第23話 やはり俺では彼女を幸せに出来ないのか~グリム視点~

数日後

「グリム、その後マリアンヌちゃんとはどうなんだ。初夜は無事行えたのか?」


そう訪ねるデービッドを、ギロリと睨んだ。


「おい、そんな恐ろしい顔で睨むな。どうやらダメだったみたいだな」


「別に断られたわけではない。ただ、もう少し仲を深めてからの方がいいかと…」


「要するに、部屋にすら訪ねられなかったという訳か。誰からも恐れられているお前が、情けないな…」


「うるさいな!お前に俺の気持ちがわかるか!」


「はいはい、妻の部屋にも満足に訪ねられない男の気持ちなんて、分かりませんよ。それよりお前、今日の夜会はどうするつもりだよ。もちろん、マリアンヌちゃんも連れてくるんだろ?」


こいつ、言いたい事をズケズケと言いやがって。そうか、今日は面倒な夜会だったな。


「彼女はずっと社交界で酷い扱いを受けていたのだぞ。連れて行く訳がないだろう。俺はこれ以上、彼女を傷つけたくはないんだ。夜会なんて、俺だけ参加しておけば十分だ」


ずっと好奇な目で見られてきた彼女。俺と結婚したことで、さらに噂の的にされることは目に見えている。これ以上彼女を傷つける場所になんて、誰が連れていくものか。それに、あの男も来ているだろうし…


「お前なぁ、夜会は夫婦で参加するのがルールだろう。マリアンヌちゃんを連れて行かないなんて、それこそ噂の的にされるぞ」


「確かにそうだが…俺は彼女にこれ以上、負担を強いたくはない。とにかく、今日の夜会は俺だけで参加する!これは決定事項だ」



まだブツブツ言っているデービッドを無視して、黙々と仕事をこなす。


夕方、屋敷に帰ると、いつも通り彼女が笑顔で迎えてくれた。やっぱりこの笑顔、たまらないな。この笑顔を守る為なら、俺はどんな事でもするつもりだ。


今日は夜会に参加する事を伝え、急いで準備をする。そして馬車に乗り込み、今日の会場へと向かった。


1人でホールに入ると、皆が一斉にこちらを振り向いた。


“夫人はどうしたのかしら?まさか、おいて来たとか?”


“夫婦仲が良くないのよ。それにしても、夜会にも連れてこないなんてね”


そう言った声が、あちこちから聞こえてくる。なんとでも言え!俺はお前たちに何を言われても平気だ。その時だった。


「よう、グリム。お前本当に1人で来たのかよ」


俺に声を掛けてきたのは、デービッドだ。隣には奥さんの姿もある。俺の事が怖いのだろう。デービッドにピッタリくっ付いている。


「1人で来ると言っただろう?見てみろ、俺を見て悪口のオンパレードだ。もし彼女を連れて来ていたら、きっと傷つけられていただろう」


「そうか?マリアンヌちゃんは、そんな軟ではないと思うけれど…それより、ダニエルがこっちを見ているぞ。あいつ、まだマリアンヌちゃんを諦めていないという噂だ。気を付けろよ」


そう言って去って行った。あの男、まだ彼女を諦めていないのか…

それなら、尚更今日連れてこなくてよかったな。


その後、貴族と適当に挨拶を交わす。何人のも貴族に、“奥様はどうされたのですか?”と聞かれたが、体調が思わしくないと適当にごまかしておいた。


その時だった。


「ディファーソン侯爵、少し宜しいですか?」


俺に話しかけてきたのは、ダニエルだ。一体この男、俺に何の用があるというのだろう。そう思いつつも、断る理由もないので、ダニエルに付いて行く。向かった場所は、人気の少ない、中庭だった。


中庭に着くと、俺の方を真っすぐ向いたダニエル。


「単刀直入に申し上げます。マリアンヌを解放してあげて下さいませんか?彼女と俺は、元々愛し合っていたのです。確かに俺は一時の迷いで、彼女を傷つけてしまいました。でも、俺たちにはあなたが知らない絆があるのです。どうか、マリアンヌを返してください」


この男は何を言っているんだ?彼女をあんなにも傷つけておいて、返せだと?


体中から湧き上がる怒りを、必死に抑えた。


「悪いが彼女は俺の妻だ。返せと言われても困る。その様な話なら、失礼する」


ダニエルに一礼をし、その場を去ろうとしたのだが…


「待って下さい!どうして今日、マリアンヌは来ていないのですか?マリアンヌは、とても律儀な性格なのです。夜会など貴族の行事は、必ず出席するのです。彼女はそういう女性です。そもそも、あなたはマリアンヌの事を理解しているのですか?俺はずっとマリアンヌの側にいたから、誰よりも彼女の事を知っている。好きな物や嫌いな物、どんな事をしたら喜ぶのか!あなたなんかより、俺の方がマリアンヌの夫にふさわしいのです。どうか一度、マリアンヌに会わせていただけないですか?お願いします」


何度も俺に頭を下げるダニエル。


「ディファーソン侯爵、どうかマリアンヌの幸せを考えてあげてはくれませんか?こんな事を言ったら失礼かもしれませんが、あなたといてもマリアンヌは幸せにはなれないのではないですか?俺はマリアンヌを幸せにする自信があります。誰よりもマリアンヌと長い時間を過ごしてきたから。途中間違った道に進んでしまった事もありますが、それでも俺は、マリアンヌを大切にしたいのです」


俺といたら、マリアンヌは幸せになれない…

その言葉が胸に突き刺さる。確かに彼女はこの男に婚約破棄されたあの日、1人涙を流していた。泣くほど好きだった相手だ。


彼女を傷つけた男なんかが、彼女を幸せに出来る訳がない。そう思っていた。でも…

この男の真剣な表情を見ていたら、俺ではなくこの男の方が、彼女を幸せに出来るのではないか…そんな気がして来た。


「すまない…少し考えさせてくれ…」


とにかく今は、1人で考えたい。そんな思いから、俺はその場を離れ、そのまま馬車に乗り込んだのだった。

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