこだと思うけど」

 研究者はのどから手が出るほど、発掘したがっているという。

「今回の調査を仕切ってる三村教授は、邪馬台国研究というより古代王権、特に初期ヤマト王権の研究を専門とされていてね。実は、今度の発掘も邪馬台国の証明が本命というわけじゃないらしい。邪馬台国の名を掲げれば、助成金も出やすいってことで看板にはしてるけど」

「ええっ。邪馬台国は口実、ですか」

「口実はオーバーかな。実際そうなる可能性もあるし。教授は一連の邪馬台国論争には関心がないみたいで、それよりも、あのかいわいの古墳から、初期王権の出所……つまり皇統の発祥地を証明する遺物が出ることを期待してる。かいつまんで言うと、天皇家がどこからやって来たのか、を証明できると踏んでるみたいです」

「……天皇家ですか。またずいぶんと」

「まあ、あのへんは、崇神陵や景行陵なんかもあるしな」

 崇神陵とされているあんどんやま古墳は、纒向の北にある大型の前方後円墳だ。箸墓とも年代が近い。崇神天皇は「はじめの天皇」と古事記に書かれた人物で、もつとも、当時は「おおきみ」と呼ばれていた。研究者の間では、実在する最初の天皇ではないかとも言われている。箸墓の被葬者と言われる「やまとももひめ」は、崇神のそう祖父・こうれい天皇の皇女とされていた。

「崇神天皇が卑弥呼の親戚か否かは別として、少なくとも、様々な遺物が示す通り、あの界隈が初期ヤマト王権のあった場所には間違いない。その大王家がどこから来たかが分かる何かが、この付近の古墳に埋もれているんじゃないかってね」

「卑弥呼は眼中なしですか……」

「地元の豪族出身でいいんじゃね?」

「教授は、記紀神話にあるじん東征の根拠についても調べてる」

 最初の天皇は、西方からやってきた、という神話のことだ。ごたいそうなこったな、と無量は肩をすくめた。

「三村教授は、銅鏡でなく首飾りのほうに食いついたんだろう? ってことは、多分そっちが本命ということだろうね。で、その出土品は今、どこに?」

「整理作業でセンターに持って行かれてるはずですけど」

「いや、そっちじゃねーな。三村サンが自分の研究室に持ってったはずだ」

「自分の研究室に?」

 と驚いて、忍は腕組みしてしまう。

「なあ、無量。三村教授は、その大珠を見て『ほうらいうみすい』と言ったそうだね」

「ああ。ウミヒスイって呼んだけど、正体ははくだ。でも、そんなに簡単に見分けられるものじゃない。なのにヒスイでもへきぎよくでもなく、いきなり『緑色琥珀だ』って言い切ってたから、ちょっと気になってる」

 どういうこと? と萌絵が問うと、無量はなべのつくねを拾いながら、

「緑色琥珀ってのは、自然の状態では滅多に出てこない珍しい琥珀なんだ。琥珀は樹脂が地中に埋まってできる一種の化石で、大抵は黄金色をしてるが、高温高圧をかけると、緑色になる」

 化石の話になると、さすがに語りも滑らかだ。

「高温高圧という状況を自然で作り出すのは条件が厳しい。熱水鉱床なんかがあるとこで比較的発見しやすいはずだけど」

「それで珍しい琥珀というわけか。……なるほど。ちょっとこれを見てくれ」

 忍がおもむろにスマートフォンを取りだして、画像を見せた。写っているのは、人の手で加工されたとおぼしき緑色の管玉だ。

「これ……。さっきの大珠と、似てる」

とうだいほつどうに安置されてるくうけんじやく観音の冠に使用されていた石のひとつだよ」

「あ、知ってる。三月堂の大きな仏様でしょ。修学旅行で見た」

「堂内では暗くて分からないと思うけど、あの冠には実は二万個以上の貴石が使われているんだ。いま行われてる法華堂の修復に合わせて詳しい調査があったんだけど、この緑色の石が、まさに緑色琥珀だと判明してね。実はこの調査に携わったのも、三村教授だったんだ」

 三村教授が? と無量がつぶやいた。

「ああ。三村教授は、この緑色琥珀が初期天皇家の出自を明らかにするかぎだ、と主張してる」

「どういうことでしょう?」

「根拠は分からない。いずれ論文にして発表するとは言ってるが、今回の上秦での発見も予言してたってことは、確証があるんだろう。そのキーワードが『蓬萊の海翡翠』だ」

 忍は、やけにえた眼をして、

「三村教授は、何か、まだ世間には公表されてない重要史料を手に入れてるんじゃないかって……早川さんが。まあ、それが何かは、さっぱりなんだけどね」

 ふーん、という顔を無量は、した。

「ま、俺は別に掘るだけだし、関係ないけど」

「研究者になる気はないのかい? 無量。おまえくらい場数を踏んでいれば、研究者として身を立てられそうなのに」

「そんなの割り算のできる頭のイイ奴がやればいい。俺はしがない発掘屋でいいよ」

 と素っ気なく答えて、トイレに立った。忍があきれ顔で見送りながら、

「……あんなところは子供の時のままだな。欲がないというか」

「昔から、ああいう感じなんですか」

「昔の方がもっと内気でした。例の採石場跡には化石掘りの愛好家がよく来てて、あるベテランの発掘師がそんな無量を可愛がり、一から指導したんです。その人が師匠って言っても過言じゃないくらい。化石の見方や発掘クリーニングのノウハウなんかは皆、その人から教わったんだと思いますよ」

「それって英才教育ってことじゃないですか」

「まあ、そうともいうかな。子供の頃から新種のオウム貝を見つけて地元新聞に載ったりしてましたし。どうやって見つけたかかれて、こう答えてた。化石が自分を呼んだんだって」

「化石が、呼ぶ?」

「ええ。じゃなく本当に。もちろん、化石が声を出す訳じゃない。でもそこに『いる』ことが分かるらしい。大人は誰も本気にしなかったけど。……可愛かったな。普段はシャイなあいつが、眼をきらきらさせて、見つけた化石を僕に見せるんです。宝探し大好きってはしゃいで」

「ホントですか? 私が、宝探しだねって言ったらメチャメチャ怒られました。ロマンとか言うな。全然違うって」

「えっ、そうなんですか。意外だな。実際のところ、発掘にワクワクもしない人間には、あんなきつい作業は続けられないと思うけど」

すごく淡々としてるんですよね。今回のも掘り当てた時、興奮どころかニコリともしなかったし。変にめてるというか、発掘っていう作業に夢持たれるの嫌がってるような」

 忍は日本酒の猪口ちよこくちもとに運びながら「照れ隠しじゃないのかな」と言った。

「かっこつけたい年頃だから、年上の女の人に子供っぽいとこ見せたくないんですよ、きっと」

「そうでしょうか」

 にしても醒めすぎている。期待されるのを拒否して、自分に興味を持たれないよう、わざと突き放している感じもする。

「周りが喜ぶほど、西原くん気が重そうでしたし。いつもああなのかもしれないけど」

「……まあ、今回の現場は国内だし、分からないでもないけど」

「え?」

 いやいや、と忍は言葉を濁した。

「仕事だからそうなるかもしれないけど、根本のところは変わってないはずなんだ。化石は生き物と同じで熱を持っているって無量はよく言ってた。地層や露頭面の見方を覚える前から、見つけ方を知ってたとしか思えない」

「天性の発掘屋ってことでしょうか」

「直感が凄いんです。話すのや算数は苦手でも、勘が鋭い。右脳がアンバランスに発達してるって感じかな。対象物を一見しただけで、僕たちには到底読みとれない特徴まで理解する。そういう能力にけてるんだと思います。……尤も、銅鏡やまがたまからも呼ばれるのかどうかは、分からないけど」

 萌絵には想像がつかない感覚だ。そういえば、パチンコ台も軽く一見しただけで、出る台を見抜いていた。それも「そういう能力」がなせる業なのだろうか。

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