第3話 バカみたいな話
僕はメールの内容を見返した。
《今回は親しい友人を亡くされた近藤哲也様へ特注でメッセージを送らせていただいています。愛する人を亡くした痛み、ご冥福をお祈りいたします。しかしあなたは幸運です。なぜならまだ間に合うからです。あなたの御友人は、まだ救うことができるのです。この度は私の最先端医療により、近藤様の大切な人を生き返らせる件についてお知らせ致しました。よろしければ下記の電話番号へおかけください。》
メッセージの下を見ると、電話番号が記されている。
「何だこの超胡散臭いメール……誰かのイタズラか? でも、イタズラにしても、質が悪いよな」
少なくとも身の回りでこんなメールを送る人は思いあたらない。
「だとしたら……ガチ? ……なーんてな」
僕はスマホを一度ベッドに置いた。
さすがにあり得ないだろう。最先端医療? こんなのに騙される奴いるのか? それにしても、このメールを送った人物は大智が死んだ事を知っているらしい。そういえば、僕の親は大智の死を知らない様子だった。つまり、今回の件はまだ誰にも漏れていないのかもしれない。
だとしたら……。
「このメールを送ったのは冬海、美雪、しおり、大地の母……この四人のうちのだれかだ」
何故送ってきたのかは分からない。何か事情があったのか。大智の死に気が心を病んでしまい、こんな妄想じみたメールを書いたのか。……それとも本当に、あの四人の中に無神経なサイコパスがいて、こんなイタズラを考えたのか。
「……とりあえず冬海と電話したい」
ひとまず冬海に電話をかけることにした。
もしかしたら、冬海も同じようなメールをもらっているかもしれないし、今自分とまったく同じ状況に置かれた人と話してみれば、少しは今の気持ちが楽になるかもしれない。
ちなみに、今のところ冬海たちからはまったくメールが来ていない。彼らも僕と同じで引きこもっているのだろう。だとしたら電話をするのはまだやめていおいた方がいいのだろうか。
しばらく迷ったが、電話をするくらいなら特に問題はないだろうと思い、僕は冬海のラインをタップし、コールをかけてみた。
「……」
コールが数回かかると、冬海がようやく電話に出た。
「もしもし?」
「あ、冬海久しぶり。最近はぁ………………どうかな。学校は行ってる?」
辺り触りの無い言い方が思い付かなくて、曖昧なきき方をしてしまう。『元気?』なんて軽い調子で訊ねるわけにはいかないだろう。とはいえ、現時点での彼の心情は知りたい。
しかし冬海はやけに明るい口調で答えた。
「おー、達哉久しぶり! 最近はちょっとバイトが忙しいくて、学校なんて行ってねーよ。みゆきも最近はほとんどライン既読つかねえしな。お前も今金稼いでるだろ?」
「え、んな分けないでしょ……てか、なんでバイトなんて?」
正直冬海の言っている事には疑問だらけだった。そもそも、どうして今アルバイトなんてしているんだ? しかも美雪まで同じだと言うし。それに、冬海のテンションが高いというのも妙だ。
すると冬海は言った。
「あのメール見てないの? 先週俺たち全員来ただろ。『生き返り』のやつだよ」
「は?」
やっぱり。あのメール冬海たちにも届いていたのか? というか、冬海たちはあのメールを信じたって言うのか?
「お前まさか、まだ電話してねーのか? まあいいや。まあとりあえず今俺たちが金を稼いでる理由を言うと、大智を生き返らせるには1000万必要だって聞いたからな」
「いっ、1000万!?」
いくら何でも高校生が払える額じゃないぞ。ていうか生き返らせられること真に受けたのか!?
「そうだ。だから、最近はほぼ一日中仕事三昧だぜ。言うまでもなくしんどいけど、大智を助けるためだ。これくらい楽勝だぜ」
「ま、待てよ! いや、それ以前になんであんなメール信じたんだよ!? しかも1000万って……! どう考えても詐欺だろ!」
もうどこからツッコんでいいのか分からない。しかし、冬海は大まじめだった。
「甘いなお前は。俺を舐めすぎだ。確かに俺も最初は疑った。ただ俺は強く思い知らされた。あいつらの医学はずば抜けてる。実際に死んだヤギを生き返らせる所も見せてもらった。あれは衝撃だったぜ」
仮にその話が真実だったとしても、いまいち腑に落ちない。だって、死んだ生命を生き返らせるなんて、これまでの医学を覆す。しかもそんな医療がこんな身近に存在するだなんて。
冬海は既にキャパオーバー寸前の僕に追い打ちをかけるように言った。
「何もしないよりはいいと思うぞ。実際に俺も生き返らせる所を目の当たりにしたんだ。あれは賭けてみる価値あると思うぜ。……おっと、呼ばれてる。俺はそろそろ仕事に戻らねーとだからもう行くわ。お前もわざわざ電話かけてくる元気があるなら、金稼げよ」
そう言い残すと冬海はすぐに電話を切った。
「おいちょっと……! ッチ。そんなあっさり言われてもな……」
冬海のことは信用している。だがやはり、人を生き返らせるという事が信じられない。
「そういえば冬海が、ヤギが生き返るのを見せてもらったって言ってたな……」
例のメールをもう一度見てみる。
「僕も電話をしてみるか……。いや、もう少し考えよう」
まだ完全には信用できない。冬海があんな嘘をつくとは思えないが、大智の死のショックで少しおかしくなってる可能性もある。
「まあまずは学校に行ってみるか」
そしてその日、僕はリビングにおり、引きこもっていた理由は失恋という事にし、久しぶりに家族と会話をした。とても心地が良かった。夕飯を平らげ、風呂に入り、心のどこかで温もりを感じた。
「なるほどな……」
僕は大智の死以上に、孤独感が辛かったのか。
その日の夜、大智が夢に登場することはなかった。
次週の月曜日、俺は久しぶりに学校に行った。
廊下を歩いていると、周りからジロジロと眺められるのを感じた。もともと学校ではそれなりに目立つ方だったし、俗に言うリア充みたいな僕が一週間も休んでいたとなると、確かに違和感を覚えるかもしれない。
教室に入った。
「おー、近藤! 久しぶり!」
「近藤君!」
「達哉くん!?」
「おお、達哉!! おはよう……って、大丈夫かお前! 今までどうしてたんだよ」
教室に入った途端、クラスのみんなが一盛に注目してきた。普段話さないような人まで僕にまっすぐと視線を向ける。
教室は一気に静まりかえった。
僕は言った。
「みんな、僕は大丈夫だよ! あんまり言いたくないんだけど、実は僕らいつもの5人でこっそり旅行に出かけてたんだ。次の長期休みまで待てなくてさ。美雪たちは今日疲れて休んでるんだ! はは!」
僕がそう言うと、クラスが一瞬で白けた。
なんだ。僕は何か変な事でも言っただろうか。確かにやや強引な設定ではあるが、僕らに限ってはあり得ない話でもないだろう。一応みんなが予測不可能なことはしょっちゅうやる。
すると、三上が一歩前に出て俺に聞いた。
「ちょっと待てよ。お前ら5人って言った?」
「え、言ったけど……」
「でも、北山は毎日学校来てたよな……」
そう言って三上は教室の一角に目をやる。僕も、まさかと思いながら同じ方向を見ると、そこにはしおりが立っていた。
「え……しおり……?」
どうしてしおりがここにいるんだ? しかも、毎日学校に来てた? あの一件以来、一回も休まなかったのか?
すると、しおりが言った。
「みんな~ごめんね。実は今私たちすごく複雑な事になってて、まず冬海君と大智君はずっと前から美雪ちゃんの事が好きだったの。それで、長い間ずっともめてたんだけど、先週美雪ちゃんが、達哉君が好きだって言うことを二人の前で打ち明けちゃったのね。それで二人は怒って、達哉君に迫っていったんだけど、そしたら達哉君は別の子が好きだって言ったのね。そしたら美雪ちゃんそれ知ってすごく落ち込んじゃって。でも美雪ちゃんはまだ達哉君の事が好きで、冬海君と大智君にはまったく見向きしてくれないの。それで二人はもっと達哉君に腹が立っちゃったの。でも達哉君は優しいからこれは全部自分の責任だって背負い込んじゃったの。それで今日までずっと引きこもってたんだよね。でもこんな話みんなの前で言い辛くて嘘ついたんでしょ?」
今の話を聞き終わって、体が硬直する。
え、なに。何その設定? 何の話? っていうか何でそんな嘘つくの? いや、しかし今は状況的にノっておくしかない。
「お、おいしおりぃ! それみんなの前で話すなよ~! 恥ずかしいじゃんか~。まったくお前は本当に容赦ないなぁ!」
その後クラスはドッ笑い出す。そうしてみんなは「なんだ~!」とほっとした様子だったり「複雑やな~」と一言こぼしながら、徐々に日常に戻っていった。
しおりの方を見やると、彼女は僕にニコッと微笑み、すぐに席に着いた。
そのあと中休みに僕は隣の席の四郷に話をかける。
「あのさ。僕が休んでる間、しおりってどんな感じだった?」
すると、彼女は首をかしげながら言った。
「うーん。いつもと変わらない感じだったよ? でも、四人が休んでる理由とか聞いても今日まで全然話してくれなかったし、むしろいつも四人と一緒にいるのに、何事もないみたいに普通にしてるからそれが少し気になったかな……」
「そうなんだ……」
僕はその話を聞くと、ひとつの推論が思い浮かんだ。
そして学校の授業が終わった放課後、僕はすぐにしおりに声をかけた。
「しおりちょっといい?」
「うん? どうしたの?」
しおりはいつものようにふわふわと可愛らしげに応える。
「今朝、なんであんな嘘ついたんだ?」
「嘘?」
「ああ、そうだ。さっさと白状しろ」
この時、僕は少し怒っていた。もし僕の予想が正しければ、彼女のことは許せない。
しおりは一旦口を開きかけると、少し笑ってから言った。
「でも、あれは達哉君のことを助けてあげたつもりだったんだよ。あのままだったら、ちょっとまずかったんじゃない?」
彼女は、何がまずいかはあえて口にしない。
……あの時、大智の事を話すわけにはいかなかった。
それを見透かしているかのようだった。
僕は言った。
「僕や美雪、あと冬海に送ったあの変なメール。あれ送ったのお前だろ」
「めーる?」
「とぼけるのも大概にしろ!」
怒りがこみ上げてきた。そもそもの話。大智が死んだのにあのあと毎日平気な顔して学校に通い続けるなんて人としてどうかと思う。今まで一緒に過ごして来て、楽しい日常を送って、一緒に笑って、遊んで……。それなのに、もうあの日常が二度と帰ってこないのに、こいつは今もなお薄い笑みを浮かべていられるのか!? 狂ってる!
「……もしかして達哉君怒ってる?」
「怒らない方が無理だろ」
「そうだね……」
しおりはあくまで薄い笑みを浮かべたまま言った。
「そう。あのメールは私が送ったよ」
「な……! やっぱり……!」
「でも、あのメールに書いてあることは本当だよ」
「……は?」
「聞こえなかった? あのメールに書いてある内容は本物。最先端医療、生き返らせる医療、全部本当だよ」
僕は肩をふるわせる。何を言っているんだ、彼女は? 大智の死に無関心なのは百歩譲っても不謹慎な人ぐらいで済ましたが、あのふざけたイタズラメールが本物? ここまで来てまだそんな戯れ言が言えるのか?
「おい、しおり……調子に乗るなああ!!」
「乗ってねーよばか」
え……?
何今の?
しおり……?
しおりを見ると、彼女はいつもの穏やかな表情とはほど遠い険しい顔で、鋭い視線を向けてきた。
「あのメールは本当だから。っていうか私もあんなメール送りたくて送ったんじゃない……全部はお兄ちゃんのため……」
「え?」
最後が聞き取れなかった。
「だから、達哉もさっさとお金稼いで」
しれっと僕の名前を呼び捨てにしてしおりは足早にその場を去る。
ところが、しおりは急に足を止めた。
「ついでに言っておくけど。大智君……死んでないから」
「……!」
何だって……そんなまさか。
しおりは僕にそう言い捨てて帰っていった。
家に帰ってから、僕はベッドに飛び込んだ。
さっきのしおりの言葉がグルグルと頭を巡る。
「大智は……生きてる?」
しおりは何か知っているのか。でも確かに、もししおりの言うとおり、大智が実は生きているとして、それを知った上で学校に通ったり、今朝みたいな嘘をついたのだと考えればすべてうなずける。
でも確かに、先週大智の家に行ったとき、大智の生死をちゃんと確かめた分けではない。呼吸とか脈に触れてない。
「いや……待てよ」
たった今とんでもないことに気づいた。
正直今まで誰もその事に触れなかったし、僕もどうしてそれを考えなかったのか分からないが、常識的に考えて、窓から飛び降りて死んだ……いや、この際意識を失った人間がいたら、すぐに救急車に搬送してもらうべきだろう。まずは病院に連れて行くべきだ。
先週からずっと、時間や身の回りにあるものすべての流れが自然で、自然すぎてその事を無視していたのかもしれない。
いや……。それらをすべて裏で誘導している人間がいたとしたら?
僕はすぐに家を出た。自転車を飛ばして大智の家まで向かう。
そう。
僕の悪夢が始まった所だ。
大智の家に着くと自転車をとめ、家のチャイムを鳴らした。
すると、中から出てきたのは大智の母親……ではなかった。
「……!」
中から出てきたのは、白衣を着た細身の男だった。
その男は薄い笑みを浮かべて言った。
「やあ。初めまして、近藤達哉君。君が来るのを待っていた」
そう言って彼は軽く手を振った。
コイツだ……コイツが黒幕だ……。
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