第7話 彼女との出会い~グリム視点~

俺は小さい時から女が苦手だった。この国では珍しい黒髪、さらに目つきが悪いせいで、何もしていないのによく泣かれた。そのせいで、周りの大人たちからも、“女の子を泣かすな”と、よく怒られた。


それは大きくなってからも変わらなかった。俺がただ見ただけで、女どもは震えあがり、逃げていく。それでも侯爵家の嫡男として、いずれ誰かと結婚して、子供をと思っていたが、年齢を重ねるにつれ、その思いは消えた。


有難い事に、父上も俺の気持ちをわかってくれているのか


“グリム、無理に結婚する必要は無い。跡継ぎは親せきから養子を迎えればいいのだから”


そう言ってくれていた。


女の事を除けば、俺の人生は順風満帆そのものだった。7歳から入団した騎士団では、めきめき実力をつけ、20歳の時には騎士団長になった。さらに21歳の時に、侯爵も受け継いだ。正直騎士団長と侯爵の両立は厳しいのでは、そう思ったが、優秀な執事、クリスをはじめ、騎士団の仲間たちにも支えられ、なんとか両立できている。


そして俺が22歳の時、彼女と出会った。この日はクラッセロ侯爵家の嫡男、ダニエルの誕生日パーティーに呼ばれて参加した時のことだ。


何を思ったのか、あの男は公衆の面前で自分の婚約者に向かって、婚約破棄を告げたのだ。ダニエルの婚約者は、伯爵令嬢のマリアンヌ・ディアレスだ。


燃える様な赤い髪にオレンジ色の瞳をした、見るからに気の強そうな女性だ。でも婚約破棄を告げられた彼女は、ゆっくり目を閉じ、そして静かに目を開けると


「わかりました、あなたとの婚約破棄、受け入れましょう。今までありがとうございました」


そう言って頭を下げ、その場から去って行った。でもその瞳は酷く動揺していて、体はかすかに震えていた。


どうしてもその女性が気になり、こっそり後を付ける。するとどんどん中庭の奥へと入って行く。そして、その場にしゃがみ込み、声を殺して泣いていた。


その姿はとても小さく儚げで、どうしても視線を外すことが出来なかった。どれくらい彼女を見つめていただろう。声を掛けようか…でも、俺なんかが声を掛けても、怯えられるだけ…その時だった。


「私が悪かったんだわ。あんなにも優しいダニエルに、婚約破棄を言わせてしまった私が…」


彼女がポツリと呟いたのだ。いいや、君は悪くない!そもそも、あんな公衆の面前で婚約破棄をするあの男がクズなんだ!そう思った瞬間、無意識に体が動いていた。


スッとハンカチを渡すと、ゆっくりと顔をあげた彼女。その瞳と目があった瞬間、一気に鼓動が早くなるのを感じた。


落ち着け、俺!とにかく、何か言わないと。そんな思いから



「俺からこんな事を言われても嬉しくないかもしれないが…優しい男は、公衆の面前で婚約破棄なんてしない。だから、君は何も悪くない、悪いのはあの男だ」


そう彼女に伝えた。そして、足早に彼女の元を去った。クソ、俺は一体何をしているんだ。まだ心臓がドキドキしている。そもそも、俺なんかにそんな事を言われても、きっと嬉しくないだろう。


そう思いながら、その日は家路についた。


翌日

「いやぁ、すごかったな。昨日の婚約破棄。それにしても、マリアンヌ嬢、気の毒だったよな。あんな公衆の面前で婚約破棄されて。さすがにもう、表舞台には出てこられないだろうな」


俺に向かって話しかけて来たのは、副騎士団長のデービッドだ。こいつも去年、ハンスディ侯爵家を継いだ。既に妻と子供までいる。


「おい、デービッド。悪いのはダニエルだろう。それなのに、どうしてマリアンヌ嬢が表舞台に出てこられないんだよ!」


怒りから、デービッドに詰め寄った。


「落ち着けよ、ただでさえ怖い顔なのに、怒ると余計怖いな!だってさ、あんな公衆の面前で婚約破棄をされたんだぞ。もう恥ずかしくて、出てこられないだろう。それに、嫁の貰いてもないだろうな」


「確かに婚約破棄されたことに関しては、恥ずかしさもあるだろう。でも、それがどうして嫁の貰いてまでないと言い切れるんだよ!彼女はあんなにも美しいんだぞ!」


「貴族界はそういうところだって、お前も知っているだろう。特に令嬢は、婚約破棄されることは不名誉な事なんだぞ。それもあんな公衆の面前でされたんだ。マリアンヌ嬢は、いわくつきの令嬢と認定された様なものだ」


「そうかもしれないが…それじゃあ、あまりにも彼女が可哀そうじゃないか!」


俺だって貴族社会のルールくらい知っている。それでも、どうしても納得がいかないんだ。


「お前、随分とマリアンヌ嬢の肩を持つんだな。まさか、彼女に惚れたのか?」


デービッドがニヤニヤしながら、俺の方を見て来た。クソ、俺をからかいやがって。


「べ…別に惚れていない。ただ、彼女が不憫に思っただけだ」


「そう思うなら、お前が彼女と結婚してやればいいだろう」


「バカか!俺なんかと結婚したら、彼女が可哀そうだろう!」


俺は目が合っただけで、怯えられるような恐ろしい見た目をしているんだぞ。そんな俺と結婚だなんて、彼女が可哀そうすぎる。


「ふ~ん、別に俺には関係ないからいいけどさ。結婚って悪くないぞ」


「うるさい!この話しはもう終わりだ!」


クソ、デービッドの奴、俺の事をからかいやがって。そもそも、彼女は美しい。きっと噂なんて、すぐに消える。そうすれば、きっと彼女は別の誰かと結婚するだろう。


別の誰かと…

なぜだろう、胸に大きなとげが刺さった様な、ズキリとした痛みが走る。この気持ちは一体…

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