第3話 ずっと幼馴染なお嫁さん
幼馴染の嫁と過ごす毎日は楽しいことばかり。
毎日一緒に朝食を食べて俺は仕事に行って。
慣れない業務に戸惑いながら夕方まで働いて。
帰ったら嬉しそうな顔で「おかえり、しゅうちゃん」ってまた幼馴染が迎えてくれる。
こうやって俺の帰りを待ってくれてる幼馴染に一日の疲れを癒やしてもらって。
一緒に夕食を食べて一緒に眠る。
これまでもずっとそうしてきた二人で過ごす日々は淡々と過ぎていって。
寒い季節がやってきた頃。
俺たちに新しい家族ができた。
◇
クリスマスを数日後に迎えた今日、紫月が退院する日になった。
もちろん、赤ちゃんと一緒に。
「ふう」
師走というだけあって十二月はどうしてか忙しく、ヘトヘトになって迎えた週末に紫月がいきなり「しゅうちゃん、お腹いたい……」って言いながら、大きくなったお腹をおさえていた時は心底焦った。
すぐにタクシーを呼んで病院に行って。
すると助産婦さんから「もう産まれますよ」って言われて、紫月はそのまま分娩室に連れていかれた。
そこからの目まぐるしさは仕事の比ではなく、はっきりいってあまり覚えていない。
覚えてることといえば、赤ちゃんが産まれた後で抱っこさせてもらった時に感じた、なんとも言えないあたたかい気持ちと、クタクタになりながらも体を起こして「しゅうちゃん、頑張ったよ」って笑う紫月の笑顔だけ。
これから、二人を守って行くためにもっと頑張らなきゃって、そんなことを考えながら病院を後にした。
翌日からは、仕事に行ってから病院へ行き、そして帰ると1人っきりの寂しさに押しつぶされそうになりながら。
ようやくこの日が来てくれた。
部屋の片付けをしながら赤ちゃんを迎える準備をして。
今、病院について受付のところで二人を待つ。
「あ、しゅうちゃん! おーい」
静かな院内で大きな声が響く。
当然、他の患者さんや看護師さんからジロジロと見られて慌てて俺は手を振る紫月にかけよる。
「こら、大きい声だすなって」
「えへへ、だってしゅうちゃんのお顔見たらテンションあがって」
「ったく。あ、寝てるのか?」
「うん、すやすや寝てる。でも、帰ったら起きるかな? 美雪ちゃん、パパがきてくれたよー」
紫月の腕の中ですやすや眠る赤ちゃん。
俺たちの元にやってきてくれたその子は女の子で、ちょうど彼女が産まれた日に綺麗な雪が降っていたからってことで美雪という名前を選んだ。
まだ産毛だけど、ほんのり色の薄い髪の毛はもしかしたら紫月のように銀髪になるかも。
で、顔はちょっと今のところ俺に似てるとか。
個人的には紫月に似た美人さんになってほしいのだが、「しゅうちゃんに似たらお目目ぱっちりで絶対かわいいよ」って紫月が喜んでくれてたから、まあいいか。
「じゃあ、帰ろっか。美雪も、初めて家に帰るんだもんな」
「うん。見て見て、寝てる時の顔なんてしゅうちゃんそっくり」
「自分の寝顔なんて知らないよ。でも、紫月にも似てるぞ」
「そっかなあ。でも、二人の子供だもんね。どっちにも似てるよね、えへへ」
この後、うちの母が迎えにきてくれてみんなで家に帰った。
すぐにベッドへ寝かせると、知らない場所で落ち着かないのか美雪は起きて泣き出して。
それに慌てる紫月はすっかり母親の顔になっていて。
俺も、そんな二人を見ていると父親になった実感がすこしずつ芽生えてきた。
◇
「しゅうちゃん、美雪ちゃん寝たよ」
「うん、お疲れ様。しかし大変だなあ、ほんと泣くのが子供の仕事とは言うけど」
「ねー。でも、元気に大きく育ってくれてるから嬉しい。最近ますますしゅうちゃんに似てきたし」
「できたら紫月に似てほしいけどなあやっぱり」
美雪が家に来てから何日か経った。
部屋には貰い物のおむつやまだ使えないおもちゃに服もたくさん。
これまで二人のものしかなかった家が一気に狭くなった。
「もうちょっと大きくなったら引越しかな」
「そうだね。ほんと、ずっと2人っきりだったからなんか不思議。ずっとしゅうちゃんのことばっかり考えてたのに、今は美雪ちゃんのことで精一杯だもん」
「まあな。でも、俺も一緒だよ。仕事に行っててもさ、紫月はなにしてるかなって心配ばっかりだったのに、今は美雪が寝たかなとか、大丈夫かなって心配ばっかだもん」
「どっちにしても心配なんだ。えへへ、やっぱりしゅうちゃんは変わんないね」
「そういう紫月はちょっと変わったよ。なんていうか、すっかりお母さんだ」
「えー、実際そうだけどヤダー。しゅうちゃんと二人の時はずっと女の子でいたいもん」
「はいはい。でも、これからはずっと三人だよ」
「うん。私がママなんて、ちょっと変だね」
「確かに。手がかかる子供が二人になった気分だよ」
「あー、またそういうこという」
「あはは、だってそうじゃんか」
紫月はあの頃から比べたらずいぶんと大人になったと思う。
料理もできるようになったし、ちょっとだけ背も伸びたし、こうして母親になってもちゃんとそれを自覚して、我が子のために懸命に尽くせるわけだし。
でも、まだまだ心配なことは多い。
未だに買い物に行くのに財布や携帯を忘れていくし、よく仕事中に電話が来て、あれがないこれがないと困ってるし。
そういうとこは、ほんと昔のまま。
いつまでたっても、子供ができても俺と紫月はあの頃の幼馴染を続けている。
「紫月、今度の休みは俺が美雪を寝かせてみてもいい?」
「えー、大丈夫かなあ。絶対泣くと思うけどー」
「そ、そっかな。じゃあやっぱりお願いしようかな」
「ふふっ、弱気なしゅうちゃんなんて珍しいね。いっつも私に見本見せてくれてたのに」
「子育てに関しては母親には勝てないよ。ほんと、紫月には感謝してる。頑張って産んでくれてありがと」
「えへへ、ほめられちゃった。うん、しゅうちゃんのおかげでおよめさんにもママにもなれたよ。私、ずっとしゅうちゃんと一緒で嬉しい」
眠る我が子を見ながら。
そっと二人で抱きしめあう。
なんか、昔をちょっと思い出す。
今は恋人じゃなくて夫婦で、しかも二人とも人の親になって。
だけど、やっぱり紫月は俺の中では手のかかる幼馴染のままだ。
小さくてかわいくて、でも一人じゃできないことも多くて心配ばかりかけてきて。
なのに芯は強くて、誰にでも優しくていつも俺の名前を呼んでくれる、かけがえのない幼馴染。
「ん、うえっ、おぎゃーっ!」
「あ、美雪が泣いちゃった」
「ど、どうしよう! ええと、あばばばー!」
「おぎゃーっ!」
「あはは、泣かせてどうするんだよ。抱っこ抱っこ」
「う、うん。よしよし、ママでちゅよー」
二人の時間を今までたっぷり過ごしてきた分、こうして二人っきりでゆっくりできないのはちょっとだけ寂しい気もするけど。
「ぐずっ……すー、すー」
「おっぱい飲みたかったみたい。咥えたまま寝ちゃった」
「あはは、かわいいなあ」
でも、そんなことを忘れさせるくらい、嬉しいことの方が多い。
かわいいわが子が、大好きなおよめさんに抱っこされて気持ちよさそうに眠るのをそばで見守っていける幸せ。
もう、これ以上のことはないって言いきれる。
「さて、明日は美雪のためになんか買って帰ってあげようかな」
「あー、またそうやって美雪ばっかだ。私もなんかほしいなあ」
「お菓子だろどうせ。痩せるんじゃなかったのかよ」
「いいの、いっぱい栄養とらないとだから」
「スナック菓子で栄養は取れないだろ。野菜いっぱいのごはん作ってやる」
「えー、やだやだ」
「こら、静かにしないとまた起こしちゃうぞ」
こんな日々がずっと続いて。
やがて子供が大きくなって大人になって俺たちの手を離れていっても。
でも、その時だって紫月は俺のそばにいる。
俺も、彼女のそばにずっといる。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「うん。また何時間かしたら起きちゃうけどね、この子」
「あはは、この前俺が起こさないと紫月はグーグー寝てたくせに」
「だ、だって退院した日は……しゅうちゃんと久しぶりに一緒で安心したんだもん」
「ま、だからって子供の夜泣きで目が覚めないってのは寝すぎだけどな」
「むー」
「ほら、電気消してあげよ。あと、明日は何の日かちゃんと覚えてる?」
「もちろん、クリスマスだもんね」
「ケーキはまだ二人分だけど、そのうち紫月よりこの子の方が食べるようになるかもな」
「えへへ、その辺は母親の意地で負けないもんねー」
「いや、そこは遠慮してよ」
なんて言いながら明かりを消す。
ベビーベッドに美雪を寝かせて、俺と紫月はその隣に置いたベッドに横になる。
我が子の顔を見ながら、そっと紫月の肩を抱いて。
「大好きだよ、紫月」
「えへへ、しゅうちゃん大好き。でも、この子が大きくなったらパパって呼ばないとね」
「いいよ別に。紫月にはしゅうちゃんの方がしっくりくるし」
「うん。じゃあしゅうちゃんパパだ」
「いやどっちかにして。それだと俺のおやじだから」
「えへへ」
「ったく……」
多分これからもずっとこんな会話ばっかりだろうな。
でも、それがいいしそうであってほしい。
ずっと俺の隣で俺のことを呼び続けてくれるおよめさんな幼馴染。
そんな彼女との日々はこれからもずっと続いていく。
おしまい
天然でポンコツで、でも優しくて甘い幼馴染な俺のおよめさん ※「G’sこえけん音声」音声化短編コンテスト作品 天江龍(旧ペンネーム明石龍之介) @daikibarbara1988
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