第3話 松村邸

 松村さんの家っていうのは、結構な豪邸だった。地元の名士なんだろうか。庭に日本庭園みたいなのがあるが、手入れされないまま放置されていた。池に水は入っていなくて、岩がゴロゴロしていて雑草が伸びていた。日本庭園は維持費がすごいみたいだから、手が回らなくなったんだろうと思った。


 俺は松村さん家に行ってみると、張り紙がしてあって、建物が差押えられたみたいだった。周囲を歩きながら、中の様子をうかがっていた。庭に向かっている部屋のガラス戸が空いていた。


 まだ、人が住んでるみたいだった。松村さんと言えばいい人だった。気さくで、優しくて、太陽のように朗らか。

 でも、仕事が忙し過ぎて心を病んでしまったんだ。


 俺は思い切ってインターホンを鳴らしてみた。

 しかし、その瞬間、俺は思い出した。松村さんがうつ病になった理由を。


 俺が持ちかけた投資話に投資して、財産を失ってしまったんだった。一億くらい損した気がする。松村さんは、俺に損した金を少し返してくれと言ってきて、俺は深く考えずに”うん”と言ってしまった。それなのに、俺は転職して姿をくらました。

 でも、やっぱり金が惜しくなって逃げたんだ。俺がそれを思い出したのと同時に、ドアが開いた。


「江田さん!」


 玄関で俺を見るなり、奥さんは叫んだ。髪は白髪混じりでボサボサ、毛玉だらけのセーターを着ていた。昔は上品でいいところの奥様風だったのに。

 江田さん!と言う声は、「この泥棒!」というような、憎しみのこもった叫びだった。


「あなた!江田さんよ!」

 家の中に向かって怒鳴る。

「お金返しにきてくれたのよね?約束したもんね。絶対、許さないから!逃げたらあんた地獄に落ちるよ!」

 俺はくるっと向きを変えて全速力で走った。俺は足が早い。普通の人ではとても追いつけまいと、たかをくくっていた。


 しかし、おばさんは、自転車で追いかけて来た。死に物狂いでペダルを漕いでるから、俺はもうすぐ追いつかれそうだった。俺は急いで、走っていたタクシーをつかまえて乗りこんだ。

「あの自転車を巻いてください」

 自転車でも侮れない。信号が止まるたびに追いつかれそうになっていた。

 でも、運転手さんの腕がよくて、何とか別の路線の駅まで逃げた。


 俺は昔の女に思われてるなんて、甘い夢を見てたけど、そうじゃなかった。俺は憎まれていたんだ。

 やった方はすぐ忘れるけど、やられた方は死ぬまで忘れない。


 あの絵馬の効果はすごい。俺はもうすぐ手の届くところまで、戻ってきたわけだから。俺は心の中で謝った。本当ごめんなさい。

 でも、投資が失敗したのは俺のせいじゃない。


 それから、10日後くらいに家にいると、インターホンが鳴った。土曜日の昼間。宅急便が届く予定はない。インターホンのカメラを見ると、にはあの松村さんの奥さんが映っていた。頭はボサボサ、この格好で電車に?と思うくらいにやばい服装だった。


「江田さ〜ん!いるんでしょ?居留守使わないで!エアコンの室外機動いてますよ!」


 彼女は、何度も何度もインターホンを押していた。俺が警察を呼ぶまで、何時間もそこで騒いでいた。


「江田さ~ん!お金返して!」


 でも、俺がちょっと金を渡したところで、もう、家は戻ってこない。心の壊れた旦那さんも、もう、もとには戻らない。


 そうなったのは、誰のせい?やっぱり俺か。


 

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