1話
下校時刻十分前を告げるチャイムが鳴った瞬間、本日の部活動は終わりの雰囲気を迎える。
6限終了時刻である16時から18時までの2時間ほど活動していた本日の部活動もこれで終わりになる。
汗をタオルで拭いていると首筋に冷たいものが当たった。
後ろを振り向くと悪戯顔をした小悪魔がそこには立っていた。
「お疲れ様です先輩。」
「お疲れ千春。」
スポーツドリンクと僕の荷物を手に持った彼女は今日はいつになく笑顔だった。
「なんでそんな笑顔なんだ?」
「先輩今日いつも以上に気合を入れて部活に取り組んでいたから。」
「惚れたか?」
「まさか。」
スッと耳元に顔を寄せ、
「ずっと前から惚れてますよ。」
「おい。近い。」
「近いのは嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど、汗臭いから。」
「そうですね。私も汗臭いのは嫌です。」
千春は俺のバックをあさり、制汗剤を取り出した。
「はい。どうぞ。」
「ありがと。」
制汗剤を体を中心に吹き掛け、服を軽く仰いだ。
「時間だし、そろそろ帰るぞ。どっか寄りたいとこある?」
「特にないですね。」
「今日、暇?」
「暇ですね。」
「じゃあ晩ご飯付き合え。」
「おごりですか?」
「お前の食べるものによる。」
「そう言って結構な頻度で出してくれますよね?」
「まあお金に余裕があるときは」
バイトの給料が入った時とか。お小遣いもらった次の日とかは。
「どこ行きたい?」
「パフェが食べれるところがいいです!」
「ファミレスぐらいしかねぇな。」
「じゃあファミレスで。」
「駅前のファミレス行くか。」
僕、氷川雪斗と新城千春は付き合っている。
半年ほど前に告白され、割とその場の勢いに流されて付き合った部分はあったが今では千春のことが僕の中で大切な存在になっているのは確かだ。
「雪斗君は何食べる?」
千春は僕の1個下の後輩だ。
僕の所属しているサッカー部のマネージャーとして入部し、その後何度か会話をするうちに仲良くなり、今こうしてお付き合いをする仲に発展した。
学校内では先輩と呼ぶのだが、2人きりになるとなぜか雪斗君と名前を君付けで呼んでくる。
一度、なぜ名前呼びなのかを聞いてみたことがあった。
『2人きりは特別な時間だから。そのときだけは先輩じゃなくて名前で呼びたいの!!』
そう反抗された。
異性の歳の近い女の子から名前で呼ばれる機会なんてほとんどないし、どうしても自分の彼女から名前呼びされると慣れないうちはどうしても過剰に反応してしまう。
「カルボナーラ。」
「好きだねぇ。いつも頼んでない?」
「そんなことないぞ。たまにミートソースにするときもあるし、ボンゴレも好きだ。」
「ボンゴレってあれだよね。貝入ってるやつ。」
「そうそう。毎回貝殻についたアサリを食べるのに時間を取られる。」
「その作業私は好きだよ。」
「えー。それは理解できんわー。」
「なんか蟹の足から身を穿り出したりするのなんかやりがい感じない?」
「わからん。」
まあ結局のところ僕の中で一番美味しいパスタはカルボナーラだし、今日のメニューもカルボナーラから変更するつもりはない。
「じゃあ私がボンゴレ頼もう。」
「え?ピザじゃないの?」
千春と駅前のファミレスに来ると彼女は毎度ピザを頼む。
基本ピザだし、ピザ以外を頼むところを滅多に見たことがない。
「うん。なんかボンゴレの話したから今日はこっちの気分。」
「ならいいけど、」
何かあった?なんて気軽に聞けるほど神経が図太くないのだ。
千春の性格はこの半年で大体理解したつもりだった。
食べ物の好き嫌いは割とはっきりしてる。お店に入っても常連の店ならいつも同じメニューを頼むのに今日に限ってはボンゴレをチョイスした。
本当に気分でボンゴレを選んだのかもしれないけど、心の中で少しだけ気掛かりに思ってしまった。
注文をし、十分も経つとテーブルに料理が運ばれてきた。
ボンゴレと大盛りのカルボナーラと取皿一つ。
千春が「今日はカルボナーラも食べたい」と言い出したので店員さんに言って取皿を持ってきてもらった。
違和感が胸をかすめる。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうー!」
「「いただきます。」
千春がボンゴレを口に運んだ。
「んー!!初めて食べるけど美味しいね。」
「アサリの出汁が麺とよく絡んでて旨いよな。」
僕も目の前にあるカルボナーラを口に運んだ。
クリーミーなソースと麺がよく絡み合っていて美味しい。ブラックペッパーがいいアクセントになっていてとても美味しい。
「そっちも美味しそうです。」
「取皿に分ける。」
「あ〜んしてくれてもいいんですよ?」
「遠慮しとく。」
付き合って半年経っても、あと数年経っても誰かが見ている公共の場で食べさせ合いっこは恥ずかしい。食べさせ合いっこを受け入れたい欲と受け入れたくない理性が必死に戦っている。
新しいフォークでカルボナーラを取り分けた。
「やっぱり外だと恥ずかしい?」
「誰が見てるかわからないし。」
「そういういろんなものに気配りできるところ好きだよ。」
新城千春という女にはいい癖がある。
無意識に誰かを褒めることができるところだ。
人を褒めることは難しいことだ。照れるし、自分より誰かをあげることは時として自分のプライドを捨てることになる。
褒めて相手を幸せにし、彼女自身も幸せな気持ちになっているのであれば、これはwin-winの関係だ。
「ありがと。」
問題があるとすれば、彼女の素直を受け止めきれなくて照れてしまうところだ。
「ふー」
僕にも癖がある。
ため息だ。疲れた時とか、辛い時にももちろんため息をつくことはある。
別にそういう意図でため息が出ているわけじゃない。ある意味の精神統一的な役割としてため息をつくのだ。
深呼吸だと吸って吐く工程があるが、ため息なら息を吐くだけならこっちの方が効率がいい。
正直ため息をつく癖は直したいと思っている。初対面の人や面接官などの前で深呼吸がわりでため息をしていたらあまりいい印象はもたれないし面接にも落ちる。
癖になってしまい、そう簡単にはやめられないとは思うが意識し始めてからは確実にため息の回数が減ったと思う。
千春に嫌な思いをさせないようにするためにも自主的にセーブすることが大切と僕は思う。
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