第6話 完璧な侯爵夫人を目指します
そうと決まれば、俄然やる気が出て来た。
ふと窓の外を見ると、日が沈みかかっている。そういえば、昨日もこれくらいの時間に、グリム様が帰っていらしたのよね。今日もそろそろ帰って来るかしら?
そんな思いから、部屋の外に出る。すると、ちょうどカリーナと鉢合わせになった。
「奥様、旦那様がお帰りになられる時間です。ちょうど今、お呼びしようと思っていたのですよ。でも、体調が優れないようでしたら、無理にお出迎えをなさらなくても…」
「いいえ、大丈夫よ。さあ、行きましょう」
早速玄関へと向かう。
「おかえりなさいませ。グ…旦那様。今朝はお見送りできずに、申し訳ございませんでした」
一瞬名前を呼ぼうかとも思ったが、もしかしたら私に名前を呼ばれるのは嫌かもしれない。そんな思いから、旦那様と呼ぶことにした。そして、朝の無礼をわびた。いくら旦那様を待っていたからって、さすがに朝の見送りをしないのは、妻として失敗だった。
「あぁ、別に問題ない」
そう言うと、昨日と同じく、さっさと自分の部屋に向かって歩いて行ってしまった。やっぱり、私は旦那様に嫌われているのかもしれない…そう思ったら、無性に泣きたくなった。
それでも必死に涙を堪え、食堂へと向かう。もしかしたら、私と一緒に食事をするのが、旦那様は嫌なのかもしれない。そう思ったら、私がここにいてもいいものか一気に不安になった。
席を立とうかしら?そう思った時、旦那様が着替えを済ませて戻ってきたので、再び席に着く。
昨日と同じく、無言の食事。その時だった。
「もう体調はいいのか?」
急に旦那様が話しかけてくれたのだ。
「あ…はい。元々寝不足なだけでしたので。ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
慌てて席を立ち、頭を下げた。
「わざわざ立ち上がらなくてもいい。体調が戻ったのなら、それでいい」
そう言うと、再び食事を始めた旦那様。私の体調を気遣ってくださるなんて、やっぱり優しい。そう思ったら、なんだか笑みがこぼれた。ただ、それ以上会話をすることはなかった。
食後は部屋に戻り、湯あみを済ませると布団に潜り込んだ。さすがに今日は早く寝よう。そして、明日から早速レッスンを開始しないとね。
翌日、旦那様を見送ると、午前中にはマナーレッスン、午後からダンスレッスンを開始した。もちろん今までも伯爵令嬢としてある程度の知識を身につけて来たけれど、もっともっと努力して完璧な夫人を目指すためだ。
急に私がレッスンを始めたものだから、カリーナから
「奥様、急にどうされたのですか?わざわざレッスンをなさらなくても、奥様はほぼマスターされているではありませんか?」
そう不思議そうな顔で聞かれた。
「あら、私はまだまだよ。ほら、私は何にも取り柄がないでしょう?だから、せめて完璧な夫人を目指して、少しでも旦那様や皆の役に立ちたいと思って」
お荷物でしかない私を置いてくれているのだ。せめて夫人の仕事くらいは立派に勤め上げたい。
「そんな、奥様はこの家にいていただくだけでいいのです!」
「あら、そうはいかないわ。そうだ、午後からはディファーソン侯爵家の領地について、勉強をしたいの。図書館に行けば、書類はそろっているかしら?」
「まあ、それでしたら、執事のクリスに対応させますわ。きっとクリス、泣いて喜びますわよ」
「そんな、クリスは旦那様の専属執事でしょう?そんな方の手を煩わせるなんて、申し訳ないですわ」
きっとクリスは忙しいだろう。そう思ったのだが…
「あら、旦那様は昼間は騎士団の仕事をしておりますので、大丈夫ですわ。奥様は少し遠慮深い性格の様ですわね。あまり遠慮なさらないでください。あなた様は、この家の主でもあるのですから」
主だなんて。さすがにそれは図々しいわ。でもクリスが教えてくれるなら、心強いわね。もしかしたら、いずれ領地経営のお仕事のお手伝いが出来るようになるかもしれないし。
「ありがとう、それじゃあ、クリスにお願いしてくれるかしら?」
「はい、それでは早速伝えて参りますね」
そう言うと、嬉しそうに部屋から出て行った。しばらくすると、これまた嬉しそうな顔でやって来たのは、クリスだ。
「奥様、カリーナから話しは聞きました。領地の勉強をしたいと言うのは、本当ですか?」
「ええ、でも、迷惑だったらいいのよ。本さえ貸してもらえれば、自分で…」
「迷惑だなんて、とんでもない!!私は嬉しくてたまらないのです。では、早速昼食後、勉強をいたしましょう。さあ、奥様。食堂へ」
ものすごい勢いで迫って来るクリス。さすがのカリーナも後ろで苦笑いしている。
そして昼食を食べた後、早速領地について色々と教えてもらった。ディファーソン侯爵家は、温かい気候と広大な土地を利用して、主に農業で潤っている地域との事。特に果物を中心に栽培されているらしい。また最近では、宝石鉱山も見つかり、宝石の発掘も盛んにおこなわれているらしい。
「なるほど、とても裕福な地域なのね」
「はい。ただ、農作物は天候によって左右されることも多いため、豊作の年とそうでない歳の差が激しいので。今後はもっと安定した作物の研究も進められているのですよ」
「なるほど、領地1つとっても、とても奥が深いのね」
「そうでございます。実は旦那様は、騎士団の仕事が忙しいせいか、領地経営まで手がまわっていないのが現状でして。奥様が領地経営に興味を持ってもらえると、とても嬉しいのです。もし奥様がよろしければ、これからもこうやって、一緒に覚えて行ってくださいませんか?」
「ええ、もちろんよ。私でよければ、よろしくお願いします」
その後もクリスに色々な事を教えてもらった。
正直、まだまだ分からない事も多いけれど、こうやって1つ1つ勉強していく事で、いつか旦那様の役に立つ日が来るからもしれない。そう思ったら、嬉しくてたまらなかった。
これから毎日、出来る事をやっていこう。そう誓ったのであった。
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