第一章 右手に鬼を持つ男⑤

 笑いが起こる和やかな現場に、三村教授がやってきた。毎日やってきては、熱心に出土品をチェックする。出土遺物の整理作業をさせてもらえることになった萌絵が、学生作業員から指導を受けている間、教授が無量を呼び出した。

「石囲いもつかくの西側から検出した柱穴の調査もかねて、トレンチの拡大を検討してるんだが、君の意見を聞かせてもらえないかな」

「はあ……」

 無量の専門分野は化石だが、遺跡発掘は海外でのキャリアもある。

 なので意見を請われれば、答えられないこともないが、一口に遺跡と言っても様々で、現地のベテラン調査員に助言できるほどのキャリアはない。「あくまで個人的意見」の範囲なのだが、三村教授はそれでもいやに無量の意見を欲しがるのだ。

「そうか。西原くんもそう思うか。では」

「あの……三村サン」

 無量は意を決して問いかけた。

「学会の機関誌で俺を見たって言ってましたけど、その機関誌は古生物学関係のものだったはずです。なぜ、この遺跡の発掘に、俺を?」

「学界では、君の噂でもちきりだからね。宝物トレジヤー・発掘師デイガー

 サラリと三村教授は言った。

「君の功績は古生物学に限ったものではなかったじゃないか。土に埋もれた古代の重要遺物を確実に掘り当てる。たぐまれな発掘勘を持つ男だよ。君は」

おおな。たまたま続けて出ただけでしょう」

「君のキャリアは事前に調べさせてもらった。東南アジア・フローレスの旧人類化石、ペルーのカラル遺跡、カンボジアのバンテアイ・チュマール遺跡、南シベリアの凍結古墳、アメリカ・ユタの恐竜化石……そして、君のお祖父じいさん」

 無量が鋭く三村をにらんだ。

「どういう意味でしょう」

「神の手はあてにならんが、『鬼の手オーガ・ハンド』はあてになると言いたかっただけだよ」

 無量はますますきつい眼になって睨んだ。三村教授は微笑し、

「深読みしないでくれ。実力を認めるから指名したんだ」

「………。発掘勘なんて、あろうがなかろうが、出る時ゃ出る。決められたところを掘るんだから、誰が掘っても一緒です」

 三村教授は、にこやかな笑顔を消さない。

 無量は不可解そうに「戻ります」と言って作業現場に引き返した。


 目指す文化財センターは、桜井駅からタクシーで行く。

 おおみわ神社の巨大な大鳥居が目印だ。その斜め向かいにある二階建ての建物には、資料館も併設してある。あいさつに赴くと、所長のとくながみつあきが二人を出迎えた。少々腹回りが豊かな、五十代後半のベテラン考古学研究者だ。

「ようこそ。徳永です」

「初めまして。亀石発掘派遣事務所の永倉です。本日より、上秦古墳の発掘に参加させていただきます、こちらが今回ご指名いただきました、発掘員の──」

「えっ。君が……指名の?」

 徳永は驚いて無量を見た。若いので、助手の学生かと思ったらしい。

「……いや、すみません。今回の発掘は、しん大学主導の調査発掘で、我々は発掘協力という形で参加しておりまして、依頼主も神華大のむら教授になっているはずです」

 萌絵は慌てて資料を見直した。本当だ。依頼主は、神華大学の三村という人物だ。

「そ、そうですね。すみません。あらためまして、こちらが発掘員の西原無量です」

「サイバラ!?」

 徳永所長が目をいた。萌絵はげんに思い、

「あの、何か?」

 すると、徳永は慌てて取り繕うように笑い、

「……あ、いえ何でもない。よろしくお願いします。概要を説明するので、どうぞ奥に」

「先に現場行かせてもらっても、いいスか。資料は見てきたんで」

 と無量が言った。「態度が悪い」と萌絵がこづいたが、無量は嫌そうな顔をしただけだった。徳永は人のいい笑顔で応じると「では車を出します」と駐車場に向かった。

 萌絵は、こそっと無量に耳打ちした。

「……ねえ、なんか変なリアクションだったね。君の名前聞いて、変な顔してたけど」

「この国の考古学者は、サイバラの名前を聞けば、大抵、ああいう反応をする」

「えっ。君、そんなに有名人なの?」

「違う。俺じゃない」

「じゃ、誰?」

 無量は寡黙になってしまう。険しい顔で、エントランスの向こうに望むやまを睨みつけるばかりだ。

 その後、徳永の車で発掘現場に向かった。


    *


 遺物の出土に沸いたのは、その翌日。主体部(被葬者が埋葬された跡)のある墳丘の頂のトレンチを拡げる作業に取りかかった後だった。

 作業中の無量が、調査員を呼んだのがきっかけだった。にわかに騒然としてきて、バケツの水ではに片の泥を落としていた萌絵も、思わず首を伸ばして、そちらを見た。

「出た? 本当に出ちゃった!?」

 第一トレンチは、墓室だ。

 萌絵がのぞき込むと、不定形のトレンチの中はごろごろとした石がたくさん積み重なって石垣のようになっており、中央が縦長にぽっかりあいている。そこにはかつて木材で覆った墓室(木槨)があり、棺が安置されていた。今は柱列の跡が残るのみだ。遺物が出たのは、北側に作業の手を拡げた辺りだった。皆が興味津々で囲い込む中、無量は冷静に竹べらで遺物の周りの土を丁寧に削っている。

 相変わらず淡々とした作業ぶりだ。新たに出てきたのは、多数のどうぞくと銅鏡だった。

「なあんだ。金印じゃなかったのか」

 萌絵の落胆コメントが素人すぎて、無量はあきれ、ためいきを漏らした。

「あんたな……。銅鏡なめんな」

 銅鏡は情報の宝庫だ。その形だけで、たくさんのことが分かるという。

「ええっ、じゃ、これで邪馬台国証明できちゃう?」

「知るか」

 それが分かるのは大量の出土遺物をひとつひとつ検証してからだから、ずいぶん先の話だ。その後、出土状況の撮影が始まった。取り出された遺物はこの後、てん箱(コンテナボックス)に入れられてセンターに運ばれる。ひとつひとつ丁寧に洗浄されて整理作業に回される。実測のあと、物によっては復元等の作業が待っている。

 午後にはセンターの職員も駆けつけて、一際にぎやかになった。

 徳永所長は誇らしげに経緯を語っていたが、当の三村教授がさほど興奮していないのが、萌絵には気になった。

 そんな中、ひとり黙々と作業を続けているのは無量だ。

 主体部の北側で新たに柱列の跡が出てきたため、さらに発掘区を拡げる作業をしていた無量は、ジョレンの先が小さな固い塊に当たるのを感じて、手を止めた。小石にしては、きれいな筒形をしている。人工物だと察知した無量は、移植ゴテと竹べらで周りの土をき出した。

「これは……」

 出てきたのは、きれいに加工されたガラス質の飾り石だ。それが、ころころと七、八個、土中から顔を覗かせたではないか。

 出土状況を記録して取り上げ、更に掘り進めると、今度は、ひときわ大きな緑色の石が出てきた。こぶしだいで、心臓のような形をしている。かなり目をく大玉だ。

 うっすらと加工の痕跡がみえる。

へきぎよくか? ……それにしては」

 無量はすぐに調査員を呼んだ。再び「無量の発見」と聞き、萌絵と三村教授も飛んできた。

 覗き込んだ途端、ぱっと目を輝かせたのは、三村教授だ。

「これは!」

 第一声の甲高さは、銅鏡の時の比ではない。三村教授が興奮気味にトレンチの中に入ってきた。

「ちょっと……見せてくれ! その玉だ、緑色の!」

 無量が土をけて軽く表面をで払うと、三村教授はますます身を乗り出した。

りよくしよくはくだ。間違いない。これだ。加工痕のある緑色琥珀……ついに出土したぞ! 『ほうらいうみすい』!」

 無量と萌絵は、思わずその顔を覗き込んだ。

「蓬萊の──海翡翠?」

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