34 四人の写真

 机に広げられたのは当日の予定表と担当場所の指定、加えて作業員の名前だった。


浜崎はまさき井之頭いのがしら鹿島かしま青梅おうめ……」


 新太は記録に書かれた名前を読み上げる。


「こいつらがそうだ。どうだ? 何か手掛かりにはなるか?」


 矢嵜は続けてパソコンを操作してディスプレイに四つの顔写真を並べる。バストアップで写された写真では、それぞれ名札のついた作業着を着用していた。先ほど外で見た作業員と同じ、ネイビーの服だ。新太と瑞希は食い入るように彼らの写真を見つめる。


 リーダーと思われるベテランの風格を漂わせているのは青梅だった。矢嵜と同じくらいの齢の彼は、確かに以前にも校内で見かけた覚えがある。他の三人は彼よりも年齢が若く、眼鏡をかけた浜崎は四十前後、長髪をまとめている井之頭と髭面の鹿島は二十代から三十代くらいの印象を受けた。


「あんまり見覚えがないや」


 瑞希がぽつりと感想をこぼす。それもそのはずだ。彼らが作業をしていたのは午後の授業の時間から放課後の間。何度も学校を訪れている青梅を除き、意識していなければ作業員の顔などいちいち記憶していない。


「一応四人にも聴取は入った。だが誰も、殺された先生のことなど知らないという。まぁ、当たり前かもしれないけど。青梅さん以外はうちの正社員じゃないんだ。契約で来てもらってる。職人は自由にやりたい奴も多いしな。だから会わせてやりたいけど、今日は全員不在でな」


 矢嵜はディスプレイを見つめる二人に追加情報を教えた。


「やっぱ、業者は無関係なのかな」


 実際に警察の聴取も受けたというのなら、やはり彼らの見込み通りこの作業員たちには事件を起こすような動機も縁もないということか。

 新太は失望感を漂わせながらぼそっと独り言を呟く。


 結局、瑞希は両親に相談してから庭師を頼むか否かを決めることにしたらしい。事件の情報を教えてくれた矢嵜に感謝をし、新太たちは矢嵜造園を後にする。

 とぼとぼと歩く道のりが行きよりもずっと長く思えた。新太は微かな希望が無残にも潰されたようですっかり意気消沈していた。しかし大人しいのは新太だけではなく、芙美もまたずっと口を閉ざしたままだ。

 事務所にいた時から静かだった彼女が口を開いたのは、三人が乗る電車の駅が見えてきた時のこと。


「さっきの写真、わたし、見覚えある人いる」


 ぴたりと足を止め、芙美は先を行く二人にそう告げる。


「えっ。生天目さん、それ本当?」


 瑞希が水を得た魚の如く飛び跳ねて振り返る。芙美はこくりと頷いた。瑞希よりも遅れて振り返った新太の顔を恐る恐る見やる芙美は、ごくりとつばを飲み込んだ。


「わたし、が、個人的にやり取りしてる……友だち。ネットで知り合ったから、そこまで詳しくはないんだけど」


 言いづらそうにすぐに目を伏せる芙美の様子に、新太は彼女が投稿をしているサイトで知り合った相手のことを話しているのだとピンとくる。瑞希はそのことを知らないが、ネットで知り合った、という部分が分かれば話には十分ついてこれそうだ。


「一回ね、写真を送ってくれたことがあるの。わたしも送るから、そっちのも送って、ってお願いしたから。お互いに顔はマスクで隠してた。ついでにわたしは加工もしてたけど……。相手は、加工まではしてなかった。それで、目元にある三つのほくろと、片耳にピアスをしてたのが印象的で……」


 芙美はそう言いながらスマートフォンを取り出して写真を探す。


「さっきの写真でも、同じものではないけど、片耳だけピアスをしてたと思うの。ほくろの位置は同じ。目の形も似てる気がしない?」


 芙美に写真を見せられた二人。そこに写る人物を見るなり二人の身体には緊張が走った。

 マスクで顔の下半分は見えないが、確かに芙美の指摘通り、右目の下に三つ、弧を描くように並んだ特徴的なほくろが一致している。

 髪型が違うためか事務所での写真では髪で隠れてあまり見えなかった目の形までは自信がないが、言われてみればその雰囲気に見覚えがある気がした。

 彼がつけていた名札は鹿島だ。芙美の写真では先ほどの写真よりも若々しく見える。


「この人、職業は専門職って言ってて、職人だってことしか分かってない。でも……植物の世話が好きだって言ってた。それに」


 芙美はスマートフォンを握りしめて彼らの視界から外す。


「わたしの生活について、やたら質問してきたの。わたし、ネット上では大学生ってことにしてるんだけど、高校時代はどうだった? とか、大学のことより高校のことばっかり聞いてくるの。もしかしたら大学生じゃないってバレてたのかな、とは思ったりしたんだけど。でも、女子高生に興味がある人も多いし、卒業したばっかりって設定だから、あんまり気には留めてなかった」

「なんで大学生って言ってるの?」


 瑞希が微かに首を傾ける。いくら彼が事情を知らなくとも、勘付くのも時間の問題かもしれない。新太は咄嗟に口を挟む。


「自己防衛だろ。で、芙美ちゃん、もしかしたらストーカーの正体ってこいつかもしれないよ」


 芙美がストーカー被害にあっていることは瑞希も知っている。だからこそ新太は真実をはぐらかしつつ警鐘を鳴らそうと表情を引き締めた。


「え? 洗剤さん、が?」


 ネット上の名前など知らない新太は一瞬混乱したが、すぐにそれが鹿島のことを指していると理解した。


「ああ。芙美ちゃんとやり取りするうちに好きになったとか。それにしても偶然が多いけどな」

「桜守、考えすぎじゃない? 生天目さんのことが好きなら、普段のメッセージでそう言えばいいじゃん」

「おう。なら瑞希は直接会ったこともない相手に即告白が出来るか?」

「ううーん……無理かもぉ」


 新太の直球な質問に瑞希は嫌なところを突かれたように頭を抱える。


「出来る人もいるだろうが、全員じゃない。この鹿島って人も、そっち側の人間なのかも」

「まぁ。確かに、学校は隣駅だしねぇ。生天目さんが高校生だって気づいて、それを確かめるためにもストーカーをしてるってことはなくもないかぁ。職場からも近いわけだし」

「で、でも、どうして叶山高校だって分かるの?」


 新太と瑞希が話を進める中、芙美が困惑した様子で疑問を口にする。彼女の表情には不安が滲み、弱った瞳からは今にも涙が流れ出そうに見えた。


「生天目さん。インターネット上の情報なんて、いくらでも探ることが出来るんだよ。生天目さんとのやり取りで、何かしら手掛かりをつかんでいたのかも」


 瑞希の冷静な見解に芙美は口をつぐむ。


「どっちにしろこいつは怪しい。芙美ちゃんに危害を加えようと企んでるのかもしれない。折角の調査の収穫だ。頼成先生の事件とは関係ないかもしれないが、こいつのこと、もう少し調べてみようぜ」


 俯いたまま固まってしまった芙美の肩をぽんっと叩き、新太はニヤリと笑う。


「あらゆる可能性は全部つついていかないとな」

「いいねいいねぇ。血が騒ぐっ!」


 新太の言葉に瑞希は拳を握りしめてガッツポーズする。

 芙美は二人の前向きな音頭に瞳を上げ、口内を噛みしめていた力を緩めていく。

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