第2話 全部悪い夢だったらなって
「……は?」
一瞬美雪が何を言ったのか理解できなかった。
「今日大智が、自分の部屋の窓から……飛び降りて……」
「おい待て美雪!」
嘘だろう?
冗談だろう?
あり得ない。
待ってくれ。大智がそんな……まさか。
急に耳鳴りがしだす。
「お、おお、お前が何を言っているのか分からない……大智がそんな……まさか、はあ?」
あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
「い、今から……みんなで大智の家に集まるんだけど……来れる?」
「え? ……ああ」
あり得ない。あり得ない。あり得ない。
僕は放心状態で応える。そして電話を切ると、すぐに服を着替えはじめた。
耳鳴りはまだ続いている。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。
大智の家の前に着くと、そこにはもうみんなが集まっていた。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。
僕たちはひとことも話さず、大智の家のチャイムを押した。
中から目に涙を浮かべた大智の母さんが出てくる。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。
中に入り、リビングまでやって来ると、ソファの上で仰向けに寝そべる大智がいた。
一見、眠っているようにも見えるその姿が異様に儚く思えた。
耳鳴りが徐々に強くなっていく。
「あ……あ……あり……ぇあ……え?……?」
最後に耳に入り込んできたのは自分の間の抜けた音声と、美雪や冬海の泣き叫ぶ声だった。
そのあとの事はもう覚えていない。
最後は耳鳴りで何も聞こえなくなっていた。
「おい達哉。おい達哉! 起きろよ!」
「うぅ……誰?」
「俺だよ。大智だ」
「だ……大智……! お前生きてたのか!?」
僕は飛び起きる。目の前には元気そうな大智の姿があった。
「全部ただのドッキリだって。俺と美雪と冬海としおりで仕掛けたんだよ。まったく、まんまと騙されやがって。お前絶対、詐欺とか引っかかるタイプだろ」
「いやあ。あれは騙されるって。たち悪いぞお前ら。どんだけ驚いたと思ってんだよ。でもマジでお前が生きててくれて良かったよ! 良かった! うわマジで良かった。全部ドッキリで良かったぁ……いやーホントに良かった」
良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった! 良かった!
僕は目を覚ました。
最初に目に入ったのは自室の天井だった。
「あれ……?」
昨日の夜何があったのかをゆっくりと思い出す。
「何だよ……全部夢だなんて……あんまりだろ……」
上体を起こした。
「昨日……あのあとどうなったんだ」
あくまでうろ覚えだが、かなり動揺して大智の家を飛び出した気がする。
「うぅ……グスッ……」
涙があふれ出す。次から次へと涙が頬を伝っていく。
大智は……死んだ。
「どうして……どうしてなんだよ……! ……大智……!!」
窓から飛び降りた? そんなあっけない事あるだろうか。
それからしばらく虚空を見つめていた。
無言だった。
でも次第に、心の奥底から何かがこみ上げてくる。
「う……う……あ……」
僕は大きく息を吸い込んだ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ”ああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「おい達哉大丈夫か?」
目が覚めると、病室のベッドで寝ていて、隣には大智が座っていた。
「だ、大智?」
「お前、昨日車にひかれたんだぜ? それからずっと眠ってたけど大丈夫か?」
「大智? お前、死んだんじゃ……」
「は? 何言ってんだお前? 俺ならこの通りピンピンしてんだろうが。悪い夢でもみてたんじゃねーの?」
「あ……はは、そうか。夢だよな……はは……これは現実?」
大智は急に黙った。
「おい、大智。何か言えよ」
すると大智は急に床に倒れた。
「お、おい大智! おい!」
大智は口から血を垂らしながら意識を失っていた。
目が覚めた。
どうやら授業中に眠ってしまったらしい。もう放課後になっている。
「お、達哉目覚めたっ」
美雪が僕の顔をのぞき込む。
「おお! 美雪。 おー、あ」
僕は夕方にかかってきた美雪の電話を思い出す。
「うん? どうしたん? 何か変な夢でも見た?」
「……うん。ちょっと悪い夢をね……」
「えー、達哉の夢? めっちゃ気になるんだけど」
するとそこに冬海と大智としおりがやって来た。
「……じゃあ、どんな夢見たのか全部話すわ」
僕は今までの事をすべて話した。真夜中にかかってきた美雪からの電話。大智が死んだこと。そのあと家で目が覚めて、何度も夢に大智が登場する。そんな今までの悪い夢をすべて。
「うっわ、達哉。それモノホン悪夢じゃん」
冬海が言う。
「あっははははははは! 俺死ぬの!? はははははは!」
「そもそも達哉に電話とかないわー」
「私はほとんど登場しないんだね」
そう言ってみんなは笑っていた。
「は、ははは。そうだよな」
自分も前向きになろうと思えてきた。
すると大智が急に爆笑しながら立ち上がると、教室の空いている窓に腰を下ろした。
「お、おい大智! 何やってんのお前?」
「何って、ただ座ってるだけじゃん。なんか問題ある?」
「いや、だって……」
「もしかしてさっきの夢の話? はっはっは! そんな簡単に窓から落ちるかって……って、あ!」
大智はバランスを崩し、背中から窓の外に落ちてしまった。
「だ、大智いいいいいい!」
すると、冬海、しおり、美雪の三人が急に声を上げて笑い出す。
「「「はっははははははははははははは!!」」」
僕はその異常すぎる光景に寒気を覚える。
「は? お前たちなんで笑って……」
「実は、アタシはの正体はー、だいちでーす」
そう言って美雪は自分の顔の皮をはがすと、大智の顔が露になる。
「私の正体もー、だいちでーす」
そう言ってしおりも顔面の皮をはがすと。そこには大智がいた。
「俺の正体もー、だいちでーす」
冬海もまったく同じ事をする。
「ははは! 何だみんな大智だったのかよ!」
「「「そう! あっははははははは!」」」
「あっはははははははは!」
気が付くと僕たちは居酒屋にいて、高校時代の思い出話にふけっていた。
僕はジョッキいっぱいのビールをぐいっと飲み干して言った。
「高校卒業しても、みんなでこうして会えるのって本当にいいよな」
するとしおりが言う。
「まあ、直に会えなくなる時が来るよ。そのうち結婚して、子育てとかも始まってさ。どんどん忙しくなってくるよ」
「まあ、そうなるよな。いつまでもってわけにはいかんよな」
「ま、達哉が結婚できるとは思えねーけど」
大智は手元にあった焼き鳥を食べながら言う。
「は? 急に何?」
「容姿がいいだけであとは何もできない出来損ないのクソ野郎。そんなてめーが、いったいどんな相手と結婚できるって言うんだ? 冗談は存在までにしろ!」
僕は空になったビールのジョッキで大智の頭部を思い切り殴った。
「僕がてめーにどれだけ苦しめられてると思ってんだ!」
大智は頭から血を流し、そのまま意識を失った。
「あーあ、殺した」
「殺しちゃった」
「この人殺し」
残った三人は能面のような表情で、無機質に言った。
僕はゆっくりと席を立ち上がり、居酒屋の外に出た。するとそこは刑務所の一室。殺風景な光景が広がっていた。後ろを振り返ると、檻の扉があった。僕は囚人服を着ていた。
「人生って本当にあっけないんだな」
「だよなー」
声のする方向を見ると、大智が僕と同じ囚人服を着てゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「でもお前はまだましな方だ。命があるからな。俺なんて窓から飛び降りて、それっきりだからな。人生はあっという間って言うけど、それ以前に何もできないで終わる事もあるからな」
「……クソみたいだよな」
「ああ、クソだよ。でもそれが人生さ。誰かが勝手に作ったルールに縛られて、他人に配慮して、常に自分や誰かを騙し続ける。本当の自分は受け入れられないし、理解すらされない。そのことに苦しんで嘆いても、誰も気に止めやしない。みんな自分の生に精一杯なのさ」
「生きている方がいいのかな。死んでる方がいいのかな。いや、生まれてこなければ良かったのかな」
「生まれる前って生きてると思う? 死んでると思う?」
「いずれにせよ。この世にいないことだけは確か」
「それな」
僕たちは部屋を出た。そして、刑務所内を歩き出す。
「なあ、ここってこんなに自由に歩き回っちゃっていいの?」
「さっきの部屋から出られたって事はいいって事なんじゃね?」
「なるほどな……」
そうして、しばらく進むと、食堂にやってきた。食堂には他の囚人たちが数人いた。
彼らは僕らを見ると、突然怒りを露にし近づいてきた。
「あれ? なんであいつらこっち来るの?」
「ここは俺に任せてお前は逃げろ!」
「え、けど大智……」
「どうもー、俺大智って言いまーす! 今日はいい天気ですねー」
そう言って大智が近づいていくと、囚人の一人が大智ののど元をナイフで引き裂く。
「大智!!」
僕は近くに放ってあったモップを拾い上げると、彼らに突っ込んでいった。モップで彼らの頭部や首を殴り付ける。
全員を倒すと、僕は床に倒れている大智を抱きかかえる。のど元と口から赤黒い血が吹き出ていて、目を虚ろで涙を浮かべている。
「ゴメンな……大智……もっと早くお前を救ってあげられたら……こんな……」
「おい! お前! そこで何をしている!」
急に後ろから怒鳴られ振り返る。
警棒を持った警備員が鬼の形相でやって来る。
「あ、いや……その」
「こんな所で何をしてるんだ!」
彼は僕の首根っこを掴むと、そのまま元いた一室まで引きずって行く。信じられない程強い力でなすすべもないまま連れ去られた。
僕は檻に放り込まれると、そのままドアを閉められ、鍵をかけられた。警備員は最後に鋭い視線で僕を睨むと、そのまま去って行った。
「……もうこんな所に居続けるのはやめよう」
僕はどこか逃げられそうな所を探した。すると、床にマンホールがついていた。僕はマンホールを指でこじ開け、外した。マンホールの中は生臭く、暗闇が広がっていた。
僕はその中に飛び込んだ。
下はたくさんの水が流れていて、僕はその水に流されていく。激しい水が口や鼻に入り込み、息ができなくなる。
(や、ヤバい。死ぬ……)
しばらくすると、どこかの配水管から飛び出し、僕はどこかの森に放り出された。空は晴れていて、鳥の鳴き声が聞こえる。
「ははは……やった……出られた……」
自分の手をみると、たくさんのしわやシミができていて、髪の毛を引っこ抜くと、白くて細い毛が取れる。
「ずいぶんと年をとったな……」
周りには土の高い壁ができあがっていた。
僕は地面に掘られた穴の底で横たわっているらしい。
上から大智がのぞき込む。
「もう、いいのかい?」
彼もまたしわくちゃで、白いひげを生やした老人だった。
「ああ、埋めてくれ。もう解放されたいんだ。……でも若者に介抱はされたくない」
「こんな場所でも、まだそんな軽口が聞けるとはな」
そう言って彼は手に持っていたスコップで土を拾うと、僕の顔に投げ捨てた。
辺りは一瞬で暗黒に変わる。
目が覚めた。
「長い夢だったな……」
僕は何日も部屋にこもりつづけた。
当然学校には一度も行ってない。
携帯も見ていない。
時々食事やトイレの目的で動くくらいで、大抵の時間をベッドの上で過ごした。
大智の事は親には言っていない。さすがに様子がおかしいことに心配をされたが、僕は何も言えなかった。
毎晩夢に大智が登場した。
夢の中で話した。
喧嘩したことすらあった。
しかし、目が覚めたらいつも胸をかきむしりたくなるような現実に直面する。
そして一週間たった。
僕は相変わらず自分の部屋にこもりベッドの上に寝転んでいる。
「なあ、大智」
僕は虚空に話しかける。
「僕はどうすればいいと思う?」
少しずつ理性的になってきた。このまま部屋に引きこもっていたも仕方がないと思った。
とはいえ、すぐに立ち直れるわけでもない……。
そして、長い間電源を切っていたスマートフォンを起動することにした。
久しぶりにスマホを開くと、たくさんの通知が飛び出てくる。
LINE、ニュース、ソシャゲ、システムアプリ等、誰かからEメールも届いていた。
「まあ、一週間放置してたらたまるよなぁ」
LINEを開くと、クラスメイトや他クラスの友達からメッセージが来ていた。すべて僕を心配しているような内容で、ぼくはそれぞれに「大丈夫(#^.^#)」「少しずつ元気になってきた」といったポジティブな返信を返す。もちろん大丈夫では全くない。あくまで彼らが求めている返事をしたに過ぎない。
それから一つ一つ通知を確認していく。どうでもいいやつはスルーする。
現時刻を見ると、今は金曜日のは11:09だった。
「ん? 何だこれ」
最後に確認したEメールの通知をタップすると、見知らぬ誰かからのメールが現れた。しかし、驚いたのは、そこに記載されていた奇妙な内容だった。
「人を…………生き返らせる医療?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます